期待と失望
一言では形容しがたい優佳のあの表情は彼を虜にさせた。彼をここまでにしたのは、もしかしたら、あの時の出来事が原因なのかもしれない。
滝川氏とやってきた当日。今や立派な犯罪者である慎也をすっかり信用しきった滝川氏の一言で顔を赤らめた優佳。慎也はその時は確かに何も感じていなかったのだが、本能だけはしぶとくあの残像、つまり複雑に感情の入り混ざったもの―あのときは声である―を追っていたのではないか。これは確認のしようがない推測でしかないが、そうであるならば、彼を更に狂わせたのは滝川氏ということになってしまう。ああ、父親のちょっとした軽はずみな言動が娘を追いつめることなるとは。なんとも皮肉なことである。
慎也はそれから毎日のように優佳の部屋に通った。もちろん下半身は覆わずに。それを可能にしたのは、彼の猫に小判的な行動力だけでなく、優佳が依然として父親と連絡をとっているような様子がないという事実であった。もはや慎也は優佳が何故連絡を取る素振りを見せないのかについては疑うこともなく、完全なる変質者となっていたのだった。
優佳は慎也の恥部を見慣れる様子もなく、毎度のように慎也の大好物の表情を浮かべるのであった。慎也はもうそれだけで充分であった。それ以上進もうとはしなかった。表情を脳裏に焼き付けるなり、部屋に戻るのであった。
しかし、ふと興味が湧いてきたのだった。あの興奮だけで十分やっていける。だが、単純な好奇心で、優佳と身体を交えたいと考えるのであった。だが、どうすればよいものか。いままでは自分勝手にやっていればよかったが、今度ばかりは相手の体を扱うことも必要になってくる。抵抗するに決まっている。上手く抑えつけれるだろうか。慎也は頭を回転させた。だがすぐに「男の腕力には勝てないだろう」という安易な結論にたどり着いた。慎也はここ最近のひきこもり生活で相頭筋肉量が落ちていたのだが、それでも決行することに変更はなかった。
醜い顔と対象的に、細くて白い体。赤黒い奇妙な造形物をなんとかチラリとなら見ることができるようになった優佳も、ドアを開けると立っていたのが全裸の慎也だったのにはギョッとした。
「ど、どうなさいましたか?」
そう言い終わるか終わらないかのうちに、慎也は優佳を抱きしめた。優佳は突然の出来事のせいで自慢の脳も思考を停止していた。
「やっ、やめて、やめてよ、慎ちゃん!ねぇ、慎ちゃん!」
優佳はメイドとしての言葉遣いなど忘れて、わけもわからず懇願した。それでも尚慎也は同性も羨むスタイルの女性をきつくきつく抱擁するのであった。未だに脳の働かない彼女でも次第に下半身の気味の悪い感触に気付き、とっさに慎也の細い体から逃れようともがいた。だが、ジタバタともがくうちに4本の細く白い足が縺れて、二人は切り倒された大木のように体勢を崩してしまった。そして冷たい床の上で息も絶え絶えの二人の体が折り重なったのであった。しかしそこまで来て慎也ははたと動くのを止めてしまった。実に身勝手な話であるが、慎也は優佳の顔が恐怖しか映し出していないのを見ると、途端に冷めてしまったのであった。そうとは知らず、多少落ち着いて脳の回ってきた優佳は、ようやく諦めたのか目を閉じ、色っぽく荒い呼吸で顔を赤らめたまま、冷めた男に身を委ねたのであった。慎也は観念の様子の優佳に対して、冷たく何も言わず立ち去るのであった。優佳は次第に小さくなる足音を聞いて、火照る頭で全裸男が立ち去ったことを理解するのと同時に、男の一連の行動を理解しようとしていた。
その後、息が整ってゆっくりと起き上がった優佳は、もはや何をする気にもならなかった。汗を流しに風呂場に行こうかと考えたが、もはやそれすらも億劫に感じるほどに彼女の体は疲労感を覚えていたのだった。やむなく彼女はそのままベッドに横たわったのだが、その表情にはどこか嫌悪感が見て取れた。だが、それはどうやら自己嫌悪らしかった。優佳はそのまま眠気の導くままに、朝を迎えるのであった。
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