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最強公女は微笑まない 〜伝説の黒竜は公爵令嬢に生まれ変わった〜  作者: 翠蓮
ヴァイオレット=ホルシュタイン、10歳。
17/17

17.ティータイム②

「…」


「…」


ヒョイと抱えられてティールームへ連れられ、親子は向かい合って座ったものの、沈黙の間が生じていた。

2人の間にあるテーブルの上には、華やかにとりどりの茶菓子が並べられていた。


ヴィンセントはティーカップを傾け、コクリと飲む。

何となくヴァイオレットもそれに従うように、ティーカップを持って、マナー授業で習った通りに飲んだ。

それは教科書通りの、完璧な作法だった。


赤の他人が見れば、その沈黙の光景は、なんと仲の悪い親子だろうと、思うだろう。

しかし2人にとって、これは通常運転だった。

だから、ヴィンセントがたまに呼び出す2人だけの茶会は、いつも決まって物静かなのである。


「食べろ」


特に会話もないままに、ヴィンセントがケーキを一切れ取って、それをフォークで掬い、ヴァイオレットに差し出すのも、いつものことだ。


ヴァイオレットは子供のわりに、甘いものはそこまで好きでなかったが、こうして自分の父親が手ずから食べさせてくる甘味は、なぜか馴染みよく口に入るのであった。


だからヴァイオレットは、差し出されたクリームとスポンジのかけらを、ぱくりと食べる。


もぐもぐ、と決して愛想などないが、一心に咀嚼するヴァイオレットを、ヴィンセントは無言で眺めていた。

氷のようなアイスブルーの瞳の奥は、愛しい娘ただ1人を映して、ほんのごく僅かに、目尻を下げる。

ヴィンセントは黙って、フォークを何度もヴァイオレットの口に運んだ。


「うまいか」


と問えば、


「味の評価には、主観が伴います。父上も、食べますか?」


ごくん、と口の中のものを呑み込むと、ヴァイオレットは自分用のフォークを手に取り、桃色のクリームがたっぷり乗ったひとくちのパイに、それを突き刺す。

はい、と言って、今度はヴァイオレットが自分の父親に、フォークを差し出した。


ヴィンセント様は、甘いものはあまりお食べにならないのに!


控えていた使用人たちは、顔色変えず、でも心のうちでは焦りを見せた。

ティータイムではいつも、甘いものは口にしない。

だから、サンドウィッチやチーズなど、セイボリーを用意しておくのが、この公爵城で働く使用人たちの暗黙のルールであった。


ヴィンセントは、差し出された桃色のクリームを、否、クリームの向こうで、じっと自分を見ているヴァイオレットの幼い顔をしばらく見つめた。

そして、フォークを持つヴァイオレットの手に、自分の手を添え、そのままぱくりと、パイを食べる。


食べた!


誰もが、そんな驚きの声を必死で堪えた。

ヴィンセントはぺろりと口の端についたクリームを舐め取り、しばらく考えてから、


「なるほど、悪くない」


と言った。

しかしヴァイオレットは、何でもないような顔で、


「ああ、それはあまりお気に召さない反応ですね。甘いもの苦手なら、食べなければいいのに」


と言って、側に控えている侍女へ、ヴィンセントのティーカップに紅茶を注ぐよう、手早く指示する。

ヴィンセントは思わず、呆気に取られてしまった。

使用人たちも、今のヴィンセントの無愛想な「悪くない」のどこに、お気に召さないとわかる反応があったのだろう、と疑問に思ったし、ヴァイオレットの食べさせておきながら「食べなければいいのに」と言う行動は、あまりにぞんざいだと思って、驚いていた。


「参ったな。そんな反応をしたつもりは、なかったのだが」


注ぎ足された紅茶を啜り、ヴィンセントはわずかに、眉を下げる。


「わかりますよ、ここ、少しだけ動きますから」


ヴァイオレットはそう言って、トントンと自分の唇の右端を指さした。

本当に、少しだけ。と付け加える。

すると、ヴィンセントの氷のような目元が、ほんの少し和らいだ。


「お前には敵わないな」


かつて同じことを指摘した女性(ひと)がいた。

彼女も、同じように自分の唇の右端を指さして、悪戯げに笑っていた。

あの時の面影が、目の前のヴァイオレットに重なって、胸がじわりと鈍く熱くなった。


ヴィンセントは目線を紅茶に落とし、しばらく沈黙した。

長い睫毛が瞳に影を落としたまま、ヴィンセントはぽつりと呟く。


「すまなかった。お前の自由を、守ってやれなくて」


突然の吐露に、ヴァイオレットは目を瞬く。


「黒竜参りのことですか?」


ヴィンセントはこくりと頷いた。

両手の指を絡ませ、肘を膝の上に乗せて、わずかに俯いてしまう。


「父上が気にすることではありません」


どうして謝るんだろう。ヴァイオレットにはそんな疑問が浮かぶだけだった。

しかしヴィンセントは、顔を上げない。


「ベネディクトが言っていた。子供は、10年に一度の神聖な儀式を、楽しみにしているものだと」


そう言いながら、組んだ指のうち、親指を眉間に当てる。


「部屋に閉じ込めるばかりか、黒竜参りにも参加させてやれない。すまない」


こんなふうに、ヴィンセントに何度も謝られるのは、ヴァイオレットにとって初めてのことだった。

感情の乏しい父親にしては、珍しく、明らかに落ち込んでいるのがわかる。

王室が来訪することが判明して以来、ヴィンセントは本当に忙しそうで、ヴァイオレットは長く彼と顔を合わせていなかった。


ずっと、悩んでいたのだろうか。

そう考えて、ヴァイオレットはしかし、理解ができなかった。

そんなに深刻になるほどのことでも、ないのにな。


こんな時にかける言葉など、ヴァイオレットにはわからず、とりあえず立ち上がって、ヴィンセントの腰掛けるソファの隣に座った。

そして、ヴィンセントの手を握ってやる。

それは、アシュリーが弟を宥めるときにやっていた仕草を、真似しただけだった。


ヴァイオレットにとって、ヴィンセントの手はとても大きく、それでもできる限り手を大きく開いて、握れるだけ握った。

ヴィンセントは、ハッとして目を見開き、ヴァイオレットを見やる。


「父上。全ての子供が儀式に興味を持つわけではありません。そして私は、黒竜参りに参加できないことを、さして残念とは思いません」


かけた言葉は、いたって論理的だった。


「私はいつだって、父上の決定に従います。部屋にいろというなら部屋にいます。

ですがそのように従うと決めたのは、私の意思です。あなたに逆らうことなど、私には容易なことです。

それでも私は、あなたを父親として敬い、従うことに、決めたのです」


だから、謝られるのはおかしな話です。そう続けようとしたヴァイオレットだったが、ヴィンセントにきつく抱きしめられ、言葉はそれ以上、紡がれなかった。


「ひひうへ?」


大きな肩に埋もれ、ヴァイオレットの口は自由に動かない。

締め付けられて不自由になる四肢は、しかし、不快でなかった。

ヴィンセントは、ヴァイオレットを抱きしめた後に抱え上げ、そのまま自分の膝の上に乗せた。

腕の中に収まるヴァイオレットの、黒く柔らかな髪に、そっと触れ、不器用に撫でる。


「お前はどうしてか…10歳の子供には、思えないことがあるよ。

私なんていなくても、どこでも、どこへでも、行ってしまいそうだ」


一瞬、ヴァイオレットはギクリとした。


「それでも、かわいい私の娘として、この腕の中にいてほしいと思う愚かな父親を、許してほしい」


くしゃりと、ヴァイオレットの髪は乱れる。


「絶対に、お前を傷つける世界のすべてから、守るから」


そう言ったヴィンセントのアイスブルーの瞳が、揺れて切なく淡い色に光った。


ヴァイオレットは、何も言えなかった。

いつもと違って、どこか弱い顔をする父親を、ただ哀れに思った。

守られなくとも、自衛ぐらいできるのにな、と。

そんなふうに、他人事のように見つめるヴァイオレットは、やはりどこか、人間味に欠けているのであった。




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