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ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢  作者: 駒野沙月


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3-2

 確かに今回の件、非があるのは間違いなく彼女の方だ。


 白猫のシリルと出会ったあの日の約一週間後。喫茶店の店主にしてシリルの飼い主(?)のマーサとすぐに仲良くなった彼女は、何度か一人でマーサの店を訪れていた。年の離れた姉のような、朗らかで明るいマーサとの時間は非常に楽しく、ロッテはすぐに彼女に懐いた。

 ただ、世間話がてら話した"あの日"の話がまずかった。

 どうやらマーサは料理と裁縫の他に絵も上手だったようで、ロッテから聞いた話を元にその絵をさらさらっと描き上げてみせた。ただの落書きよ、と彼女は笑ったが、写真と言われてもおかしくないその出来栄えに、彼女は感動したものだ。


 それがいつの間にか彩色され、ましてや街の中にまで広まっていたとは想定外だった。

 この街における彼の、熱狂的とも言える人気っぷり(正確にはいじられているだけかもしれないが)を舐めてはいけない、ということだろうか…?


「…だから、俺が言いたいのは…」


 ルーカスからの説教はしばらく続いていた。

 最初は神妙に聞いていたものの、まだまだ終わりそうにないそれに、そろそろ彼女は辟易とし始めていた。


 色んな人に見せたのは確かに私だけど、描いたのはマーサなのに。

 普段の仕事は割と適当で部下の教育もほとんどノータッチの癖に、なぜ私だけこんなにみっちりと。


 …などと、内心ふて腐れながらもそれを聞いていた彼女だったが、ふと、あることに気がついた。


 "怒っている"という割には、時々逸らされる視線。普段よりも多い、疲れたような溜め息。

 慣れない正座をさせられてはいるものの、毛足の長いふわふわした絨毯の上ではさほど足は痛まない。


 少女は恐る恐る視線を上げる。目の前には、時折苛立たし気に舌打ちしながらも説教を続けるルーカス。その少し焼けた耳元だけが、怒りではない理由で、ほんのり赤く染まっていた。

 それに気づいた彼女は、叱られながらもきょとんとした顔になった。


「…おい。聞いてんのか、姫さんよ」


 以前、彼女が貴族の友人に勧められて読んだ小説があるのだが、その話に出てきたヒロインがちょうどこんな感じのツンツンした子だったなあ、とこの時の彼女は思い返していた。

 白っぽい髪に緑の瞳。それと、荒っぽい口調も。改めて目の前の彼を見返してみれば、どことなくあのヒロインと似ているような気がしてくる。

 まだまだ人生経験の少ない彼女にはそのヒロインの心情はあまり理解できていなかったが、今この状況には、何か思うところがあったらしい。


「…これが、"つんでれ"というやつか」


 その言葉は、誰に聞かせるでもなく零れた呟きで、単なる思いつきに過ぎない。

 しかし、耳聡い彼にはしっかり聞きつけられていたらしく、彼女はぎろりと睨まれる。


「何か、仰いました?」

「な、何も…?」


 苛立ちを湛えたその緑の瞳は、本人が思っているよりもずっと迫力たっぷりで、彼女はついつい気圧されてしまう。

 ふるふると首を振りつつ誤魔化せば、ルーカスは苛立ちをそのままに「…ったく」と悪態をついた。


「どこでそんな言葉覚えて来たのやら…」

「…聞こえておるではないか」

「何か言いました?」

「…いいえ」


 普段ならどんな相手であっても砕けた口調の男が珍しく敬語で話す様は、色々な意味で心臓に悪い。

 それを痛いほどに実感させられた彼女は、彼の説教を素直に受け入れることにしたという。

ツンデレとは。

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