閑話②
「失礼します」
クレイドル公爵領の郊外、公爵家の居宅から少し離れた場所にある小さな屋敷。─といっても、それは公爵家の感覚からすればの話で、平民からすれば十分過ぎるほどの広さではあるが─の一室。
案内された扉の先では、足を組んで座る屋敷の主が、屋敷に招いていた商人らしき男と対面していた。
「やあ、ロッテ。良い所に来たね」
「ごきげんよう、伯父様」
彼女に向かって鷹揚に手を振るこの屋敷の主は、シャーロットの母の実の兄であり、彼女から見れば伯父に当たる人物だった。
彼は名前をリチャードといい、淡い黄色の瞳とその端正な顔立ちから、クレイドル公爵領きっての美男子としても名を知られていた。
すぐさま立ち上がって腰を折った商人にもぺこりと礼を返してから、彼女は伯父に向かって尋ねた。
「良い所…ですか?」
「そうさ」
彼は公爵家の嫡子として生を受けたが、自身が受け継ぐ筈だった家督を早々と妹の現公爵夫人に譲り渡しており、現在は公爵領の辺境で悠々自適な生活を送っている。
ただし、屋敷を離れて旅に出ることも多い。今屋敷に迎えている商人の男も、旅に出た先で知己となった人物であった。
家出のような形で家を出たとされているが、妹である公爵夫人との関係は今でも良好。彼が公爵家の屋敷を訪れることもあれば、彼女を含めた家族が彼の元を訪ねることもあるようだ。
貴族社会では異端児とされている彼だが、彼女はそんな伯父によく懐いていた。母も父も、祖父でさえ知らないようなことでも、彼ならば教えてくれるから。
そして何より、彼の前では気が楽だからだ。
彼女は今日も"社会勉強"と称して、この屋敷を訪れていたのである。
おいで、と手を引かれて連れられた先は、応接室の隣にある彼の書斎である。
その床に所狭しと並べられた品々は、この商人が所持していた商品の数々であるようだ。
「わぁ…!」
「好きなものがあったら買ってあげようか」
色鮮やかな宝石の数々、金や銀を用いた精緻な細工物。木製の人形に異国風の織りの布。
この国では珍しいとされている品々にロッテは目を輝かせるが、伯父のその言葉には困ったように眉を顰め、言いにくそうに告げる。
「お心遣いはとても嬉しいのですけれど、その…、最近私物が増えすぎた所為か、この前お母様に叱られてしまって…」
「…おや、そうだったのかい。すまないね、今後善処するよ」
いつもご厚意に甘えてしまってごめんなさい。
彼女が謝れば、リチャードは「気にしなくていいからね」と彼女の頭を優しく撫でた。
「それにしても、今度リアノにもご機嫌伺いに行かなくてはね。怒らせてしまったようだし」
「お母様も喜びます。ああ見えても伯父様のお越しを楽しみにしていますもの」
「娘に見抜かれるとは、あの子も仕方ないね」
◇◇◇
「…ロッテ?何をそんな熱心に見ているんだい」
「あ、伯父様…」
少し話してくるから好きに見ておいで。
そう言い残して応接室へ戻ったリチャードが書斎へと戻ってきたらしい。後ろから声をかけて来た伯父に、彼女は振り返る。
その時彼女が見ていたのは、懐中時計だった。
一つ一つが職人による手作業で作られたそれは、宝石を埋め込んだもの、銀製のもの、彫刻を施されたもの…というように、どれをとっても一つとして同じものは無い。丁寧に磨かれた表面は、鏡のように彼女の顔を映している。
「へえ、こういうの好きだったっけ」
「その…最近、少し」
伯父に問われ、シャーロットはほんのりと顔を赤らめた。思い当たる節があったからだ。
そんな姪っ子の様子に思う所でもあったのか、彼は「ほう?」と口元に笑みを浮かべている。
「もしかして、『憧れ』ってやつかい?」
同席していた商人に聞かれぬよう、こっそりと耳元で囁かれたその言葉に、彼女の顔はより一層赤みを増す。
しかし、その内心には疑問符が浮かんでいた。
─憧れ。彼女の小さな胸中に秘めた感情は、そんな言葉一つで言い表せるものではない。もっと複雑で、もっと大きな想い。
しかし、元を辿れば全てそこから始まったと言っても過言ではない…のだろうか?
そう考えて、彼女はこくりと頷いてみせた。
間違ってはいないのだから、嘘をついたことにはならない。そう、心の中で言い聞かせた。
その内情を知ってか知らずか。彼女の伯父は、口元に浮かべた笑みを揶揄いから慈愛によるものに変えていた。
その次に発せられた伯父の言葉に、彼女の頬はより一層赤く染められたという。
「そういうことなら仕方ないね。ロッテのおませさん」




