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ハミルトン・ヴァレーの客人令嬢  作者: 駒野沙月


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閑話①

 その日の朝、彼の元には普段よりも多くの手紙が届いた。

 机の上に無造作に置かれた手紙たちを、彼は一つ一つ検めていく。これが彼の一日の最初の仕事であった。


 王家から届いた書類に、近辺の領主から届いた招待状。

 月の刻印がなされた青い封蝋で留められた手紙は、遠国の知己からの個人的な文通の手紙である。


 何の変哲もない、普段通りの手紙の束。しかし、その中に一つだけ、傍から見れば異質な手紙がある。

 それは淡いクリーム色をした封筒だった。一部が何やら丸く浮き出ているそれには、気取ったような、しかし上品な筆跡で書かれた『R.C.』の二文字だけが記されている。

 宛名も差出人も無いそれを、彼は躊躇いもなく手に取った。


 その場にあったペーパーナイフで封を開けたその瞬間、部屋の扉をノックする音が彼の耳に届く。

 彼はすぐさまそれを机の引き出しに仕舞い、素知らぬ顔で来客を迎えた。


「おはようございま~す!」

「…ああ、お前か」


 元気よく部屋に入って来たのは、彼とも顔見知りの青年だった。近所で鍛冶屋を営むこの青年は、時折こうして彼のギルドメンバーが所持する武器や防具の手入れに来てくれるのである。だが、武器オタクじみた所があり、此処を訪れる際は毎回このように上機嫌なのである。


「じゃあ、いつも通りルーカスさんのから見ますんで、貸してください」

「俺のは別にいい」

「早くしてください」


 有無を言わさない青年の気迫に、彼は渋々戸棚からナイフを取り出した。

 彼の愛用するそれは、Fを象ったギルドの紋章が刻印された一品物だ。

 高名な刀匠によって鋳されたのだという刀身は鏡のように磨かれているが、所々に曇りがある。それを見咎め、青年は突然声を荒げた。


「ちょっと、ちゃんと手入れしてくださいって言ったじゃないですか!」

「別に最近そんな使ってねえし」


 彼が護身用に使っているこの武器は、普段はあまり持ち歩くことはない。必要な時だけ取り出された時にもほとんど使用されることはなく、ほとんど飾りと化していることも多かった。

 一番最近取り出したのは、あのお転婆娘と会った時だろうか、と彼は思い出す。ただあの時も、不埒な輩相手に向けただけで、血の一滴も流させてはいない。峰打ちくらいには使ったが。


「使いはしたんですよね?」

「まあな」

「僕言いましたよね!?血が付着しなくても、人間の皮脂が付くだけでも劣化に繋がるって!」

「言ったっけか」

「もう少し大事になさってくださいよ!?こんな珍しい品ですし、お父様の形見なんでしょう、これ」

「…へいへい」


 ひとまず説教を終わらせて満足したのか、青年はナイフを持って上機嫌に部屋を出て行った。

 これから、他のギルドメンバーたちの所へ向かうのだろう。


 部屋のドアが閉じられた後、彼は引き出しから封筒を取り出した。

 改めて開いた封筒の中身は、便箋が二枚と古びたコインが一つ。封筒に浮かんだ丸い跡は、このコインによるものだったようだ。


 品の良い便箋には、封筒に記されたのと同じ筆跡で文字が記されている。

 最近国外へ出かけたこと、こういうものを見聞きしたこと、そこで珍しいコインを見つけたから同封しておくこと、また今度会いに行くから…といった内容が、細々と綴られていた。


 この手紙を信じるなら、コインは単なるお土産ということになるが、彼は知っている。

 送り主が訪れたのだというその国で、現在、この硬貨は流通していない。かなり昔に使用されていたそれは、下手したらプレミアがつくくらいには珍しい品なのである。


「あの野郎、とんでもねえもの送ってきやがって…」


 彼が知っているくらいなのだから、あの送り主が知らない訳がない。

 ルーカスは深く息を吐いたが、当人にそれを言ったとしてもどうしようもない。長い付き合い故か、そのことについても、彼はよく知っていた。


 彼は手紙を封筒に戻し、戸棚の鍵を手に取る。

 普段は鍵のかかっているその戸棚に収められているのは、数多い彼の知己から届いた”お土産”や贈り物の数々だ。高級な酒から、はたまた小さな花で作った栞まで、色々な物品が保管されている。


 貴重である筈の贈り物はこれまた鍵のかかる箱へ、封筒は同じクリーム色のそれが何枚も入った箱の中へ。


 全て仕舞い終わってから、彼は戸棚を閉じて鍵をかけた。

 彼の口元にはこの時、微かな笑みが浮かんでいたという。


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