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花咲け 僕らの個人レッスン!  作者: 織井 隆依
序章 期待されるとプレッシャーで潰されるが、期待されないと落ち込む
9/10

なんでそんな話になったんだ?

 岩村から電話を受けた育美は一〇分ほどで俺の家に到着した。出迎えようとした母親を押しのけ、俺は育美を出迎えた。育美はピンク色のカーディガンに白いブラウス、それから無地の柔らかい灰色のスカート姿で立っていた。肩はすっかり下がり、育美は顔を上げないまま、こんにちは、と小さな声で挨拶をした。どんよりという効果音が似合いそうな空気が漂っている。コイツのことだから、昨晩は自分を責めていたのかもしれない。

 あー、と、俺は気まずい空気を穴埋めするように声を出す。どう声をかけたもんか。本当に、俺はコイツとどう喋っていたのか、忘れてしまっている。

 暫くすると、母親がリビングからトレイを持ってきた。そこには三人分のオレンジジュースのコップと、スナック菓子の盛られた木の丸皿が乗っている。


「これ、お菓子。三人で食べて」


 俺は無言で受け取る。育美ちゃん、ゆっくりしていってね。母親は、岩村の時の対応とは正反対のにこやかさで言い、リビングに引っ込む。育美の品行方正と岩村の不法侵入を考えれば待遇の格差も仕方がないが、それでも少しだけイラッとする。

 しかし母親のおかげで、気まずさが少しだけ和らいだのも事実だ。


「とりあえず、上がれよ。昨日の人、今、俺の部屋に来てるから」

「……うん」


 精一杯の声を出す。お邪魔します、と育美は玄関で白い靴を脱ぎ、それをきっちりと揃えた。

 部屋に戻ると、俺の学習机に座った岩村がこちらを振り返った。


「こんにちは、綾辻さん」

「……こんにちは」


 岩村はココは我が領地也なりと言わんばかりの笑顔で出迎えた。昨晩の気まずい別れも物ともしない爽やかな挨拶に、育美は困惑の表情を浮かべる。


「二人ともベッドに座って」


 俺はオレンジジュースのコップを岩村に渡すと、ベッドにトレイを置き、座った。育美も、そのトレイを挟んで俺の隣に座る。

 岩村強いな…………他人の家に来て、しかも警察まで呼ばれたのに、玄関での応対や部屋の主の椅子に堂々と座るとは……なんなんだ、その強靭なメンタルは。今日ウチに上がったばかりの岩村よりも、何度も俺の部屋に遊びに来たことのある育美の方が居心地悪そうにしているぞ。

 俺は育美をチラと見る。背中を丸めて俯く育美の横顔は、ダンスを踊っていた時からは想像できないほどに暗い。寝不足なのか目元にうっすらとクマができている。コイツのことだから昨日は散々落ち込んだのだろう。


「八十台くん、私、外に出ていた方がいいかしら?」


 岩村の言葉に、一瞬、それだけは勘弁してくれ、と縋りそうになった。

 しかし岩村がそばにいても喋りにくいと考え直す。岩村はあくまでも育美をアイドルになるように仕向けたい立場の人間だ。岩村は誠実な人間っぽいが、同時に待ち伏せや不法侵入と手段を選ばないところもあり、もしかすると俺のことを誘導するかもしれない。

 あと、単純に真剣な話をするのを聞かれるのは恥ずかしい。


「悪いけど、部屋の外にいてくれるか。お袋になんか言われたら呼んでくれていいから」

「わかったわ」


 岩村はオレンジジュースを持ったまま部屋を出る。

 育美と二人きりになった。

 俺は沈黙を破るべく、大きく呼吸した。育美とまともに話すのは久しぶりだ。

 

「……綾辻」


 呼んでいるときも、自分の汚らしいジャージの膝を見ている。

 育美から返事はない。

 俺は続ける。


「この前は、その、悪かった」

「私が悪かったんだよ。コウくんを巻き込んじゃって……」

「そっちじゃねえよ。無理だって言ったことだよ。本当に、悪かった」

「ううん。あれはコウくんの言う通りだよ。私なんかにアイドルは無理……」

「無理じゃねえ!!!」


 自分に言い聞かせるような育美の声を、強く、遮る。俺の言葉を呑み込んで繰り返す育美の言葉を、俺は全力で否定しなければならない。俺が言った言葉を、俺が全力で否定しなければ。


「無理……じゃねえ……」

「コウくん……」

「俺、さっき、あの人にダンス部の大会のDVD見せてもらったんだけどさ。おまえ、踊れてたじゃん。昔は走るのトロくて運動会でもしょっちゅうビリだったのに、今はスゲー運動できるんじゃねえの? 運動神経良くなったりしてさ、実践できてるじゃん。だから、無理じゃねえよ」


 喋るたびに、胸がズキズキと痛んだ。自分の言葉で喋れば喋るほど、育美がどんなに頑張ってきたのかが分かり、その分だけ自分がどれだけ怠けてきたのかを実感させられる。こんな俺が育美の1年分の頑張りを否定して良いはずがなかった。いや、違う、俺が否定したくないんだ。

 努力とか、頑張りとか、そういうものを語る奴らは大嫌いだ。俺は頑張ってきたから結果を出せましたとか言う奴にも、頑張らない奴はクソだとか言う奴にも殺意がわく。努力すれば報われるなんて言う結果主義は殺してやりたい。

 けれど、目の当たりにした育美のダンス(努力)を踏みにじることだけは、絶対にしたくない。


「もしも、おまえが本当に無理だと思うなら、俺も口出ししねえよ。

 でも、おまえが、本当はまだ目指したいと思うんなら、目指した方がいい、と、思う。なれるって、断言はできないけど、応援は、するから」


 そこまで言って、俺は溜め息を吐く。頭の芯が妙にじんじんしているのは、使わない頭を使ったからか。こんなに真面目なことを喋るのは人生で初めてかもしれない。

 ……なんかのアニメみたいなカッコイイセリフとか、そんなのは全然浮かばなかった。

 それどころか、踊れてたじゃんとか、実践できてるじゃんとか、クソニートのクセに完全にウエメセだ。自分が言った言葉に、自分の表現力の無さに、自分の未練がましさに死にたくなる。俺の心の底には、やっぱりどこか俺は育美よりも優位にいるんだっていう気持ちがあるんだ。ハハハ、戦闘力たったの5のゴミめ。

 育美からの答えが無い。その沈黙の時間が自己嫌悪に変換されて積み重なっていく。

 オマエの応援なんか要らねーよって育美が思ってたらどうしよう、と気弱になっていると、隣から小さい引きつりが聞こえた。

 慌てて隣を見ると、育美はカーディガンの袖で顔を隠して静かに泣いていた。


「コ、コウくっ……ぅ……」

「ばっ……な、ななな、なんで泣いてんだよ!」

「わ、わたし、あいどるに、なり、た……」


 部屋を見回してティッシュ箱を探し、ゴミ箱のそばに置いてあったのを見つける。箱を育美にヌッと差し出すと、育美はティッシュを1枚抜き、それで目元を抑える。


「こ、コウくんには……応援、して、して欲しいって、おもってた、から」


 今更だが、俺は昨日の自分の軽率な言葉を死ぬほど後悔した。俺ごときクソニートの言葉が育美をこんなに傷つけるなんて思ってもみなかった。

 俺は育美の肩を抱き寄せるべきか、あるいは頭を撫でたりするべきなのか悩んだが、いくら幼馴染とはいえ、女の子の体に触る勇気なんて童貞の俺にはなくて、育美が泣き止むのを待つことにした。肩なんて抱き寄せたらオレンジジュース溢れるしね。

 そのとき、俺の腹から、きゅうううぅぅぅ〜、という間抜けな音が出た。もうね、本当にデリカシーがないよね、俺の体。

 育美がキョトンとした顔でこちらを見上げてきて、俺の歪んだ顔がおかしかったのか、腹の音が単純に面白かったのか、鼻声で、アハハッ、と笑い出した。


「わ、笑うなよ! 朝から何も食べてねえんだよ!」

「ふ、フフ……ごめん……」

「クッソ……」

「ご飯、食べてきたら? その間、私、ちょっとコウくんのお部屋を借りて、岩村さんとお話がしたいの」 


 育美は笑いながら言う。心のつっかえが取れたような清々しい笑いを浮かべている。


「今度は一人で大丈夫か?」

「大丈夫。コウくんに勇気もらったから」

「……そっか」


 俺は立ち上がり、部屋のドアの前に立つと、ノックをした。部屋の内側からノックをするのもおかしな話だが。


「話、終わったぞ」

「ん」

「俺、飯食ってくるんで。まぁ……適当にしててくれ」

「分かった」


 岩村とすれ違いで、俺は部屋を出て居間に向かった。ソファでは母親がぼんやりとテレビを見ている。テーブルの上にはラップのかかったおにぎりの皿。俺はそれをもそもそと食べる。久々に飯が美味く感じるのは体が疲れているからだろうか。

 壁にかけてある時計を見る。午後2時。岩村の襲来から3時間が経過していた。



 おにぎりをペロリとたいらげ、20分ほどコーラを飲みながらスマホをいじって時間を潰したあと、俺は部屋に戻った。ドア越しの音を聞こうと、ドアに耳をくっつける。特に何も聞こえない。大喧嘩になっているわけではないようだ。

 ドアをノックをして岩村の返事を受けてから開けると、二人はベッドに座っていた。美少女二人が自分の部屋のベッドに座っているというのは壮観である、壮観であるのだが、岩村さんの機嫌がめちゃくちゃ悪そうなんですけど……!? 一方の育美は超絶笑顔。なんだ、これは。この短時間の間に一体何があった……!?


「八十台くん。ちょっとここに座りなさい」


 岩村はポンポンとベッドを叩く。その声にはドスが効いていて、俺は大人しく従う。育美はその間もニコニコしている。こんな険悪な岩村を前にして尚笑顔を崩さないとは、もしや岩村の弱みでも握ったのだろうか?

 狭いベッドの上で、育美、岩村、そして俺は、三角形を作る形で向かい合った。胡座をかいた俺のケツは、3分の一がベッドからはみ出している。ちょっとバランスを崩したら転げ落ちそうだ。

 ゴホン、と岩村が一つ咳払いをする。


「まず、結論を言うわね。八十台くん、あなたのおかげで私は無事に育美ちゃんを希望の種にすることができました。お礼を言うわ」

「そ、そうか」


 話は円滑にうまくいったようだ。岩村が育美を名前で呼ぶってことは、そういうことだよな。

 しかし全身全霊で感謝を、といった雰囲気ではない。


「ただし! 育美ちゃんが私の希望の種になってくれるには、二つの条件をクリアしなければなりません。一つは育美ちゃんのご両親の説得ね。これに関しては私と育美ちゃんで何とかするから良いわ。で、問題の条件はもう一つ」


 ジロッ、と岩村が俺を睨む。俺が何かをやらかしたと言わんばかりの表情だ。オイオイ何で睨まれてんだよ、俺は一階で飯を食っていただけの善良な一般ニートだぞ。しかも飯食えなかったのはオマエがいきなり襲来したせいだからな。


「これは育美ちゃんから出された条件よ。

 八十台くん、あなたも私の希望の種になりなさい」

「……は?」

「しょうがないでしょ。これ呑まないと、育美ちゃん、アイドル目指さないって」

「ちょちょちょっ、ちょっと待った! どういうことだってばよ!? 俺、特技とか才能とかそういうの全然ないぞ!? ハッ、まさか……俺もアイドルを目指すのか!?」

「あなたの顔じゃ無理に決まってるでしょおバカ! あなたのことは、一般枠に推薦するの」


 今さらっと酷いことを酷いことを言われたような……って、今、岩村様はなんと仰られたか。


「一般枠?」

「そ。才能を開花させると言っても、そこらへんの石ころみたいに才能がゴロゴロ落ちてるわけないでしょ。ましてや学生に才能を見抜く目を期待するなんて、あまりにも重すぎる。卒業試験はあくまでも「人を育て、結果を出す」ことが目的なの。

 一応、育てる希望の種に人数制限はないわ。野球チームを育てて甲子園を目指したい、なんて人もいるからね。だから私は、育美ちゃんと、つ・い・で・にあなたを育てる」

「ちょちょちょちょちょちょ、ちょぉちょぉ……落ち着け? どうしてそんな話になった?」

「それは育美ちゃんに聞いて」

「コウくんは、私よりもできる人だもん」


 オマエは一体何を言っているんだ状態である。私よりもできる人、って、ンなわきゃねーだろ!!!

 しかし育美は昔からそういうところがある。子どもの頃の俺が散々いじめたり、逆に助けたりしたせいで、俺を自分より上のボスだかヒーローだかと勘違いしてるのだ。


「お、おまえなぁ……! 俺は、」

「シャラップ! 育美ちゃんのモチベーション維持のために協力なさい。私もノリ気じゃないんだから。いい? 私があなたをつ・い・で・に、社会で程々にやっていける”真人間”にしてあげるから」

「ま、”真人間”って……」

「穀潰しのニートだもの。目指すことはシンプルな方がいいでしょ? 私、大きな才能以外には興味が無かったから、あなたみたいなタイプの人間を育てるのって初めてだけど、ナントカなるでしょ」

「そんな投げやりな!?」

「そんなわけで宜しくね、八十台くん。育美ちゃんの親御さんを説得したら、あなたのお宅に改めて伺うから」

「俺はやるなんて言ってないぃぃ!」

「諦めなさい、八十台くん。有限な時間を無限に浪費する穀潰しニートなんだから、1年くらい私に寄越しなさい。じゃ、育美ちゃん、行きましょ」

「はいっ!」


 岩村はコートを着ると、カバンを肩にかけて部屋のドアに向かう。ちょっと待てよ、とベッドを降りてそれを追いかけようとすると、岩村がクルリと振り返った。


「そうだ、あなたの家には改めて伺うから。希望の種の登録承諾を得なきゃいけないから。あとで育美ちゃんにはあなたのアドレスを教えてもらってメールするから、メールチェックしなさいよ。迷惑メールフォルダもちゃんと見て」


 それからね、と岩村は言葉を止めると、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「あなた、今くらいのテンションで喋ってる方がイイ顔してるわよ」

 

 じゃあね、と言って岩村が部屋を出て行く。

 育美も、コウくんまたねっ、とアイドルみたいな笑顔とともに岩村に続く。

 パタパタという足音が遠ざかっていくのを聞きながら、俺はぼんやりと立ち尽くしていた。

 

 俺が、希望の種になる?

 ……「え〜っ、私たちがプ●キュ●にぃ〜!?」って、こういう気分なんだろうか……。





ようやく主人公が動き始めました。

これで序章は終わりです。

もっと短いスパンでこの展開に持って来られれば良かったのですが、まだ自分にその技術はありませんでした。精進します。


次章予告

「光輝、円&育美とJNCに面接へ行く」

「光輝、円と喧嘩する」

「光輝、料理をする」


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