「ミューズ」 赤坂真理
赤坂真理「ミューズ」(講談社文庫)(76 ページ)(2012/8/17)
読み始めて暫くして、よもや、と思っていると本当に石鹸だったので笑った、というのは前振りで、素材もエピソードも文章も悉く良い部分があるに構成がグダグダで困った、というのが本音。
もちろん作者は判った上でそうしているのだろうが、普通ならば神の子に成り損ねたシーンの回想から入って、けれども読者にはそのシーンの意味が謎だからそれで引っ張り、そこに歯科医とのシーンを重層して少しずつ……になるだろうと思う。
作者があえてそうしなかったのは、このお話を所謂『お話』にしたくなかったからだろう。だから、すべてが唐突で回想にも展開にも脈絡がない。あるのはその時点での今であり、だからすべてが生々しい。描写的な体液質感もあるが、離人症に罹かると消えるという現実感を裏から支える生そのものがぴちゃびちゃぴちゃと生々しいのだ。
話は逸れるが、家が近いこともあって『崖線』の一部『成城三丁目緑地』にも『電車基地』の上の『きたみふれあい広場』にも足を運んだ。前者は早朝だったので一部しか回れなかったが、なるほど小さな森だ。後者に至ってはまるで『プリズナー No.6』の『村』の一画のような既視感があった|(例のベンチはあのとき修理中)。
ところで作中には登場しないが『成城三丁目緑地』には送電・川世線第36番鉄塔が聳え立っている。その人工機能美|(同時に景観破壊物でもある)等を取り込めば、作品の世界観はどこまでも連なって行ったかもしれない。
第22回(二〇〇〇年) 野間文芸新人賞受賞
内容紹介(amazonより)
親に内緒でモデルの仕事をする高校生美緒は高級住宅地・成城の歯科医に恋を仕掛け、密会を重ねる。だが彼女には宗教にはまる母の施す“儀式”に失敗した過去があった――横溢するエロス、粘着する匂いと触感。裂かれた記憶と心の傷を独特の文体で描き野間新人賞を受賞した傑作。(文庫化にあたり大幅に加筆訂正)




