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有後砂月が階段を踏みしめて自身の体重を引き上げる度に曇天が少しずつ近づいてくる。
暗い空からは雪のように灰が降り注ぐ。
灰の降り注ぐ街に産まれ、ずっと見慣れた景色だけれど、一人で空から降る灰を見ていると不思議な高揚感を覚える。
気がつくと最後の一段を登り終え、視界が開けていた。
真鳥戸駅に直結した大型商業施設ユグドラシルの屋上。街の中心部にありながら誰もいない屋上駐車場。砂月のお気に入りの場所の一つでもある。
遠くに見える瀬尾那山とその麓で煌びやかな人工の光を放つマーナガルム社の工場。
無数に伸びた幾つもの煙突から出る煙が空を覆い、灰のような物質を真鳥戸の市街地に振り注がせている。
砂月が目の前の落ちてくる灰の一つに触れると細かい粒子のようになって消えてなくなる。
人体に害はないと言われているけれど、懐疑的に思う人も少なくはない。
砂月が工場に背を向けて反対側へ歩き出すと、フェンス間際に人影を見つける。
見慣れた学生服は砂月と同じ瀬尾那高校のものだ。真っ直ぐに打たれた杭のように伸びた背筋。背後から見た立ち姿だけでも砂月は見覚えを感じていた。
砂月は歩を進め、少し離れた所をのフェンスに肘をつき、その横顔をみる。
目を細め雲間と稜線の間で光る3つの太陽を見ている。
大気中の灰の濃度が高いと起こる幻日現象だ。灰を形成する物質が光を屈折させるらしいと幼い頃に砂月は母から聞いた。
幻想的であるけれど不吉の象徴とする人もいる。
彼はこの風景を眺めにでも来たのだろうか? と、砂月が考えていると急に首を巡らせて砂月に鋭い視線を投げかけてきた。
既視感を覚えたのは、かつて瀬尾那山にある大神神社の石像だった。神様の使いとされるニホンオオカミの石像。まなざしも鋭利さを感じる横顔も、その石像に重なるものがあった。
「見てんじゃねぇよ! ぶっ飛ばすぞ」
敵意に満ちた低い声をぶつけられて、砂月は思わず失笑してしまう。
「それは無理だろう灰屋英久君」
英久と呼ばれた少年は名前を呼ばれ反射的に眉間に力をいれる。
「灰屋市長のご子息で、街を代表する真鳥戸フェンリルユースのエースストライカーにしてユース代表に選ばれた君のような有名人がいたら、誰もが見るだろうさ。市外の人間ならともかく同じ高校の人間ならなおさらだ」
砂月は英久との距離を少し詰めて正面を向く。
「有名税ってことだよ」
英久も負けずと手の届く所まで歩を進める。長身の英久からすると見下ろす形になる。
「別に俺は問題起こして晒されようがどうも思わねぇし、誰かの見せ物になるつもりもねぇ。自分がやりたいようにやるだけだ」
「そういうのはね−−」
砂月は目線だけ上げて英久を見る。意思の強い眼光に英久は少し怯んでしまった。
「誰かの支えで生きてないでちゃんと自分の力で生きてる人間が言わないと子供っぽく聞こえるよ」
英久は何かを言い返そうと口を開いたが、上手く言葉を出せず感情だけを舌打ちに変え踵を返した。
苛立ちをぶつけるように、コンクリートの地面を強く踏みつける。実際に評判なんて気にしないとは思えど、同じ高校の女子生徒と口論している自分にも苛立ちを感じていた。
顔に当たる灰が非常に煩わしい。
「でもね−−」
背後からの声に振り向く英久。
3つの太陽を背にフェンスにもたれかかった砂月。
「応援はしている。ぶつかりながらも思う方向へ進め、少年」
逆光になって表情は見えない。それでも馬鹿にしているでもなく、下に見ている訳でもないのは感じられた。
思わず出かかった言葉があったけれど、それがここにそぐわないものであると飲み込んで、強く口の端を結び背を向けた。
英久にとって、それが有後砂月を認識した最初の日である。




