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オーバークロック・ノア  作者: くじらちさと
視えすぎる目
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section8『帰還(かえりみち)』

異世界での死闘を終えわ真は元の世界へと“帰還”する。

しかし、それは「元通りの生活」への帰還ではなく──

感覚、記憶、そして世界そのものが、静かに歪み始めていた。

まだ気づいていない。これは終わりではなく、“始まり”だったということに。

「……行った、のか?」




誰かがぽつりと呟く。




誰も答えない。だが、その沈黙が何よりの肯定だった。


あの異形の“気配”は、確かに遠ざかっていた。




足元の粉塵を見つめながら、俺はゆっくりと息を吐く。


空気はまだ重く、胸の奥に鉛のような感触が残っている。けれど、それでも──




(……生きてる)




皮膚の感覚、喉の渇き、心臓の鼓動。


すべてが“生きている”という証拠だった。




「……おい、お前……」




隣にいた少年──眼鏡をかけた、さっき俺を気遣ってくれた彼が、俺の顔を覗き込む。




「さっきの、お前の目……青く光ってた。なんだったんだ?」




その問いに、俺はすぐに答えられなかった。


自分でも、よく分からない。




ただ、あの瞬間──俺は“世界の裏側”を見ていた気がする。


空間の歪み、死角の気配、音の反響、風の流れ。


全てが一枚の地図のように、脳内に描かれていた。




「あれは……」




言いかけた瞬間だった。




──キィィィン……




耳鳴りのような音が、空間全体を貫いた。




世界の“空気”が変わる。


風が止み、光が反転し、重力が捻れる。


喉奥から吐き気がせり上がり、視界が急激に暗転する。




「な、なんだこれ……っ!」




誰かが叫ぶ。




「やばい……引き戻される……!」




逃げようにも、体が動かない。


何かに背中を引きちぎられるような力が働き──次の瞬間。




──真っ暗な“闇”に、落ちた。







──風が、吹いていた。




目を開ける。


そこは、さっきまでいた場所とはまるで違う。




夕暮れの屋上。


錆びたフェンス。静かな風。茜色に染まった空。


どこを見ても、誰もいない。




放課後。


誰もいない学校の屋上。


──俺が、“飛ばされる前”に立っていた場所。




手を見る。小さな擦り傷。


服は戻っていた。靴も、ポケットの中身も、何もかも“元通り”。




……けれど、あの傷だけは“本物”だった。




ゆっくりと立ち上がる。足にまだ震えが残っていた。




さっきまでの出来事が、まるで夢みたいに曖昧になっていく。


頭の中にモヤがかかって、輪郭がぼやける。




(話そうとしても──無理だろうな)




誰かに語ろうとすれば、脳が拒絶する。


さっきも、一瞬だけ思い出そうとした瞬間に、頭の奥に鋭い痛みが走った。




きっと、“あの世界”のことは語れないようになっている。


無理に言葉にすれば、意識ごと壊れてしまう。




俺はただ、屋上の柵にもたれかかり、空を見上げた。




あの空には、もうヒビはなかった。


すべてが穏やかで、静かで、普通で──


だけど“嘘くさい”。




この空は、俺たちを“試している”。




いや──見ている。




あの世界に、まだ誰かが残されている。


出会えていない誰かが。


そんな気がした。


そしてきっと──俺自身も。




(また、行くことになる)




もう二度と戻りたくないと、心のどこかで願いながら、


それでも“自分の目”が知っていた。




だから俺は、静かに呟いた。




「……まだ、終わってない」




茜空の下、誰もいない屋上で。


俺はひとり、風の中に立っていた。

一度踏み込んでしまった者に、“元の世界”など存在しない。

見てしまった。知ってしまった。生き残ってしまった。

屋上に吹く風の中で、真は静かに悟る。

自分がもう「ただの高校生」ではいられないということを──

そして次に現れるのは、“その未来に行けない者”。

導き手は、すでに傍にいる。

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