section10『始まりの再来』
日常の静けさに潜む、わずかな違和感。
その“兆し”は、音もなく忍び寄り――再び彼らを、あの異世界へと誘う。
そして、そこには“新たな存在”が立っていた。
夜の静けさに包まれた町を、三國見 真は一人歩いていた。
人通りはまばらで、商店街の明かりもまるで深呼吸するように穏やかに瞬いている。
だが、心の中は、まだざわついていた。
(……俺たちは、勝てなかった)
拳を握る。
あの男に一撃は入れた。けれど、仕留めきれず、逃げられた。
敵が本気を出していたら、どうなっていたか――そう考えるだけで、背筋が冷える。
「もっと強くならなきゃ。ちゃんと……守るために」
小さく呟いたその声が、夜の空気に溶けていく。
誰に聞かせるでもなく、誰かに届くはずもないと知りながら、それでも言葉にせずにはいられなかった。
その時だった。
空気が、ふっと変わる。
風が止まり、世界が一瞬だけ無音になる。
街灯の光がにじみ、視界の輪郭が歪む。
(……この感覚――)
まるで地面が傾いたかのような浮遊感が、身体を包み込む。
心臓が、どくん、と一拍、遅れて脈打つ。
「来たか……!」
真が瞬時に反応し、次の瞬間――
世界が白く塗りつぶされた。
音が遠ざかり、重力が反転するような浮き上がる感覚。
景色が巻き戻されるように、すべてが消えていく。
(また、連れて行かれる……!)
――そして、地面の感触が戻る。
冷たい風が頬を打ち、鼻腔に土と鉄の匂いが混じる。
気づけば、そこはもう、異世界《ルヴァ=ヘレイス》だった。
「……また、ここか」
真がゆっくりと周囲を見渡す。
闇に包まれた瓦礫の街並み。どこかが崩れる音が遠くで響いている。
空は見たこともない不気味な光を帯びていた。
この世界は生きている――そう錯覚させるほどの、得体の知れない圧。
やがて、視界の中に見慣れた顔が次々と現れる。
レイラ。鳴。凪。隼人――
そして、もう一人。
制服姿の少女が、ぽつんとその場に立ち尽くしていた。
髪は風に揺れ、両手は震え、目は大きく見開かれている。
明らかに様子がおかしい。混乱と恐怖に飲まれ、身体が動かせていない。
(……初めての転写者か)
「おい、大丈夫か?」
真が声をかけると、少女はビクッと肩を震わせ、こちらを見た。
「……ここ、どこ……? なにこれ、夢……?」
震える声。その手は強張り、立っているのがやっとのようだった。
息が浅くなり、今にも過呼吸になりそうな様子。
「安心しろ。落ち着いて、深呼吸してみろ。ゆっくりでいい」
真はそっと手を伸ばし、少女の肩に触れる。
「君だけじゃない。……俺たちも、最初は同じだった。何が起きたのかも、どこなのかもわからない。……けど、ここにいる限り、俺たちは“仲間”だ」
少女の瞳が揺れた。
不安と、わずかな希望が入り混じるような光。
震える唇が、ようやく小さく動いた。
「……わたし……」
それ以上は、まだ言葉にならなかったが、うなずいたその顔は、少しだけ落ち着いたように見えた。
そして真は、確信する。
(これは、偶然じゃない)
また何かが始まる。
自分たちが“ここ”へ来る理由がある。
混乱と恐怖の中で、少女は出会う。
異世界《ルヴァ=ヘレイス》という現実と――支える者たちの存在に。
これはただの偶然ではない。確かに、“次の物語”が動き始めていた。




