section6『揺らぐ像』
訓練五日目。
初めての“実戦形式”に、全員の動きと心が試される。
幻の標的を前に、それぞれの課題と成長が浮かび上がっていく。
そして──誰にも気づかれないまま、“見えそうな何か”に手を伸ばす者がいた。
陽が傾き始めた放課後、訓練地の山あいに、今日も5人の姿が集っていた。
「……今日は模擬戦だ」
神瀬 匡の声はいつも通り静かだったが、その空気には確かな緊張感が含まれていた。
「形式はチーム戦。標的は幻影型。物理的な実体はないが、攻撃反応はある。連携して撃破しろ」
そう言って、神瀬は後方を手で招いた。
木陰から、白いパーカーを羽織った青年が姿を現す。
「紹介しておく。柊 蓮司。今日の訓練用標的はこいつのアーカで生成している」
「どーも、柊でーす。脅かし担当みたいなもんだけど、よろしくね」
「えっ、アーカ使いなんだ……?」
レイラが少し驚いたように目を見開く。蓮司は照れくさそうに頭をかいた。
「うん、ちょっとした視覚系のやつでさ。今日は標的操作の手伝いだけだから気にしないで」
それだけ言うと、蓮司は手を振って少し離れた岩場へと移動していった。
「──蓮司には異世界の話はするな。それだけは守れ。あいつは異世界に行ったことがない。間違えて話せば、お前たちが“灰”になることになるぞ」
一瞬、言葉を飲むように皆が沈黙する。
神瀬の言葉は冗談ではないことを、5人は本能的に理解していた。
神瀬は続けて言う。
「蓮司は先天的にノアを持っていた。俺が基本の使い方を教えたが、異世界の情報は一切渡していない。──それだけ、守れればいい」
神瀬はチーム分けを告げる。
「チームA:真と鳴。チームB:凪、隼人、レイラ」
「……よろしくね?」
小さく手を挙げて笑うレイラの隣で、隼人が無言のままうなずく。
凪は何も言わずに前を見据えていた。
「こ、こっちって……俺……足、引っ張らないかな……?」
鳴が真の隣でそわそわと自信なさげに呟く。
真はそんな鳴に、軽く肩を叩いて返す。
「平気だ。お前は俺の動きだけ見てろ。それだけでいい」
それだけで、少し鳴の表情が和らいだ。
それぞれのチームが山道へと分かれて進み、一定の距離を保って配置につく。
――そして、スタートの信号が放たれた。
* * *
「そっち、回って! 速いやつがもう1体来る!」
「わ、わかったっ!」
チームAは、森の中で動く複数の高速標的と交戦していた。人影のような幻影は地面を滑るように移動し、一定時間ごとに飛びかかってくる。
真は冷静にその動きを読み、木々の間を利用して距離を詰めた。
「……っ!」
木の陰から飛び出した標的を、一撃で地面に叩きつける。
その間、鳴は指示された位置に回り込みながらも、心なしか視線を泳がせていた。
「(俺だけ……全然、動けてない……)」
だが、その視界の端に、一瞬だけ違和感が走る。
──見えないはずの“何か”が、そこに浮かび上がったような感覚。
「……なに、いまの」
それはすぐに消えたが、鳴の呼吸が微かに変わった。
(もう少し……何かに、届く……?)
一方その頃、チームB。
凪を先頭に、隼人とレイラが後方から支援に回っていた。標的は複数の“射撃型幻影”。遠距離からエネルギー弾のようなものを放ってくる。
「レイラ、右奥から来るやつに集中して」
「了解っ!」
レイラは鏡を手に前方を見据えながら、障害物の陰を抜けて回り込む。
反射と反響を利用した動きは、支援戦術の片鱗を見せ始めていた。
「よし、少しずつ見えてきた……!」
隼人も、相手の弾道を読みながら跳躍し、木の幹を蹴って回り込む。
「もうちょい……タイミング掴めそうだ」
三人の動きが、徐々に“チーム”としての機能を帯び始めていく。
* * *
少し離れた木陰で、柊 蓮司は静かに木の間から戦況を見つめていた。
「……うん、やっぱ匡さんが目をつけるだけあるわ」
彼の目は、特に鳴の動きをじっと見つめていた。
その視線に、少しだけ優しさが宿っている。
交錯する動きの中に、確かな成長の手応えがあった。
けれど、まだ見えていない者もいる。まだ掴めていない者もいる。
仲間の背中を追いながら、静かに“何か”が鳴の中で目を覚ましかけていた。
戦いの影が差し始める中、それは希望か、それとも焦りか──
答えは、まだ視えない。




