section9『――静寂の幕間』
獣の咆哮が止み、空が静かになった瞬間、誰もが一瞬だけ──終わったのかもしれないと思った。
だが、それはただの“間奏”にすぎなかった。
真上には、まだ“それ”がいる。
沈黙とは、嵐の終わりではない。
むしろ、最も危うい時は──何も起きていない時にこそ、忍び寄ってくる。
再び静寂が訪れた。
空からの咆哮が止んだ。
地を這っていた異形の四足獣たちも、まるで糸が切れたようにその場で動きを止める。
誰かが意識して手を下したような、完璧すぎる沈黙だった。
「……止まった……?」
レイラがかすれた声で呟く。
その声が、かえって異様な静けさを際立たせた。
風の音すら消えたかのように感じられた。
地鳴りも棘の蠢動も、遠くに聞こえていた獣の唸り声も、すべてが嘘のように静まり返っている。
獅堂 隼人が息を吐き、苛立ちを押し殺すように口を開く。
「……あれ、上のやつ……こっち、見てやがるな」
上空。
黒い影をまとった飛行生物が、高度を保ちながら旋回している。
その形は、やはりはっきりとは見えない。
翼のようなものがあるが、輪郭は闇のように曖昧で、輪郭が溶けるたびに不安が胸を締め付ける。
「あいつが……指揮してるのか」
真が小さく言うと、隣にいた凪が、肩で息をしながら短く頷いた。
「地上の奴らも、空の奴も、全部が同じタイミングで止まった……偶然じゃない。命令か、それに近い何かが通ってる」
「……そんなの、聞いてない……」
小さく、レイラがつぶやいた。
その隣で、白鐘 鳴が一歩後ずさり、誰にも気づかれないように唇を噛んでいた。
「……なんで、止まったんでしょうか……?」
レイラから問うように漏らされた声。
だが、それに答えられる者はいなかった。
誰もが立ち尽くしていた。
仲間たちの死によって生まれた血の臭いが風に乗って漂う。
その匂いも、沈黙に染め上げられて、鈍く胸をえぐる。
「これって……終わったんじゃ、ないんですよね?」
レイラの震える問いに、真は目を伏せる。
「あの飛んでるやつ……さっきからずっと、真上にいるよね」
鳴の言葉に、誰も答えなかった。
彼の声は、怯えたままだったが、その中にわずかな直感が混じっていた。
そして、誰もが心の中で思っていた。
“これは嵐の終わりではなく――その前触れだ”と。
凪が、やがて口を開いた。
「……指示待ち、か。だったら、次に来るのは……本命、だな」
その一言に、空気が変わった。
冷たい。
妙に透明で、肌に刺さるような空気。
「……備えよう。生き残った意味があるかどうか、次で決まる」
真のその言葉に、誰も返事をしなかった。
ただ、レイラは強く目を閉じ、拳を握った。
隼人は無言で周囲を見渡し、いつでも動けるように構えた。
鳴は……肩を震わせながらも、仲間たちの背中を追って、そっと立ち位置を詰めた。
あたりを包むのは、死者を悼む沈黙。
だがそれは、終わりを告げるものではない。
――これは、戦いの“間奏”。
“嵐の前の、静けさ”だった。
地が止まり、空が凍り、音が消える。
異世界がまるごと息をひそめたような沈黙の中で、
少年たちはまだ戦いの只中にいた。
次に来るのは“本命”。
それは今までよりも、はるかに深く、重く、確実に命を奪いに来る何かだ。




