section8『―最期の足音―』
誰かを救うたび、誰かを救えなくなる。
それがこの世界の真理だとするなら──
生き残るということは、選ばれるということではない。
ただ、誰よりも“遅く折れる”ということなのかもしれない。
奥から、不自然に細い風切り音が響いた。それは木の葉をかすめるようでいて、金属が空を裂くような鋭さを孕んでいる。
「っ、来るぞ!」
真の叫びが木霊した瞬間、前方の地面が突然盛り上がる。その直後、男子学生の腹部が貫かれた。血の花が爆ぜ、彼は短く息を呑んだまま、後ろに倒れた。
「う、うわああああ!!」
背後の女の子が取り乱しながら後ずさるが、その頭上から闇の塊が降ってくる。鋭い爪のようなものが肩口を引き裂き、彼女の身体は地面にたたきつけられた。
「何なんだよ……こいつら……っ!」
隼人が叫ぶ。が、その声に答える者はいない。闇の中、敵の姿は依然として“影”のままだ。上空には翼を広げた巨大な飛行生物が、雲間を滑るように動いていた。その下、地を這う四足の獣が、棘のような突起物を次々と射出してくる。
「……っ、あいつらが飛ばしてるのか……!」
凪が歯を食いしばりながら、前に出る。瞬時に氷の粒を散らし、地表の棘の軌道を読み取ろうとするが――
「速い……!」
棘は明確な軌道を描かず、まるで生き物のように変化しながら飛来してくる。凪が片腕で氷の壁を張るも、直後に地面から横に伸びた棘が肩をかすめた。
「ぐ……っ!」
「凪!下がれ!」
真が叫び、1人庇いながら横合いから跳び込む。その手に宿った“力”が微かに閃き、棘の一撃をぎりぎりの距離で弾く。
「っぶね……!」
それでも、間に合わなかった者はいた。足を取られて倒れ込んだ若い男が、棘に貫かれ、呻き声すら上げられず崩れ落ちる。
「クソ……これ以上は……!」
鳴がその場に膝をつき、顔を覆う。震える手が、地面に広がる血を押さえようとしているのか、ただ怯えているだけなのか、分からない。
「もう、もう無理だって……!」
レイラの声が、喉の奥から漏れた。その手は震え、まるで現実を否定するように宙を掴んでいる。隼人は無言で前に立ちふさがり、再び襲い来る棘に対し、拳を握りしめる。
「何もできねぇけど……立ってねぇと死ぬだけだろ……っ!」
だが――そのとき。
空気が静まった。
「……?」
誰かの呼吸が止まる音すら聞こえそうな静寂。
棘の飛来も、飛行生物の気配も、獣の蠢きも――一瞬だけ、すべてが止まった。
「……嵐の、前?」
真が小さく呟いた。
そしてその“静けさ”は、ほんの数秒後に破られる。
地面が震え、突如として複数の棘が乱れ飛んだ。まるで最後の刈り取りであるかのように、残っていた人たちが次々と貫かれ、倒れていく。
断末魔すら、もはや届かない。
凪が叫びながら氷の壁を張り、最後の1人に駆け寄ろうとするが、間に合わない。真も、視線の先で倒れ込む影に拳を握るしかなかった。
──そして、気づけば。
その場に残っていたのは、真、凪、鳴、レイラ、隼人の5人だけ。
「……これで……終わり……か?」
隼人の息は荒い。レイラは膝をついたまま、血で染まった地面を見つめている。鳴は震えたまま何も言えない。凪は唇を噛みしめ、真はただ目を伏せた。
誰も、口を開こうとはしなかった。
生き残ったことが“幸運”ではないことを、全員が知っていた。
名前を呼ばれなかった人々が、確かにそこにいた。
名前を知らなくても、悲鳴を、動揺を、痛みを、彼らは見てしまった。
そして今、確かに感じている。
「生き残ってしまった者」たちの背中に、ひとつずつ、重さがのしかかっていく。




