section5『死角ノ咆哮(しかくのほうこう)』
異世界を進む三國見 真と白鐘 鳴。
彼らに同行するのは、事情も力も知らない者たち。
真はその中に生還できる者が何人いるかを冷静に見極めようとする。
だが、静かな空気は、確実に異変をはらみ始めていた──
──空気が、変わった。
真は、突如として肌に触れる風の質が変わったのを感じていた。
さっきまで吹いていた涼やかな風が、じっとりと湿気を帯び、何かを孕んでいる。
「……みんな、止まれ」
その一言に、同行していたモブたちは立ち止まり、不安げにあたりを見回した。鳴も、真のすぐ後ろで息をひそめている。
そのときだった。
「っ……あれ……?」
ジーンズ姿の青年が、ふと足元を見て言った。
真の視界に、その直後、鈍く赤いラインが走る。
(……危険反応!?)
声を出すより早く、地面から何かが飛び出した。
ザシュッ
それは鋭利な杭のような物体だった。突如として地中から突き上がり、青年の腹を無慈悲に貫いた。
「う、あ……っ」
青年の体がゆっくりと折れ曲がり、血が地面に弧を描いて飛び散る。杭は、そのまま彼を串刺しにしたまま、再び土中に引きずり込むように沈んでいった。
「な……なんだ今の……!? なんで地面から!?」
パニックに陥る転写者たち。誰かが後ずさり、別の誰かが叫び出す。
真はすぐに視線を巡らせる。だが──見えない。
ミロクによる視覚強化が、今の敵の動きを“完全には捉えられなかった”。
(動き出した瞬間だけ、“赤”が……。それだけか?)
視えない敵。気配もない。だが、確かに“そこ”にいる。
鳴が背後で、しゃがみ込むようにして小さくなる。
「……な、なんか出たよね、今……あれ、何……? ヤバいやつだよね……?」
声は震えていた。怯えきってはいるが、恐怖を押し殺して状況を理解しようとしている。
「鳴……!」
「やだやだやだ、また来る……! 俺、絶対イヤだって、これ……!」
その瞬間、今度は右手奥で地面が爆ぜる音がした。杭とは違う、何かが地面から“這い出てくる”ような鈍い音。
真は鳴の手を引き、咄嗟に後退する。
「下がれ! 周囲を見ろ、同じ場所に立ち続けるなッ!」
転写者たちは叫びながら散り始める。混乱の中、足をもつれさせ、転ぶ者もいた。
真の脳裏に、これまでの“訓練”が一瞬でよみがえる。
(冷静に動け。感情に飲まれるな。ここではそれが“死”に直結する)
──そして、別の地点。
凪のグループ。
岩場の斜面を登っていた一行が、一度足を止めて休もうとしたとき、
ふとレイラが空を見上げた。
「ねえ……さっきから……音、しない?」
その声に、隼人が振り返る。
「音?」
「うん。風の音も、さっきまであったのに……ぴたりって……」
だが、その違和感に皆が気づく前に、それは起きた。
ドゴッ!
突如、上空から“何か”が落ちてきて、パーカー姿の青年の頭上に直撃した。鈍い衝撃音と共に、青年の身体は地面にめり込み、ピクリとも動かなくなる。
「っ……!」
レイラが悲鳴をあげかけて、口を覆う。隼人は一歩前に出るが、敵の姿は見えない。
凪は静かに言った。
「……来たか。やっぱり、今回も出るんだな……」
「なにそれ、意味わかんない……!」
レイラが顔をしかめた。
「おい、それって……マジで、普通の事件じゃねぇのか?」
隼人も歯を食いしばる。凪はゆっくりと頷いた。
「……俺も正体はわからない。ただ、前に来た時も、似たような“見えない敵”に何人も殺された。ここはそういう場所だ」
「……ここって、どこなのよ……一体なんなのよ……」
レイラの目に涙がにじんでいた。だが、泣き崩れるほどではない。まだ自分を保とうとしている。
隼人も、拳を強く握ったまま言葉を呑み込んだ。
凪は一度だけ目を閉じ、静かに言った。
「……俺が前に出る。お前らは後ろで動かないように」
そして空間の“歪み”を探るように、ゆっくりと足を進めていく。
──敵は見えない。だが、確実にこちらを狙っている。
それだけは、全員の肌が、感覚が、確かに感じ取っていた。
油断、楽観、不信、恐怖──
様々な人間の感情が交錯する中で、異世界は確実に牙をむこうとしている。
誰が生き延び、誰が取り残されるのか。
それを決める刻限が、すぐそこまで迫っていた。




