section1『再転写』
かつて訪れた異世界《ルヴァ=ヘレイス》。
その記憶は、未だに三國見 真の中で鮮烈に残っていた。
突如として再び引きずり込まれるように訪れる“転写”――。
今度は誰が来ていて、誰が生き延びられるのか。
“あの世界”が、再び口を開く。
──視界が、揺れる。
空間がぐにゃりと曲がり、音のない衝撃が世界を貫いた。
(……まただ)
三國見 真は、その異常を知っていた。
自分だけが、世界から浮かび上がるような感覚。
光も重力も遠のき、何もかもが音を立てて剥がれていく。
──転写。
足元を奪われた瞬間、全身がどこかへ引きずられた。
そして次の瞬間には、別の地面に叩きつけられていた。
「ぐっ……!」
息が詰まる。埃っぽい空気を吸い込み、咳き込んだ。
目を開けた先には、朽ちたコンクリートと鉄骨が入り乱れる、荒廃した廃ビルの群れ。
天を覆うのは、厚い灰色の空。風がひゅうひゅうと音を立てて吹き抜ける。
──ここは、間違いない。
異世界《ルヴァ=ヘレイス》。
「……また、来たか」
真は起き上がり、周囲を見渡す。
数メートルほど先、崩れた壁の影に何人かの人影。
「……!」
制服姿の者もいれば、私服の者もいる。
しかもその一部には、見覚えのある顔が混ざっていた。
(……前回も、一緒だった奴らだ)
深くは知らない。ただの顔見知り程度。
だが、同じように《転写》を経験した者たちだ。
「う、うそ……なんでまた……」
「ここ、また“あっち”じゃねぇのか……」
「前と違う……場所か?」
皆、怯えた表情だった。
前回生き延びたとはいえ、彼らが何かを得たわけではない。ただ、運が良かっただけの生存者たち。
そして、さらに数名──
見るからに初めて転写されたらしき人々が加わっていた。
十代と思しき学生、スーツ姿の社会人、運動着姿の女性。
一様に混乱し、立ち尽くしている。
(……顔ぶれが混じってる。今回も、無作為に選ばれたってことか)
その時、真の視線が一人の少年に止まった。
崩れた石壁に背を預け、うずくまっている黒髪の少年。
(……あいつ)
前回、一緒に行動していた記憶がある。だが、名前は思い出せない。
確かにいた。だが、他の誰よりも“存在感が薄かった”。
真は近づいて、声をかけた。
「大丈夫か?」
少年はゆっくりと顔を上げ、真の顔を見た。
無言で小さく頷く。その瞳には怯えも混乱もない。ただ、静かだった。
「……前回、一緒だったよな」
その言葉に、少年──白鐘 鳴はまた頷いた。
(やっぱり、こいつも転写経験者だ)
真は改めて周囲を見渡す。
合計十人ほどか。前回経験者が三、四人。あとの半数以上は、明らかに初めて。
「……全員、落ち着け!」
真が声を張ると、数人がこちらに顔を向けた。
「ここは、あっちの世界だ。前に来たことがあるやつもいると思うが、初めてのやつもいるだろう。とにかく、パニックになるな」
誰かが、「……なんだあいつ」と呟いた。
知らない者にとっては、唐突に現れた“リーダーぶる奴”に見えたかもしれない。
だが真は、もう何も恐れていなかった。
(俺には《ミロク》がある。前よりは……戦える)
「周囲を確認する。……誰か、怪我してるやつは?」
鳴は無言で真の後ろに立つ。まるで、当然のように。
真はその姿を見て、小さく頷いた。
風が鳴る。
街は死んだように沈黙し、上空には見たこともない雲の渦。
《ルヴァ=ヘレイス》。
二度目の訪問は、決して歓迎ではない。
だが、これが“選ばれてしまった”ということだ。
(今度こそ──)
(誰も、取りこぼさない)
再び訪れた異世界。だが、そこにいたのは、かつて共に戦った“顔見知り”だけではなかった。
初転写の者たち、そして前回一緒に転写された少年――白鐘 鳴。
それぞれが異なる記憶と不安を抱きながら、新たな試練の幕が、静かに開かれようとしている。




