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オーバークロック・ノア  作者: くじらちさと
選別の地
20/57

section1『再転写』

かつて訪れた異世界《ルヴァ=ヘレイス》。

その記憶は、未だに三國見 真の中で鮮烈に残っていた。

突如として再び引きずり込まれるように訪れる“転写”――。

今度は誰が来ていて、誰が生き延びられるのか。

“あの世界”が、再び口を開く。

──視界が、揺れる。


空間がぐにゃりと曲がり、音のない衝撃が世界を貫いた。


(……まただ)


三國見 みくにみ・まことは、その異常を知っていた。

自分だけが、世界から浮かび上がるような感覚。

光も重力も遠のき、何もかもが音を立てて剥がれていく。


──転写。


足元を奪われた瞬間、全身がどこかへ引きずられた。

そして次の瞬間には、別の地面に叩きつけられていた。


「ぐっ……!」


息が詰まる。埃っぽい空気を吸い込み、咳き込んだ。


目を開けた先には、朽ちたコンクリートと鉄骨が入り乱れる、荒廃した廃ビルの群れ。

天を覆うのは、厚い灰色の空。風がひゅうひゅうと音を立てて吹き抜ける。


──ここは、間違いない。

異世界《ルヴァ=ヘレイス》。


「……また、来たか」


真は起き上がり、周囲を見渡す。

数メートルほど先、崩れた壁の影に何人かの人影。


「……!」


制服姿の者もいれば、私服の者もいる。

しかもその一部には、見覚えのある顔が混ざっていた。


(……前回も、一緒だった奴らだ)


深くは知らない。ただの顔見知り程度。

だが、同じように《転写》を経験した者たちだ。


「う、うそ……なんでまた……」

「ここ、また“あっち”じゃねぇのか……」

「前と違う……場所か?」


皆、怯えた表情だった。

前回生き延びたとはいえ、彼らが何かを得たわけではない。ただ、運が良かっただけの生存者たち。


そして、さらに数名──

見るからに初めて転写されたらしき人々が加わっていた。

十代と思しき学生、スーツ姿の社会人、運動着姿の女性。


一様に混乱し、立ち尽くしている。


(……顔ぶれが混じってる。今回も、無作為に選ばれたってことか)


その時、真の視線が一人の少年に止まった。


崩れた石壁に背を預け、うずくまっている黒髪の少年。


(……あいつ)


前回、一緒に行動していた記憶がある。だが、名前は思い出せない。

確かにいた。だが、他の誰よりも“存在感が薄かった”。


真は近づいて、声をかけた。


「大丈夫か?」


少年はゆっくりと顔を上げ、真の顔を見た。

無言で小さく頷く。その瞳には怯えも混乱もない。ただ、静かだった。


「……前回、一緒だったよな」


その言葉に、少年──白鐘 しろがね・なるはまた頷いた。


(やっぱり、こいつも転写経験者だ)


真は改めて周囲を見渡す。


合計十人ほどか。前回経験者が三、四人。あとの半数以上は、明らかに初めて。


「……全員、落ち着け!」


真が声を張ると、数人がこちらに顔を向けた。

「ここは、あっちの世界だ。前に来たことがあるやつもいると思うが、初めてのやつもいるだろう。とにかく、パニックになるな」


誰かが、「……なんだあいつ」と呟いた。

知らない者にとっては、唐突に現れた“リーダーぶる奴”に見えたかもしれない。

だが真は、もう何も恐れていなかった。


(俺には《ミロク》がある。前よりは……戦える)


「周囲を確認する。……誰か、怪我してるやつは?」


鳴は無言で真の後ろに立つ。まるで、当然のように。

真はその姿を見て、小さく頷いた。



風が鳴る。

街は死んだように沈黙し、上空には見たこともない雲の渦。


《ルヴァ=ヘレイス》。

二度目の訪問は、決して歓迎ではない。

だが、これが“選ばれてしまった”ということだ。


(今度こそ──)

(誰も、取りこぼさない)

再び訪れた異世界。だが、そこにいたのは、かつて共に戦った“顔見知り”だけではなかった。

初転写の者たち、そして前回一緒に転写された少年――白鐘 鳴。

それぞれが異なる記憶と不安を抱きながら、新たな試練の幕が、静かに開かれようとしている。

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