section6『邂逅』
“戦い”は、一人ではできない。
ノアに目覚めた者は、仲間と出会い、衝突し、磨かれていく。
神瀬 匡の導きによって、
真はもう一人の“適応者”、白倉 凪と対面する。
その眼差しが問うのは、“お前に覚悟はあるか”ということだった。
翌日。
放課後の校門を出る頃、日差しはすでに西へ傾いていた。
試験期間が終わったばかりで、今日は短縮授業。午後の時間が、ぽっかり空いている。
(……普通なら、まっすぐ帰って、昼寝でもしてただろうな)
昨日の訓練で味わったあの感覚は、まだ鮮明に体に残っていた。
視界の端に、ほんの一瞬だけ“色”が混ざる気配。空気の揺れ方、足音の先読み、すべてが妙にクリアに見えてしまう。
それは、現実がほんの少しだけ“浮いて”見えるような違和感だった。
(……本当に、あれは夢じゃなかったんだ)
実感が、じわじわと胸の奥に染みていく。
あの世界は確かに現実で、俺の中に“何か”が芽生えている。それだけは、間違いなかった。
神瀬 匡との待ち合わせ場所は、昨日と同じ駅前のロータリー。
彼は黒いジャケット姿のまま、車のボンネットにもたれていた。
「よ、遅かったな。学校、どうだった?」
「まあ、普通……です。授業なんか、ほとんど頭に入らなかったですけど」
「だろうな。あれを経験して、のほほんと授業なんか聞いてられたら逆にすごい」
神瀬は笑いながら車のドアを開ける。
乗り込んだ俺の隣で、エンジンが静かにかかる。
山道に入ると、昨日の訓練の記憶が蘇ってきた。
ノア(NOA)という力、視覚の強化、アーカ(ARCHA)という個性。全てが、自分とは無縁だった世界の話だと思っていた。
「……今日も訓練、ですよね?」
「ああ。ただ今日はもうひとり来る」
「え?」
「白倉 凪。お前より少し早く適応したノア(NOA)使いだ」
「仲間……ですか?」
「仲間であり、先輩みたいなもんだな。と言っても、あいつは別に教える側じゃない。お前と同じで“戦う側”の人間だよ」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
自分と同じように、“ノア(NOA)に触れた人間”。
いったいどんなやつなんだろう。自分とは全然違う何かを、すでに手にしているのかもしれない。
車はやがて、昨日とは少し違う開けた広場に着いた。
木々の奥にぽっかりと綺麗な円に広がったその場所は、まるで訓練のためだけに存在しているかのようだった。
そして、そこにはすでに誰かが立っていた。
黒いパーカーのフードを目深にかぶった少年。
腕を組んで立ち尽くし、こちらを無言で見つめている。
遠くからでも分かる。その目の強さ。
まるで“こっち側の空気”に、完全に順応しているような静けさだった。
「紹介する。白倉 凪。ノア(NOA)に適応した、お前の“仲間”だ」
神瀬の声にうながされて、俺は車を降りる。
冷たい空気が肌を撫でた。凪の目が、俺の動きをしっかりと捉えている。
「三國見 真です。……よろしくお願いします」
俺がぎこちなく頭を下げると、凪はほんのわずかに口元を動かした。
「……よろしく。馴れ合う気はないけど、邪魔はしないよ」
「明日からはこの二人で訓練してもらう。ノア(NOA)は“戦う相手”だけじゃなく、“一緒に動く相手”がどんな力を持っているかを知ってないと、活かせないからな」
神瀬はそう言って、木陰に腰を下ろした。
凪の視線が、まっすぐ俺に向けられる。
まるで“お前は使えるのか?”とでも言いたげだった。
その無言の問いかけが、逆に心臓をざわつかせる。
(……本当に、戦うために、俺はここに来たんだ)
訓練なんて、生温い言葉で誤魔化せない。
目の前に立つこの少年が、明日には“命をかけて隣にいる”かもしれない。
そんな場所に、自分は今、足を踏み入れているんだ。
息を深く吸って、吐く。
もう逃げる場所はなかった。
握手も、共感もない。
ただ、その目が語っていた。
「俺たちは、もう日常に戻れない」
ノアという運命を背負った者たちが、今、同じ地平に立つ。




