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最強おじさん、裏ダンジョンを征く ~15年間ソロで密かに攻略してたらアイドル探索者に誤配信されてバズってしまった~  作者: 朴いっぺい
第四章 最強おじさんと共同攻略

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4-5

お読みいただき、ありがとうございます!

 灰色の大地を、黒い陽炎のごとき魔物(モンスター)の群れが駆ける。

 黒き兵たちの上げる鬨の声が、地獄から響く怨嗟のようにも思えた。


 鶴の胴に位置する総髪兜の将、”信玄”は座して動かない。

 翼を為す騎兵たちも同様だった。


 今は先手であろう中央の部隊が、山を登ってきているだけだ。とは言っても、会敵までものの五分とかからないだろう。


「ちょっと……あれ何匹いるんですっ⁉」


〈あばばばばば〉

〈さすがにりーむーりーむー〉

〈D-Lookさん、これ規制入れたほうがいいんじゃ?〉

〈まあシャドマだし何とかするだろ〉

〈あんまり悲壮感ないんだよなあ〉

〈そんな、ここまで来たのに……! 私のロズッ!(#英語)〉

〈↑さっきからブレねえなあんた、嫌いじゃないぜw〉

〈さて、我らが女王たちの打ち手を見ようか(#ロシア語)〉

〈我らが女王の騎士ならやってみせろよ、シャドウマスター(#ロシア語)〉

〈このロシアニキたちの安定感よ〉


 玲美の声に共鳴するように、コメント欄にも悲痛な意見が多い。

 だがこの場にいる探索者(デルヴァー)たちを信じてくれる声もちらほら見える。


「さてな。まあ何匹だろうが、やることは変わらねえよ」


「短期決戦、だな」


 長巻を担ぐように持った陽人に、氷の銃弾を創るカーチャが応じる。


 今の敵の布陣は、いわゆる”鶴翼の陣”というやつだ。

 先手の部隊を潰せば、”信玄”のいる本陣までは一直線。だがそこまで駆けていくところを、両翼の騎兵たちに挟み込まれる。


「ええ。あの両翼に圧し包まれる前に将を討てば、我々の勝利です」


 それを聞いたロズも、得心したように頷いた。

 おそらく”信玄”がいる限り、魔物(モンスター)は際限なく湧いてくる。一点突破で将を討つ以外に、妥当な策はない。


「俺が信玄(あいつ)の首を獲る。あんたらの面倒までは見れねえ。強化魔法、しっかりな」


「これ以上、手間はかけんさ。前塞ぐ奴らにはアタシがぶっ放してやる。防御はレミ、お願いしていいね?」


「マ、マジでやるんですね……。鱗甲展開、アクセル・ウィンド!」


「わたくしは周りに来る敵を蹴散らします。あとはこれを……主天煌命羽(ドミニオン・フェザー)!」


 強化魔法が三人にかかっていく間にも、山の斜面に黒足軽たちの姿が見え始めた。

 心なしか、先ほどの連中よりも動きや装備が良くなっている気がする。


「強化魔法、終わりました! いつでもいけますっ!」


「視聴者の皆さんっ、しばらく返事できないんでよろしくですっ!」


〈やっぱそうなりますよねええ〉

〈うわマジで四人で勝つ気だよ……〉

〈それでこそ、我らが女王よ(#ロシア語)〉

〈ぶちかましてこいよおおおおお〉

〈私にできることは祈るのみ。神よ、ロズと彼らを守り給え(#英語)〉

〈↑ちゃんと他の人の分も祈ってて好き〉


 コメント欄の反応も上々である。

 さすがに日本協会の公式アカウントがコメントすることはない。今は各国の協会ともども、固唾をのんで静観しているのだろう。


「よし、行くぞ」


 一声かけて、黒い群れへと駆けだす。

 ここまで来たら気合など不要。あとはやるだけだ。皆もそれを分かっているのか、足音だけがついてくる。


 目の前に来た黒足軽たちを、長巻の一閃で斬り散らす。

 左右からは、後続の足軽姿が間断なく襲い掛かってくる。


智天焔奏剣(ケルビム・ブレード)ッ!」


氷弾散撃(リディグロム)!」


 ロズの炎の魔法と、カーチャの氷弾があっさりと敵を貫いた。

 前方に、道が拓ける。


「突っ切るぞっ!」


 吼えて、さらに駆けた。

 ここですべてを倒したところで、また湧くだけだ。背を突かれる前に将を倒すのみである。


 山の斜面を下って平原に出ると、彼方に見える”信玄”の軍配がゆらりと動く。


『……翼を閉じよ』


 響く声とともに、両脇に見える黒騎兵たちが一斉に突撃を開始した。

 馬蹄の音と鬨の声が重なって、地鳴りのような轟音を生む。


「前の敵だけ倒せっ! 駆け抜けるぞっ!」


「承知っ!」


「何度かぶっ放すっ! レミ、防御頼んだよっ!」


「お任せをっ!」


 左右の騎兵たちが、津波のように押し寄せる。

 行く手が塞がれた瞬間、カーチャが前に出た。周囲は玲美の盾の鱗甲が、しっかりと守っている。


氷王吼破(ザルツェドン)ッ!!」


 巨大な青白い光線が、マスケット銃から放たれた。揺らめく影を貫き、黒の軍勢を薙ぎ散らす。


地裂爆崩(テラ・ブレイク)ッ!!」


 ロズが叩きつけた斧槍(ハルバード)を起点にして、灰色の大地が爆ぜる。

 隆起した岩を飛び越え走ると、“信玄”の本陣はもう目の前にあった。


『……その意気や良し』


 ふたたび軍配が振るわれる。

 すると、“信玄”の巨躯を取り巻いていた鎧武者たちが前へと出る。

 討ち損ねた両翼の騎馬兵たちも、背後から続々と集まってきていた。


 もはや退路はない。


 目の前に立ちふさがる軍勢を見たカーチャが、ふっと笑う。


「親衛隊か。あいつらをブチ抜かないと、大将には届かんらしいな」


「ならば、ここを死線としましょう……! 熾天昂軍旗(セラフィム・フラッグ)!」


 ロズが掲げた斧槍(ハルバード)に、光り輝く旗がなびいた。その石突を地に突き立てると、周囲に光が降り注ぐ。

 侮りがたしと見たか、進んできた黒武者や黒騎兵たちが足を止める。


「すっごい! 武器を用いた強化魔法……!」


「レミさんの盾ほどじゃありませんけどね。……征きますよ、月虹聖剣(ルミナリス)


 ロズが、腰間の長剣を抜き放った。

 銀色の輝きを放つ刀身は、月をそのまま打ち鍛えたかのように美しい。


「ヨイハラ殿、我々が突破口を開きます。ひと息に将を討ってください」


「言っておくが、あまり長持ちはせんぞ? 待たせるなよ」


「宵原さん、信じてますからね。ささっと終わらせてくださいっ!」


〈ボスッ!〉

〈早くも本陣戦じゃああああ〉

〈あ~もうこれ仕事してる場合じゃないよ〉

〈↑うちの職場デカいモニターに映し出してみんなで見てるw〉

〈シャドマのせいで日本の経済活動が止まってて草〉

〈日本人はマジメだな、オレはこのために休み取ったぜHAHA(#英語)〉

〈いいんですよ、日本人は働き過ぎです(#ロシア語)〉

〈皆で祈りましょう、彼らの勝利を!(#英語)〉


 ちらと見えたコメントに、思わず口の端が歪む。

 胸から、じわりと熱が溢れる。


「……ああ、頼む」


 この感覚を、この言葉を、前に言ったのは、いつだったか。

 それを思い出す前に、黒武者と黒騎兵が殺到する。


月虹聖剣(ルミナリス)ッ、弧月刃(クレシェンテ)ッ!」


 ロズが長剣から放った銀月の弧が、正面からくる鎧武者たちを斬り裂く。

 しかし倒れたのは数体。すぐに後ろから同じ姿が押し出してくる。

 だがそこで、間髪入れずにカーチャがマスケット銃を構えた。


氷王吼破(ザルツェドン)ッ!」


 冷気を帯びた青白い光が、黒武者たちの中央をぶち抜く。

 十重二十重の方陣に、微かな隙間ができた。

 そこを狙って、身をかがめる。


「……<影瞬脚甲(ドライヴ)>!」


 一足飛びに、方陣を潜り抜ける。すれ違いざまに、数体の黒武者たちを屠った。

 抜けた先には、床几(しょうぎ)に座す黒い将。近くで見ると、大仏を思わせるほどに大きい。


『かような目前に敵を迎えるなど、輝虎(てるとら)以来か』


 ゆらりと立ち、軍配を構える“信玄”の言葉に、陽人は跳躍を以て応えた。


「<魔影手甲(ヴァンブレイス)>!」


 黒い影が、腕を覆う。

 肩を包み込む影は、大袖のような肩当へ。二の腕から先を覆う影は、黒い衣と手甲へと変わる。

 身体の芯から放たれる熱とともに、長巻の刃を“信玄”目がけて振り下ろした。


『動かざること、山の如し……!』


 長巻と軍配が、交差する。しかし言葉通り、びくともしない。


(言葉に応じた強化(バフ)がかかるのかっ!)


『侵略すること、火の如く』


 燃え立つ軍配が長巻を振り払い、次いで熱風を生む。


「<影揺壁(ウォール)>!」


『知り難きこと、陰の如く』


 影の壁で熱風を阻むと、“信玄”の姿が掻き消えた。

 同時。背後に、気配が生まれる。


『……動くこと、雷霆の如し!』


「<影瞬脚甲(ドライヴ)>!」


 反射的に使った影の脚甲が生む瞬発力で、辛うじて軍配の一撃をかわす。

 だが”信玄”は、その巨躯に見合わぬ速さで、ひと息に陽人へと追いついてくる。


()きこと、風の如く。(しず)かなること、林の如し』


 黒い身体を、魔素(ヴリル)の透明な光が包んでいる。

 言葉からして、風が速度強化で林が回復、といったところか。


(”影”を使った俺の速度にもついてくるか! やるじゃねえのっ!)


 ”信玄”の背後に見えるもうひとつの戦場は、すでに地獄の様相を呈していた。

 突き立った槍の穂先に翻る旗を囲んで、カーチャがマスケット銃から青い光を乱射している。

 その周りではロズが剣舞の如き動きで黒武者を斬り裂き、玲美が黒足軽の射撃を盾の鱗甲でいなす。


(一人なら追いかけっこも悪かねえが……このままじゃあいつらが保たねえ、か)


 長巻で軍配の一撃を凌ぐ。

 炎を纏った際に膂力も強化しているのか、降った岩を受け止めたように重い。


(んじゃまあ、覚えたてを試してみますか)


 ふたたび影の腕甲を生み、軍配を跳ね返した。一瞬、”信玄”の胴が空く。

 その隙を突いて、陽人は左手で脇差を抜き放った。

 切先をイメージして、刀身に炎を生む。


火纏(かてん)飛焔(ひえん)っ!」


 散弾した炎の刃を、しかし”信玄”は身体で受け止める。

 続けざまに炎を灯した脇差を投げつけるが、軍配によってあっさり弾かれる。


『児戯よなっ!!』


(そう、だろうなあっ!)


 ”信玄”が叫んだ時、陽人の長巻はすでに巨大な影に包まれていた。

 燃え盛る軍配にも構わず、長巻を振るう。


「……<黒影虚刃(ブレイド)>ッ!」


 影に包まれた刃が、軍配を、”信玄”の鎧を貫く。

 だが同時に、影が消えた。


『っ、ぐぁあっ、見事……っ! だが、骨を断つは我ぞおっ!』


 守るもののない陽人の頭を目がけて、軍配が振るわれる。


火纏(かてん)……!」


 刹那。深々と突き立った紫色の刀身が、真っ赤に燃え上がった。


『ぐぉうぅああああっ!!』


「やっぱりなあ! ”(それ)”がなけりゃ、魔法(こいつ)も通じるってわけだ……っ!」


 諸手で柄を持ち、長巻をこじり上げる。


「……紅篝(べにかがり)っ!!」


 斬り上げた長巻の刃が生む焔が、灰色の空を灼く。

 ”信玄”が、ゆっくりと膝をついた。

 周囲から黒武者が、黒騎兵が、次々に消えて魔素(ヴリル)の欠片に変わっていく。


「せっかく化けて出たのに残念だったな。恨むなら、俺だけを恨め」


 消えゆく”信玄”に、言葉を投げる。

 だが。


『……恨みなど、なし』


 面頬に隠れた口が、わずかに動いた。


『其の方らは元より……。散った一族、臣らも皆、死力を以て戦い散った。勝敗は兵家の常。恨みなど、あるはずもなし』


「じゃあ、あんた……なんで化けて出た?」


 わずかに見える目から、何かが流れた。

 それが涙だと気づくまで、数瞬を要する。


『ただ……。一族と、臣らとともに、在りたかったが故に』


 それを聞いた陽人は、ふっと笑った。


「恐れ入ったよ。ただ、皆と散りたかっただけとはね」


 すでに黒い巨躯は、ほとんど消えかかっていた。

 その中から生まれた、光り輝く迷宮核(ダンジョン・コア)に手を伸ばす。


(つわもの)よ、名を聞こう』


「宵原陽人だ」


 何とはなしに、心に己の名を思い浮かべる。

 それが通じたのか、”信玄”が笑った気がした。


『影の園に、陽をもたらす者か』


 迷宮核(ダンジョン・コア)の吸収が終わる。

 最後まで見えていた兜が、見えなくなった。


『……良き、名なり』


 空に響いた、言葉とともに。

 ひとりの漢が、今際(いまわ)に夢見た戦場が――消える。


 ◆  ◆  ◆  ◆


 同時刻、都内某所。

 薄暗い部屋の片隅で、モニターを食い入るように見ている男がいた。

 そこには、今まさに長篠の地へ帰還し喜ぶ陽人たちが映し出されている。


「……やはり間違いない。あの時のあいつだ」


 ぽつりと言った声はわずかに震えていた。


「行くぞ、美津羽(みつは)。散っている奴らを集合させろ」


 男の声に、後ろのソファに座っていた少女が、音もなく立ち上がる。


「……時は、満ちた」


 なおも声が震えているのは、怒りか、憎しみか。それとも歓喜ゆえか。

 もはや、男にも分からなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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