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灰色の大地を、黒い陽炎のごとき魔物の群れが駆ける。
黒き兵たちの上げる鬨の声が、地獄から響く怨嗟のようにも思えた。
鶴の胴に位置する総髪兜の将、”信玄”は座して動かない。
翼を為す騎兵たちも同様だった。
今は先手であろう中央の部隊が、山を登ってきているだけだ。とは言っても、会敵までものの五分とかからないだろう。
「ちょっと……あれ何匹いるんですっ⁉」
〈あばばばばば〉
〈さすがにりーむーりーむー〉
〈D-Lookさん、これ規制入れたほうがいいんじゃ?〉
〈まあシャドマだし何とかするだろ〉
〈あんまり悲壮感ないんだよなあ〉
〈そんな、ここまで来たのに……! 私のロズッ!(#英語)〉
〈↑さっきからブレねえなあんた、嫌いじゃないぜw〉
〈さて、我らが女王たちの打ち手を見ようか(#ロシア語)〉
〈我らが女王の騎士ならやってみせろよ、シャドウマスター(#ロシア語)〉
〈このロシアニキたちの安定感よ〉
玲美の声に共鳴するように、コメント欄にも悲痛な意見が多い。
だがこの場にいる探索者たちを信じてくれる声もちらほら見える。
「さてな。まあ何匹だろうが、やることは変わらねえよ」
「短期決戦、だな」
長巻を担ぐように持った陽人に、氷の銃弾を創るカーチャが応じる。
今の敵の布陣は、いわゆる”鶴翼の陣”というやつだ。
先手の部隊を潰せば、”信玄”のいる本陣までは一直線。だがそこまで駆けていくところを、両翼の騎兵たちに挟み込まれる。
「ええ。あの両翼に圧し包まれる前に将を討てば、我々の勝利です」
それを聞いたロズも、得心したように頷いた。
おそらく”信玄”がいる限り、魔物は際限なく湧いてくる。一点突破で将を討つ以外に、妥当な策はない。
「俺が信玄の首を獲る。あんたらの面倒までは見れねえ。強化魔法、しっかりな」
「これ以上、手間はかけんさ。前塞ぐ奴らにはアタシがぶっ放してやる。防御はレミ、お願いしていいね?」
「マ、マジでやるんですね……。鱗甲展開、アクセル・ウィンド!」
「わたくしは周りに来る敵を蹴散らします。あとはこれを……主天煌命羽!」
強化魔法が三人にかかっていく間にも、山の斜面に黒足軽たちの姿が見え始めた。
心なしか、先ほどの連中よりも動きや装備が良くなっている気がする。
「強化魔法、終わりました! いつでもいけますっ!」
「視聴者の皆さんっ、しばらく返事できないんでよろしくですっ!」
〈やっぱそうなりますよねええ〉
〈うわマジで四人で勝つ気だよ……〉
〈それでこそ、我らが女王よ(#ロシア語)〉
〈ぶちかましてこいよおおおおお〉
〈私にできることは祈るのみ。神よ、ロズと彼らを守り給え(#英語)〉
〈↑ちゃんと他の人の分も祈ってて好き〉
コメント欄の反応も上々である。
さすがに日本協会の公式アカウントがコメントすることはない。今は各国の協会ともども、固唾をのんで静観しているのだろう。
「よし、行くぞ」
一声かけて、黒い群れへと駆けだす。
ここまで来たら気合など不要。あとはやるだけだ。皆もそれを分かっているのか、足音だけがついてくる。
目の前に来た黒足軽たちを、長巻の一閃で斬り散らす。
左右からは、後続の足軽姿が間断なく襲い掛かってくる。
「智天焔奏剣ッ!」
「氷弾散撃!」
ロズの炎の魔法と、カーチャの氷弾があっさりと敵を貫いた。
前方に、道が拓ける。
「突っ切るぞっ!」
吼えて、さらに駆けた。
ここですべてを倒したところで、また湧くだけだ。背を突かれる前に将を倒すのみである。
山の斜面を下って平原に出ると、彼方に見える”信玄”の軍配がゆらりと動く。
『……翼を閉じよ』
響く声とともに、両脇に見える黒騎兵たちが一斉に突撃を開始した。
馬蹄の音と鬨の声が重なって、地鳴りのような轟音を生む。
「前の敵だけ倒せっ! 駆け抜けるぞっ!」
「承知っ!」
「何度かぶっ放すっ! レミ、防御頼んだよっ!」
「お任せをっ!」
左右の騎兵たちが、津波のように押し寄せる。
行く手が塞がれた瞬間、カーチャが前に出た。周囲は玲美の盾の鱗甲が、しっかりと守っている。
「氷王吼破ッ!!」
巨大な青白い光線が、マスケット銃から放たれた。揺らめく影を貫き、黒の軍勢を薙ぎ散らす。
「地裂爆崩ッ!!」
ロズが叩きつけた斧槍を起点にして、灰色の大地が爆ぜる。
隆起した岩を飛び越え走ると、“信玄”の本陣はもう目の前にあった。
『……その意気や良し』
ふたたび軍配が振るわれる。
すると、“信玄”の巨躯を取り巻いていた鎧武者たちが前へと出る。
討ち損ねた両翼の騎馬兵たちも、背後から続々と集まってきていた。
もはや退路はない。
目の前に立ちふさがる軍勢を見たカーチャが、ふっと笑う。
「親衛隊か。あいつらをブチ抜かないと、大将には届かんらしいな」
「ならば、ここを死線としましょう……! 熾天昂軍旗!」
ロズが掲げた斧槍に、光り輝く旗がなびいた。その石突を地に突き立てると、周囲に光が降り注ぐ。
侮りがたしと見たか、進んできた黒武者や黒騎兵たちが足を止める。
「すっごい! 武器を用いた強化魔法……!」
「レミさんの盾ほどじゃありませんけどね。……征きますよ、月虹聖剣」
ロズが、腰間の長剣を抜き放った。
銀色の輝きを放つ刀身は、月をそのまま打ち鍛えたかのように美しい。
「ヨイハラ殿、我々が突破口を開きます。ひと息に将を討ってください」
「言っておくが、あまり長持ちはせんぞ? 待たせるなよ」
「宵原さん、信じてますからね。ささっと終わらせてくださいっ!」
〈ボスッ!〉
〈早くも本陣戦じゃああああ〉
〈あ~もうこれ仕事してる場合じゃないよ〉
〈↑うちの職場デカいモニターに映し出してみんなで見てるw〉
〈シャドマのせいで日本の経済活動が止まってて草〉
〈日本人はマジメだな、オレはこのために休み取ったぜHAHA(#英語)〉
〈いいんですよ、日本人は働き過ぎです(#ロシア語)〉
〈皆で祈りましょう、彼らの勝利を!(#英語)〉
ちらと見えたコメントに、思わず口の端が歪む。
胸から、じわりと熱が溢れる。
「……ああ、頼む」
この感覚を、この言葉を、前に言ったのは、いつだったか。
それを思い出す前に、黒武者と黒騎兵が殺到する。
「月虹聖剣ッ、弧月刃ッ!」
ロズが長剣から放った銀月の弧が、正面からくる鎧武者たちを斬り裂く。
しかし倒れたのは数体。すぐに後ろから同じ姿が押し出してくる。
だがそこで、間髪入れずにカーチャがマスケット銃を構えた。
「氷王吼破ッ!」
冷気を帯びた青白い光が、黒武者たちの中央をぶち抜く。
十重二十重の方陣に、微かな隙間ができた。
そこを狙って、身をかがめる。
「……<影瞬脚甲>!」
一足飛びに、方陣を潜り抜ける。すれ違いざまに、数体の黒武者たちを屠った。
抜けた先には、床几に座す黒い将。近くで見ると、大仏を思わせるほどに大きい。
『かような目前に敵を迎えるなど、輝虎以来か』
ゆらりと立ち、軍配を構える“信玄”の言葉に、陽人は跳躍を以て応えた。
「<魔影手甲>!」
黒い影が、腕を覆う。
肩を包み込む影は、大袖のような肩当へ。二の腕から先を覆う影は、黒い衣と手甲へと変わる。
身体の芯から放たれる熱とともに、長巻の刃を“信玄”目がけて振り下ろした。
『動かざること、山の如し……!』
長巻と軍配が、交差する。しかし言葉通り、びくともしない。
(言葉に応じた強化がかかるのかっ!)
『侵略すること、火の如く』
燃え立つ軍配が長巻を振り払い、次いで熱風を生む。
「<影揺壁>!」
『知り難きこと、陰の如く』
影の壁で熱風を阻むと、“信玄”の姿が掻き消えた。
同時。背後に、気配が生まれる。
『……動くこと、雷霆の如し!』
「<影瞬脚甲>!」
反射的に使った影の脚甲が生む瞬発力で、辛うじて軍配の一撃をかわす。
だが”信玄”は、その巨躯に見合わぬ速さで、ひと息に陽人へと追いついてくる。
『疾きこと、風の如く。徐かなること、林の如し』
黒い身体を、魔素の透明な光が包んでいる。
言葉からして、風が速度強化で林が回復、といったところか。
(”影”を使った俺の速度にもついてくるか! やるじゃねえのっ!)
”信玄”の背後に見えるもうひとつの戦場は、すでに地獄の様相を呈していた。
突き立った槍の穂先に翻る旗を囲んで、カーチャがマスケット銃から青い光を乱射している。
その周りではロズが剣舞の如き動きで黒武者を斬り裂き、玲美が黒足軽の射撃を盾の鱗甲でいなす。
(一人なら追いかけっこも悪かねえが……このままじゃあいつらが保たねえ、か)
長巻で軍配の一撃を凌ぐ。
炎を纏った際に膂力も強化しているのか、降った岩を受け止めたように重い。
(んじゃまあ、覚えたてを試してみますか)
ふたたび影の腕甲を生み、軍配を跳ね返した。一瞬、”信玄”の胴が空く。
その隙を突いて、陽人は左手で脇差を抜き放った。
切先をイメージして、刀身に炎を生む。
「火纏、飛焔っ!」
散弾した炎の刃を、しかし”信玄”は身体で受け止める。
続けざまに炎を灯した脇差を投げつけるが、軍配によってあっさり弾かれる。
『児戯よなっ!!』
(そう、だろうなあっ!)
”信玄”が叫んだ時、陽人の長巻はすでに巨大な影に包まれていた。
燃え盛る軍配にも構わず、長巻を振るう。
「……<黒影虚刃>ッ!」
影に包まれた刃が、軍配を、”信玄”の鎧を貫く。
だが同時に、影が消えた。
『っ、ぐぁあっ、見事……っ! だが、骨を断つは我ぞおっ!』
守るもののない陽人の頭を目がけて、軍配が振るわれる。
「火纏……!」
刹那。深々と突き立った紫色の刀身が、真っ赤に燃え上がった。
『ぐぉうぅああああっ!!』
「やっぱりなあ! ”影”がなけりゃ、魔法も通じるってわけだ……っ!」
諸手で柄を持ち、長巻をこじり上げる。
「……紅篝っ!!」
斬り上げた長巻の刃が生む焔が、灰色の空を灼く。
”信玄”が、ゆっくりと膝をついた。
周囲から黒武者が、黒騎兵が、次々に消えて魔素の欠片に変わっていく。
「せっかく化けて出たのに残念だったな。恨むなら、俺だけを恨め」
消えゆく”信玄”に、言葉を投げる。
だが。
『……恨みなど、なし』
面頬に隠れた口が、わずかに動いた。
『其の方らは元より……。散った一族、臣らも皆、死力を以て戦い散った。勝敗は兵家の常。恨みなど、あるはずもなし』
「じゃあ、あんた……なんで化けて出た?」
わずかに見える目から、何かが流れた。
それが涙だと気づくまで、数瞬を要する。
『ただ……。一族と、臣らとともに、在りたかったが故に』
それを聞いた陽人は、ふっと笑った。
「恐れ入ったよ。ただ、皆と散りたかっただけとはね」
すでに黒い巨躯は、ほとんど消えかかっていた。
その中から生まれた、光り輝く迷宮核に手を伸ばす。
『士よ、名を聞こう』
「宵原陽人だ」
何とはなしに、心に己の名を思い浮かべる。
それが通じたのか、”信玄”が笑った気がした。
『影の園に、陽をもたらす者か』
迷宮核の吸収が終わる。
最後まで見えていた兜が、見えなくなった。
『……良き、名なり』
空に響いた、言葉とともに。
ひとりの漢が、今際に夢見た戦場が――消える。
◆ ◆ ◆ ◆
同時刻、都内某所。
薄暗い部屋の片隅で、モニターを食い入るように見ている男がいた。
そこには、今まさに長篠の地へ帰還し喜ぶ陽人たちが映し出されている。
「……やはり間違いない。あの時のあいつだ」
ぽつりと言った声はわずかに震えていた。
「行くぞ、美津羽。散っている奴らを集合させろ」
男の声に、後ろのソファに座っていた少女が、音もなく立ち上がる。
「……時は、満ちた」
なおも声が震えているのは、怒りか、憎しみか。それとも歓喜ゆえか。
もはや、男にも分からなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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