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陽人は丘を駆け下り、魔物を蹴散らしながら灰色の大地を疾駆した。
目指すはロザリンがいるであろう位置。今の丘から平原を突っ切った向こうにある。
少し後方には玲美とカーチャ。ドローンのシャトはさすがに追いつくのがしんどいのか、玲美が頭の上に乗せている。
ピンクのネコがちょこんと跨るようにしているのはなかなかに可愛らしいが、どういう原理で乗せているのかは分からない。
「カーチャさん助けるのに、猛ダッシュした後で……これは辛いですって……っ!」
「あれだけ暴れた後であの速さ……! どんな体力をしている……⁉」
後方から玲美とカーチャの声が聞こえてくるが、取り合っている暇はない。
ロザリンはカーチャよりも魔素内包値は上、しかも魔法の達者だ。
だがこの裏迷宮の魔物は、そのすべてが下手な迷宮主を超える強さである。
離れ離れになってから、すでに二十分近くが経っていた。動き回るロズの気配は消えていないが、いつどうなるか分からない。
走り出してから五分ほど経った頃。
彼方に見える山の斜面を、ぞろぞろと連なるように動く黒い群れが見えた。
ロザリンの気配は、その群れが目指す先にある。
「……いたぞっ!」
陽人の声に合わせるように、カーチャが前に出てきた。
構えたマスケット銃は、いつの間にか銃口に青白い輝きを湛えている。
「数を減らすっ! ……氷王吼破!!」
カーチャの声とともに、銃口が巨大な青白い輝きを吐き出した。
灰色の空を裂き迸ったそれは、彼方で蠢く黒い群れの半数ほどを消し飛ばす。
「お前が斬りこめっ! アタシはここから撃つ!」
「分かった! 玲美、カーチャを頼む!」
「はいっ! ……シャトッ!」
玲美がシャトを引っ掴んで、陽人のほうへと投げてよこす。
それを掴み取って頭の上に乗せると、身をかがめた。
「<影瞬脚甲>!」
這い上がるように出てきた影が足を包み、棘を帯びた具足の形を取る。
灰色の大地を一足飛びで駆け抜け、影に覆われた山を登る。
ものの数歩でたどり着いた山の頂上では、岩の上に陣取って戦うロザリンの姿があった。
〈おろろろろこれは酔うって〉
〈俺も3D苦手……〉
〈リアルなんだよなあ〉
〈ああ、私のロズ! 無事でよかった!(#英語)〉
〈おおおお無事だったか〉
〈見たとこ、そんなにダメージ受けてなさそうだな〉
〈さすがトップランカー〉
「……ヨイハラ殿ッ⁉」
ロザリンが崖の上から叫ぶ。
髪は乱れ、鎧のところどころに傷はあるが、大きなケガはない。
よく見ると、鎧の胸のあたりに白い光の羽がついていた。同じ色の光がロザリンを包んでいるあたり、強化魔法か持続タイプの回復魔法なのだろう。
「わりいっ、カーチャを先に助けて遅くなった!」
言うなり、ロザリンに殺到しようとしていた魔物たちに影の大波をぶちかます。
波にのまれて散っていく黒足軽たち。その中から、ゆらりと大型の鎧武者たちが姿を現した。
ひとりは槍を持ち、身の丈三メートル近い馬に跨った”騎馬将”。長巻を担いだもうひとりは、”面頬”が特徴的だ。
「はぐれた仲間を助けるのは……悪手のはずですっ!」
ロザリンも負けじと、斧槍を振るった。
斧の刃が”騎馬将”の槍と打ち合うが、疲労が祟っているか徐々に押されていく。
迷宮では、様々なトラブルがつきものだ。
パーティの生存率を上げるため、動けなくなった者や重傷者は取り残していくのがセオリーらしい。
「ははっ! 今まで一人でやってたんでな、知らねーんだそういうの!」
ロザリンにとどめを刺そうとする”騎馬将”を、影の槍で貫いた時。
横合いから飛んできた青白い輝きが、陽人を狙わんとしていた”面頬”を吹き飛ばした。
見れば、鱗甲を展開した玲美に守られたカーチャが、マスケット銃を構えている。
「やるじゃねえの!」
「これで借りは返したぞ!」
カーチャに笑みで応じるながら、なおも生き残っていた”面頬”の頭部を、影の銃撃で撃ち抜く。
程なくして、辺りに動く魔物がいなくなった。
魔素を吸収し終えたロザリンが歩み寄ってくると、陽人の頭から飛び上がったシャトが大量のコメントを映し出す。
〈救出成功88888〉
〈孤立した仲間救えるって結構レアケースよな〉
〈パーティメンバー拉致ってやべえ罠だわ〉
〈まあシャドマだし定期〉
〈ああ、私のロズ! 生きてくれていて、ほんとによかった(#英語)〉
〈イギリスの騎士もやるじゃないか。俺たちの女王ほどじゃないけどね(#ロシア語)〉
〈今は互いの推しの生存を喜びましょう(#英語)〉
ロザリンはコメント欄を見て微笑むと、陽人に深々と頭を下げた。
「救出、感謝致します。敵を侮ったばかりか、ご面倒までおかけするとは……」
「あんたが踏ん張ってなかったら助けられなかった」
「そうですけど……なんか、自信を失くしてしまいそうです」
「自分で運を拾ったんだ。それでいいじゃねえか」
「……ありがとう」
「動けるか? バクスターさん」
「はい。それと……ロズで結構です。皆、そう呼びますから」
〈こりゃロズも落ちたな〉
〈こういうドラマを生で見れるから探索者配信はいいのよ〉
〈ああ、私の、私のロズがああっ!(#英語)〉
〈ガチ勢が血涙流してて草〉
〈で、迷宮主はどこ?〉
〈そういや静かだね〉
〈魔物が湧かなくなった〉
〈元の長篠迷宮もそうだったよな〉
「さて、お取込み中のところ悪いが……」
「そうですよ。まだ迷宮主が残ってるんですから」
何故か頬を赤らめているロズに割って入るように、カーチャと玲美が言った。
二人ともすでに周囲の魔素を片っ端から吸収したらしく、動きが妙に軽やかだ。
「ん……ああ。そうだな」
「たしか元の長篠の迷宮では、鍵の魔物を倒した時点で迷宮主が出現したのでしたね」
先ほどの”騎馬将”と”面頬”は、残りの鍵の魔物と見て間違いないだろう。となれば、すでに出現条件は満たしている。
しかし辺りには迷宮主はおろか、普通の魔物が湧く気配すらない。
「裏迷宮だし、信長や家康が出てくるのかと思いましたけど……」
「ノブナガとイエヤスは、長篠でタケダに勝ったのだろう? 敗けたヤツらが化けて出るなら分かるが、勝ったヤツらが出てくるものなのか?」
「うっ、言われてみればたしかに……」
三人の声に耳を傾けながら、あごの無精ひげを撫でる。
裏迷宮と化しても、その場所ゆかりの者が迷宮主として出てくることがほとんどだ。以前の長篠迷宮における鍵の魔物は、武田の四天王。迷宮主はおそらく、武田勝頼だろう。
(俺の経験上、裏迷宮の迷宮主が前の迷宮と同じだった、ってことはない。そうすると、さっきの声って……)
何とはなしに、とある名を思い浮かべた時――。
『其の疾きこと、風の如く』
声が響いた。先ほど聞こえてきたものと同じ、くぐもった声。
「これ、さっきの声……!」
「……山を降りるぞ」
「は、はい?」
「ここにいたらヤバい。そんな気がする」
返事を待たずに、さっさと駆け出す。
〈お? なんか閃いたかシャドマ〉
〈どの道、迷宮主を探しに行かなきゃだしね〉
〈しかし元の迷宮と動きが全然違うな〉
〈長篠の時は、わりと脳筋だった気がする〉
(だろうな、迷宮主が違うんだから)
『其の徐かなること、林の如く』
敢えて包囲に隙を作り、敵を誘い込む。敵を散り散りに引き離しての、各個撃破。
今、魔物が湧かないのは、敵を包囲せんがためではないのか。
『侵掠すること、火の如く』
ひょっとしたらロズとカーチャが撃破されても、条件は満たせたのかもしれない。
いずれも、普通の迷宮の魔物は絶対に採り得ない、統率の取れた戦法だ。
『動かざること、山の如し』
自身の意志で、大量の魔物の統率を取れる迷宮主は、裏迷宮であっても極めて珍しい。
北の丸で戦った”忠長”すら、少数の足軽を率いていたのみだった。
だがもし、それだけの知性を持つ魔物がいたのだとしたら。
『知り難きこと、陰の如く』
自身は身を潜め、臣下たちを指揮して侵入者たちを追い込む。
かつて果たせなかった想いを、果たすかのように。
『動くこと、雷霆の如し』
もし、この戦場に立てたなら。
もし自身が、指揮を執っていたなら。
もし自身が――生きていたなら。
そんな想いを抱く魂が、いたのだとしたら。
「……やっぱり、お前か」
影の藪を突っ切り、山の斜面まで出た時。
そこに広がる光景を目にした陽人は、ぽつりと呟く。
「ヨイハラ殿、なにをして……ッ!」
すぐ後ろを走っていたロズが、息を飲む。
追いついてきた玲美とカーチャもまた、呆然と立ち尽くした。
眼下の平原には、黒い騎馬と足軽が無数に群れていた。
大きく広がった横陣は、鳥の翼のようにも見える。さながら灰色の大地に降り立った、黒い鶴。
遠巻きに見える鶴の胴の位置には、ひときわ大きな武者が在った。
これだけ遠くからでも見えるのだから、体長数メートルはあるだろう。獅子を模した総髪の兜は、どこか見覚えがある。
『兵どもよ、見事なり』
武者が手にした軍配で、陽人たちを指した。
くぐもった声は、先ほどから響いていたものと同じだ。
『かくなる上は我が差配を以て、決着をつけん』
軍配がゆらりと振り上げられる。
それだけで、鶴の羽を為す騎馬たちが一斉に嘶いた。
『――武田徳栄軒信玄。推して参る』
振り下ろされた軍配とともに。
先手らしき黒足軽たちが、陽人たちへと突撃した。
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