3-13
「すみません、まだ起きていたのですね。夜はまだ冷えますので、ちゃんと肩にお布団を詰めてあげようかと……」
美夢さんの顔は澄ました顔して一歩下がるけど、私はたまったものじゃない。一瞬ゼロ距離で見つめ合った時、美夢さんのまつ毛が意外と長いことに気付いてしまった。浅茶色のベールのように生え揃ったこのまつ毛が、彼女が伏し目がちになった時に不思議な憂いを纏わせるのだとわかってしまった。
(服や髪型の野暮ったさに気を取られてたけど……この人、普通に美形だよ!!)
そう思うと美夢さんの顔がまともに見られなくて、でも目を背けるのも何だかわざとらしく思えて、私は上体を半端に起こしたまま身動きが取れなくなってしまう。そんな間抜け面の私を見て軽くウケたのか、美夢さんはフッと口元をほころばせて私の両肩に手を添える。
「驚かせてしまいましたね。どうか許してください。さあ、電気は消しておきますからゆっくり寝ましょう」
優しい指先で肩を押されるがままに、私は再び横になる。スッと下ろした後ろ頭は枕の窪みに自然と収まり、さっきとは打って変わってすんなり寝相が決まる。
「ね?」
美夢さんが軽く瞳を瞬かせ、掛け布団を私の首元まで引き上げる。そして両肩のカーブに沿わせるようにギュッ、ギュッと布地を押し付け、敷布団との間に隙間ができないようにする。あっ、肩に布団を詰めるってこういうことか。確かに体温が逃げなくてあったかいや。
「おやすみなさい、香織さん」
「……うん」
手をどける間際、美夢さんが私の髪を少し撫でる。決してあざとくない、ただ私のことが愛おしくて仕方なくて自然に出てしまったような、そんな仕草に私は少し目の奥が熱くなるのを感じた。
(おやすみなんて……こんな間近で言って貰ったのいつ以来だろう。何だかくすぐったくて……胸の奥がもどかしくて……だけど凄く安心する……かも)
美夢さんが枕元を離れ、仰向けの視界からその微笑みが退場する。やがて電気が消され、常夜灯が部屋をほのかなオレンジ色に染める。夕暮れにも似たその薄暗がりの中で、私はまぶたを閉じた。
(もしも今回のことがなくて、美夢さんと出会わなかったら……こんな気持ちで眠りに就くことはなかったのかもしれない。それとも美夢さんのことだから、別の形で私に会いに来て、何だかんだ理由をつけてお世話を焼いてくれたのかな。そう言えば、元はと言えば美夢さんの方から私を訪ねて来たんだもんね。まるで、ずっと前から決まってたみたいに)
薄れていく意識の中で、私はそんなことを考える。何だか不思議だ。出会ってまだ2日目なのに、美夢さんと居ると懐かしい気持ちになっている自分が居る。美夢さんがそういう人柄だから、誰でも安心するのかもしれない。だけど……?
(うさちゃん。美夢さんそう言ってたな。私と美夢さんの最初の出会いを表現する言葉……一体それがいつなのか、何があったのか、今の私には検討もつかないけど……そのうさちゃんとやらに私は感謝しなきゃならないのかもね……)
いよいよ意識が遠ざかる。夢と現実が混ざり合い、過去と今がマーブル模様を描くその瞬間、私の脳裏を一つの言葉がよぎった。
――この××××に誓いましょう。必ずここで貴女と再会し、貴女を守ると。だから貴女も……負けないでください!
この声は、美夢さんだろうか。ちょっと違う気がする……あと肝心な所にノイズが入って聞き取れない。もっと聞きたい。ちゃんと思い出したい。そう耳を澄ますのも虚しく、深い眠りの淵が口を開き……私はとうとう意識を手放したのだった。
こうして、私と美夢さんの同棲……いや契約に則る共同生活は2日目を終えた。
《つづく》




