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「香織さん? どうかしましたか?」
「へあっ!?」
一瞬ぼーっとしてた私の顔を、美夢さんが背を屈めて覗き込んで来る。重力でたわんだタンクトップの襟元から豊かな谷間が覗いて、私は勢いよく目を背けた。美夢さん、ある意味裸より刺激的になってない?
「別にっ……似合ってるじゃん、その恰好」
何言ってんだ私。
「ああ! これはですね」
美夢さんが得意気に胸を逸らす。たわわなものが小気味よく揺れたと思うけど、見てやるものかよ。
「戦いで袖が邪魔な時もあるかと思ったので、上を脱いだ時のために一枚着込むことにしたんですよ。わたしは上裸でも全然構わないんですが、少林寺でそれをやってるときつく叱られたもので……何でも、わたしが肌を晒してると皆が悟りに至るのが10年遅れるとか。わたしはその手の精神修行はしなかったのでよくわかりませんでしたけどね!」
少林寺のお坊さんたちの気苦労が察せられる。この顔だけあっさりの無自覚ダイナマイトレディーに一般常識を教えといてくれてありがとう。
「香織さん、わたしかっこいいですか? たくましいって思ってくれますか?」
「はいはいわかったから。早くジャージ貸して」
ルンルンの美夢さんからジャージを受け取る時、差し出された彼女の腕に私はふと違和感を覚えた。鍛え上げられていながら必要以上に筋張ることのない、綺麗な前腕……その内側に、濃いピンクの線で何か絵のようなものが描かれている。
(これは……龍?)
火を吐き、雲を纏うアジアの神獣。その龍が美夢さんの右腕に刻まれている。ふと気になって彼女の左腕に目をやると、そちらも同じ位置に絵があった。
(そっちは虎……でいいのかな)
地に伏し、獲物を狩る獰猛な狩人。確か中国の美術において虎は龍と対で描かれる意匠だった筈。龍と虎。温和な美夢さんにはあまりそぐわない苛烈なイメージに、私は少し戸惑ってしまう。
「これですか?」
ジャージを掴んだままぼんやりしてしまっている私の視線の先に、美夢さんも気付いたようだ。
「すみません……怖がらせてしまいましたね。この痣は、少林寺での武術修行を修めた証。最後の試験場である銅人巷にて全ての関門をクリアした後、出口を塞いでいる巨大な香炉を腕で挟んで動かします。香炉の側面には龍と虎が彫られているので、このような模様が焼き付けられるんですよ」
「焼き付けられるって……え?」
思わず眉をひそめてしまう私。美夢さんはさらっと言ったけど、要は焼けた鉄に腕を押し付けて火傷痕をつけるってことだよね? じゃあ、その腕を走ってるピンク色の線はペイントの類でもはたまたタトゥーなんかでもなく……焼け爛れた皮膚が治癒して肉が盛り上がった瘢痕なんだ。そんな前時代的な通過儀礼が未だにどこかの山奥で行われていることにも驚きだけど、美夢さんそんな痛い思いもしてたの?
「……綺麗な肌なのに」
「香織さん?」
美夢さんが不思議そうに首を傾げる。私は自分が不用意な言葉を漏らしたことに気付き、慌てて被りを振った。
「違う! 違くて、その……よくこんな仕打ち受け入れたね。女の子にとってお肌は命でしょうが」
「いやぁそれが、わたしもまさか試験の最後にこんな行程があるとは知らなくて。前日は先輩に縋りついて泣き喚いたものです。でもこの証がなければ下山は許されない。日本に帰ることもできません。だから一晩駄々をこねてこねてこねまくって……結局は徹夜の勢いに任せて突撃しましたね!」
《つづく》




