81 多忙過ぎる秋
ペルクスがすっかり振り切れた事で、今後、ベネフィット家はどんどん変化していきます。
楽しみにして頂けると嬉しいです。
「サチ、社交はお前の仕事だ。最近はあまり関心が薄いようだが、今回の夜会はお前が責任を持って準備を整えななさい。
大事なエキナセアの社交デビューだ。失敗は許さない。わかっているな?」
ペルクスは厳しい眼差しで妻を見た。そしてそれに続いて嫁の顔を見つめた。
「何故今更エキナセアを社交界デビューさせるのですか?」
グリークが訝しげに尋ねた。陛下の命令で妹の存在を消したのはご自分でしょうに、と彼は思った。
「何故とは? お前や、ナスタリア、リッカルドの時も社交界デビューの夜会を開いただろう? お前達同様にかわいい子供であるエキナセアの為に、夜会を開くのは当たり前の事だろう?」
「・・・・・」
お前達同様にかわいいとは、エキナセアだけではなく、自分やその他の兄弟たちの事もかわいいと思っているという意味か?
グリークは驚いた。父が我が子に関心があるとは思ってもいなかった。
「ディルも一緒にデビューさせてやりたいが、あの子はフィリア家の人間だ。そんな勝手は許されない。あの子を手放した事は慚愧の念に堪えない。」
夫の視線を感じてサチは体を震わせた。
「とはいえ、もしディルを手元に残していたら、エキナセアのように辛い思いをさせていただろうから、結果としてはフィリアへ残して正解だったのかも知れないがね。」
グリークは以前妹のナスタリアが言っていた言葉を思い出した。
「お父様は私達、子供の事を全員愛して下さっているのよ。ただお忙し過ぎて、私達と触れ合う時間が取れなかっただけなのよ。」
そう。父の多忙さはよく理解している。陛下があの調子だから、父の負担がいかに大きかったかを。
「しかし、家の者達への説明はどうするのですか? 特に侍女達には。」
「執事と侍女長には話をしてあるし、侍女のアンナとキャリーが全面的に協力してくれるそうだ。心強い事だ。」
「あの、お義父様、アンナとキャリーとは?」
「我が家で一番長くいる侍女だが、まさか知らないのかね?」
ペルクスはわざとらしく驚いて嫁を見た。嫁は真っ青な顔をした。
「そなたが社交に励んでくれている事には感謝しているが、これからはもう少し家の事にも関心を持って欲しい。
使用人の入れ替わりが多い家は世間からも信用されないからね。侍女長がフィリアへ行ってからというもの、使用人離職率が高過ぎる。」
「申し訳ありません。今後気を付けます。」
嫁が頭を下げた。
「本来は現公爵夫人の責任なのだから責めるつもりはないが、よろしく頼む。」
「それでは、エキナセアさん付きの侍女にはそのアンナとキャリーになさるのですか?」
嫁の質問にペルクスは頭を振った。
「いや、彼女達には侍女達のリーダーになってもらうつもりだ。
エキナセア付き侍女にはフィリア家のアメリアさんに当面やってもらう手筈になっている。それと、護衛の騎士として、やはりフィリア家のギー君とジョージ君に頼んである。」
「エキナセアに護衛まで付けるのですか? しかも、フィリア家の者ばかりを?」
「仕方がないだろう。情けない事だが、我が家には信頼できる者が少ないのだから。私の責任でもあるから、引退したら使用人の教育にも励もう。ノア君の力も借りて。」
「あのう、ノアさんとはどなたですか?」
「ああ、そなたは知らないか。ノア君はフィリア家の執事見習いをしている子で、ジョージ君やアメリアさん同様、エキナセアの学友だ。
彼もアメリアさんと一緒に来春から大学へ入るので、ディルと共にこの屋敷から通ってもらう。
まあ、ノア君の主な仕事はディルの世話をしてもらう事だが、とにかく人心掌握に長けた優秀な人物だ。」
「了解しました。それで招待客のリストの方は?」
「既に執事の方に渡してあるが、好き嫌いは関係なく主な上位貴族は招待する。それと、皇太子殿下ご夫妻とジュリア殿下、リュカ殿下、既に嫁がれているナディア様、そしてアディール王女殿下にもお出で頂くつもりだ。」
ペルクスの言葉に皆が驚いた。
ベネフィット公爵家は王家とは縁続きなので、夜会に招待する事自体特別不思議な事ではない。しかし、王家からその存在を消せと言われているエキナセアのお披露目の夜会に皇族を招待するとは。
「それは、陛下のご機嫌を損なうのではありませんか?」
「その心配はいらない。そもそも四国会議の前にエキナセアを社交会デビューをさせろとおっしゃったのは、陛下ご自身だからな。」
またもや皆の目が点になった。何故陛下がそんな事を命じたのか理解が出来なかった。すると、ペルクスは含みのある笑顔でこう言った。
「四国会議終了後に、リュカ殿下とエキナセアの婚約発表をするのだ。だから、その前にエキナセアを世間にお披露目しておかなければならないのだ。皆、心して準備をするように。
あっ、アドバイザーとしてリッカルドとナスタリアに依頼してあるので、もし相談事があるのなら、彼らにするように。それと、子供達もこの事は既に理解しているので心配はいらない。わかったな?」
「!!!」
グリーク夫妻は、次期公爵でありながら、現在の公爵家において、何の権限も信頼もない事を改めて思い知った。
そして、妻のサチは自分の身の置き所の無さに、絶望的になった。
彼女に唯一解っている事は、この夜会を成功させられなければ、自分にはもう居られる場所がないという事だった。
一方、エキナセアとリッカルド、アメリア、ギー、そしてペルクス付きの騎士マークスは、フィリアガーデンへ向かった。
到着すると、店主夫妻とその二人の子供、それにアリーチェが待っていた。
「カレンさん、パティさん、ご無沙汰しています。この度はご面倒をおかけして申し訳ありません。」
「カレン母さん、パティ姉さん、遅くなりました。」
エキナセアとアメリアは馬車から降り立つと、真っ先にジョージの母親と姉の側に駆け寄り、交互に抱きついてバグをし合った。
アメリアにとっては、六年前引き取られて以来、カレンは実の母親同然だった。そして、三つ年上のジョージの姉パティはそれこそ本当の姉のようだった。彼女は二年前に薬師と結婚して都に住んでいる。
「パティ姉さん、悪阻が酷くて、カレン母さんがお手伝いに行っていると聞いていたけど、大丈夫なの?」
アメリアがパティの顔色を見ながら尋ねた。すると、パティは少しだけ膨らんできているお腹をさすりなが、明るく笑った。
「悪阻がこんなに辛くて長いとは夢にも思わなかったわ。私って丈夫な事が取り柄だったから、じっとして何もしないで居るなんて、想像も出来なかったわ。」
「悪阻はかなり個人差があるみたいですよ。全く無い方もいれば、臨月近くまで続く方もいらっしゃるそうですし。」
エキナセアの言葉にパティは驚愕の表情をした。
「こんなのが十か月も続いたら、私、とてもじゃないけど耐えられなかったわ。不平不満いい続けていたけど、まだましな方だったのね。反省しなきゃ。それにお嬢様のおかげだと思うわ。こうして動けるのは。」
どういう事なの?とアメリアが小首を傾げたので、ジョージが笑って言った。
「姉さん、見かけに依らす糞真面目だろう。悪阻が酷いのに赤ん坊の為だって、無理やり食べては吐いてたんだよ。」
それで精神的にも参ってしまい、絶えずヒステリーを起こしていたので、旦那さんも手伝いに行っていた母親のカレンさんも困り果てていたのだ。
そんな時、その話を聞いたエキナセアが、パティの嫁ぎ先の薬屋を訪れたのだ。
そして手土産に、パティの好物であるバナーナという果物を手渡してこう言った。
「赤ん坊というのは実は天使とは程遠い、強欲な生き物なんですよ。自分に必要な栄養分は、母親が摂る食事からではなく、母親の体から奪い取るんです。」
「?」
「ですから、赤ん坊の為に無理に嫌いな物を食べなくても、赤ん坊はちゃんと必要な栄養分を母親から摂取できるんです。だから、悪阻が辛い時は、自分の好きな、食べられる物だけを食べていても大丈夫なんですよ。」
「それにストレスが溜める方が赤ん坊にはよくないんですよ。パティさんはじっとしているのが苦手でしょ。無理せず、体調のいい時だけ歩いたり、お店の手伝いをした方がいいですよ。ただし無理は禁物ですが。」
パティは完全主義者なので、中途半端が嫌いだという性格を知っているエキナセアが、それを否定するのではなく、理論的に、いい意味での適当さを勧めたのである。
おかげでパティは無理するのを止めた事で精神的に落ち着き、それと同時に悪阻も徐々に軽くなっていったのである。
「私はすっかり元気になったから、今度はお嬢様の為に精一杯お手伝いさせて頂きますよ。明日からは忙しくなりますね。」
パティは豪快に笑った。しかし、エキナセアは少し困った顔でこう笑い返した。
「パティさん。手伝って頂くのは本当に有難いのですが、ゆっくりでいいですから。赤ちゃんがせっかちになったら困るでしょ。」
と。




