79 司令塔の実力 その一
エキナセアの姪っ子、キアラの意外な面が出てきます。お楽しみに。
行きは二台だった馬車が、帰りはフィリア家のものを含めて三台になっていた。
先頭にはペルクスとリッカルド、そして侍女二人。
二番目にエキナセアとアメリアとキアラとチャールズ。
最後尾にはベネフィット公爵家の騎士二人と、今はフィリア家の騎士になっているギーだ。
これは都に着く前に打ち合わせがしやすいようにと、このようなメンバーが組まれたのだ。
エキナセアはニコニコと説明を待っている子供達の前で、珍しく少々緊張していた。どう説明して良いのか、エキナセアは悩んだ。昨日突然言い渡された事柄に、彼女はまだ心の整理がついていなかった。
「ええと、ブルブレアが体調を悪くして、お勉強をみられずにごめんなさい、との事です・・・」
「大学と侍女と家庭教師、それから四国会議の手伝いは、さすがに彼女も無理があるようで、ベネフィット家の仕事は辞めるそうで、お二人によろしくとの事です・・・」
「「はい?・・・・・」」
「これからあなた方の勉強は、お祖父様と私とアメリアさんとで交代でみるつもりです。」
エキナセアの説明にチャールズはキョトンとしたが、キアラは嬉しそうに両手を組み、キラキラした目で叔母の顔を見た。
「もう、屋敷でお姉さまとお呼びしても良いと言う事ですね。」
「ええ、そうです。今まで無理をさせてごめんなさいね。
それと、アメリアさんが来年の春に大学に入る事になったのですが、それまでベネフィット家で私の侍女をしてくださる事になりました。」
「アメリアさんが一緒にいてくれるの? わーい!」
チャールズが喜んだ。しかし、
「でも、大学へ入るまでなの?」
と、残念そうに聞いてきたので、エキナセアは頷いた。
「ええ。大学へ入る前にアメリアさんはジョージさんと結婚するので、それまでです。」
「「「えーっ!!!」」」
三人が驚きの声を上げた。
「やっぱり、ジョージさんと結婚するんですか? 素敵!!」
と、キアラは興奮したように黄色い声をあげ、アメリアは困惑した顔をした。結婚するというその当人のはずだが、アメリアはそんな話は知らない。
実のところ、エキナセアもつい先程まで知らなかったのだが、フィリア家を出発する直前に、ノアにこう言われたのだ。
「大学ではジョージの奴、もててるんでしょ? アメリアもあの通りだし、きっと男達に色々とちょっかいを出されると思うのですよ。
だから、揉め事を避ける為には先手を打った方がいいと思うのです。」
「確かにそうですね。具体的にどうすればいいのでしょう。」
「いずれ二人は結婚するつもりなのですから、それならさっさと結婚式を挙げればいいと思うのです。夫婦になったと公になれば、他人はそう簡単に手は出せないでしょう?
そう思いませんか、お嬢様?」
「そうですね・・・・・」
「ご賛同頂けて何よりです。お嬢様もこれからお忙しくなる事は重々承知しておりますが、ご協力よろしくお願いいたします。」
「わかりました。出来るだけ頑張ります・・・・・」
エキナセアは、ジョージとアメリアの結婚話を進める事をノアに了承した。いや、させられた。
多分、アメリアには私に関する事を、ジョージには私とアメリアに関しての事を、何かしら指示を与えている筈だ。
そして、ノアは自分自身には自分達三人分、いやディルの分も加えた課題を課しているに違いない。あのノアの事だから、とエキナセアは思った。
ノアはレアム先生の教え子である五人組の司令塔である。
五人とも、一人ひとりが皆優秀であったが、この五人がタッグを組むと計り知れない力を発揮する。それをまとめ上げ、的確な指示し、采配を振るっているのがノアなのだ。
彼の与える課題はいつも大きめで、それをこなすことは容易ではないが、決して無理難題を課す訳でない。その者の能力をきちんと把握し、信頼した上で指示? 依頼? 命令? してくる。
しかし、彼はいつも自分自身にはいつも一番大変な課題を課しているのだ。みんなそれを知っているからこそ、彼から与えられた課題はどうにかして成し遂げたいと思うのだった。
「昨日、いきなりあなた方のお祖父様から、侍女を辞めてエキナセアに戻るように言われて、正直困っています。」
エキナセアは隠さずに今の自分の状況を子供達に伝えた。
「お祖父さまは、お姉さまとこれからたくさんお話をしたいとおっしゃっていました。だから、侍女をしていたらお話が出来なくて悲しいのではないですか?」
チャールズの言葉にエキナセアは瞳を大きく見開いた。父が子供達にまで自分との事を話をしていた事に驚いた。
「私達が人前でお姉様と呼べなくて辛かったように、お祖父様も娘を侍女として接するのがお辛かったのではないですか?」
自分はずっと父親から嫌われている、疎まれていると思っていたので、気にもしていなかったが、実際はそうではなかったのだから、父には申し訳なく思う。
それをこんな幼い子供におそわるとは。自分はまだまだだな、とエキナセアは猛省をした。
「そうですね。反省します。」
「お姉様が反省する事はないですよ。辛いと言わなかったお祖父様がいけないんですわ。でも、お祖父様とお話が出来て良かったですね。」
「ええ、ありがとう。」
「たくさん、お話できましたか?」
チャールズがこう尋ねると、エキナセアは馬車の天井を見上げながらため息をついた。
「いいえ。まだ不十分です。まあ、お父様に限らず、男の方のお話は命令や指示は的確かもしれませんが、説明が足りません。何故ああも言葉を出し惜しみするのでしょうか。」
「確かにそうですね。」
と、アメリアも頷きながら同意した。
エキナセアの推察通り、アメリアもノアから指示を受けていた。ノアはこう言った。
「屋敷の外へ一歩でも出たら、絶対にジョージと共にお嬢様の側から離れるな。
何か言われてもいちいち返さなくてもいい。平然と頷き、最後に堂々と言い返せ。
それと、お嬢様とジョージには話をさせるな。特にジョージには挨拶以外は一言も口を開かせるなよ。例え攻撃を受けたり、やり返す時でも。え? 何故かって? そのうちわかるよ。」
ちゃんと理由を教えて欲しい。お嬢様はともかく、何故ジョージがしゃべってはいけないのかを。
それに結婚って何? お嬢様の口ぶりから察すると、あれはノアの指示に決まっている。
今はお嬢様の婚約の成立を無事に済ませる事が最優先なのに、何故自分達の結婚と同時進行させなければいけないのかわからない。
ジョージとはいつか結婚するだろう。自分にはジョージしかいないのだから。
でも、これから大学に入学という時に結婚する必要性がわからない。それより、お嬢様の侍女を続けるべきだろう。これから、リアム様曰く魑魅魍魎の社交界デビューをし、嫉妬と羨望、欲望の嵐の中を航海しなければならないのだから。
あれ? こういう世界は、私よりノアの方が絶対に向いているわよね。つまり、大学入学後はノアがお嬢様を守るから、私は要らないという意味かしら?
しかし、その時ふと、いつもジョージに向かって口癖のように言っていたノアの言葉が甦った。
「いつかやる、そのうちにやる、って台詞はやらないと言っているのと同義語だぞ。人は後回しにした事を後でやるためしがないし、やりたくてもやれなくなる事もあるんだぞ。大事な事は無理してでもすぐにやっておけ。」
アメリアの背中を冷たい汗が流れ落ちた。もしジョージと結婚出来なくなったら・・・・・
大袈裟ではなく、自分は自分でいられなくなる。二度と笑えなくなる。あの時ああすればこうすれば良かったと、一生後悔し続けるだろう。
ノアの言葉には無駄がない。無意味だった事も。喩え嫌味さえも。今回の事もきっとそうなのだろう。
これはエキナセアお嬢様へのノアの指示だが、自分はこれに従わなければと、アメリアは思い直したのだった。
そしてアメリアは、肝心な事をなかなか話そうとしないエキナセアに代わって、子供達にこう言った。
「キアラ様、チャールズ様。実は間もなく、リュカ殿下とエキナセアお嬢様は婚約をされる事になりました。」
「キャー!!!」
またもや物凄い黄色い声が上がった。普段冷静過ぎて、子供らしくないと言われているとは思えない程、キアラは瞳を輝かせ、口角を上げ、握った両手に力を込めて、エキナセアを見つめた。
「本当ですの? お姉様。なんて素敵なのでしょう。引き裂かれた麗しの王子様と薄幸の美少女が、苦難の運命の先で再び巡り会い、今度こそ結ばれる!
ああ、私は、やっぱりハッピーエンドが好きです。」
「キアラ?」
エキナセアが驚いて後ろに身を引いた。赤子の頃から一緒にいるが、こんなにはしゃいでいるキアラを見た事がない。
呆気にとられたが、ふとその隣のチャールズの方に目をやると、意外にも驚いている様子はなく、ジト目で姉を見ていた。
「キアラねえさま、落ち着いて下さい。これはおねえさまのお好きな乙女小説ではないんですから。」
「「乙女小説!?」」
エキナセアとアメリアは思わず声を上げた。
いつも子供らしくない難しい本ばかり読んでいると思っていたが、いつの間にか年頃の少女が好む恋愛小説にまで手を伸ばしていたとは。しかも、この様子では大分はまっているようだ。
子供の割りに、男女の機微に鋭いとは思っていたが、まさか乙女小説から得た知識だったとは。
それにしても、それらの本をどこから入手しているのだろう、そうエキナセアが疑問に思った時、チャールズがぼやいた。
「ひいおばあさまが、あんな本をキアラねえさまに見せなければ、こんなことにならなかったのになあ。毎週毎週、本が届く度にキャーキャーうるさくて、僕、迷惑なんだよなあ。」
「「・・・・・」」
エキナセア達は絶句した。お婆様、まさか貴女でしたか。
チャールズははしゃいでいる姉を無視して、エキナセアとアメリアに向かってこう言った。
「エキナセアお姉さま、アメリアさん、おめでとうございます。僕もとっても嬉しいです。だって、家族が増えるんですもの。」
チャールズにとってはエキナセアだけではなく、アメリアも家族なのだ。二人は涙を浮かべて、
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」
と礼を言った。
ノアはこれまでも活躍していましたが、これから益々その実力を発揮していきます。一番クールなようで、一番ホットなハートの持ち主で、実は作者が一押しのキャラです。
皆さまにも楽しみにして頂けたら、と思っています。




