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不定愁訴の塊、存在を消された病弱公爵令嬢奮闘記! ~エキナセアの繋がる輪~  作者: 悠木 源基


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59 変貌した姉

 リッカルドが城内で突然女性に声をかけられて振り向くと、そこには姉のナスタリナが赤子を抱いて立っていた。

 

「ごきげんよう、リッカルド。」

 

「姉上、お久しぶりです。今日はどうなさったのですか。」

 

「マーガレット様にお呼ばれしましたの。」

 

 マーガレットとは皇太子エディオンの妃の事で、皇太子と姉の夫であるツバイヘルツ侯爵が親友であるため、家族ぐるみで仲良くさせて頂いているらしい。

 リッカルドとナスタリナは中庭へ出て、ベンチに腰掛けた。

 

「ノアールは大分大きくなりましたね。段々と義兄上に似てきましたね。」

 

 ノアールは姉の二番目の男の子で、生後半年だった。丸々と太り、機嫌よく寝息をたてている。

 

「皆さんにそう言われるのよ。マシュウは私、というより父上にそっくりだけど。でも不思議ね。顔は似ていないのに、仕草がそっくりで、やっぱり兄弟だわ、と思うのよ。」

 

 姉は母親らしい慈愛のこもった目で赤子を見つめながら、優しく微笑んだ。

 姉は結婚してまるで別人のように変わっていた。子供の頃より大人になってからの方がよく話すようになっている。

 

「マシュウはお留守番ですか?」

 

「いいえ、皇太子様とうちの旦那様が、上の子供達を連れて、遠乗りに出かけましたの。

 マシュウは顔だけではなくお父様に似て乗馬に興味があるみたいなのよ。もう少し大きくなったら、お父様に教えて頂きたいわ。」

 

「それなら大丈夫じゃないですか。今まで忙しくて子供にかまってこなかったので、罪滅ぼしで老後は孫の世話をすると言っていますから。」

 

 弟の少し冷ややかな物言いに、姉はちょっと困った顔をした。

 

「相変わらず貴方はお父様に素っ気ないのね。同族嫌悪っていうヤツなの?」

 

 姉の言葉に弟は珍しく露骨な嫌な顔を隠さずに言った。

 

「私があの人に似ているところなんてどこにもないでしょう。そもそもこれも不本意ながら、私は母親似ですし。」

 

 すると、姉は少し驚いた顔で言った。

 

「案外自分の事ってわからないものなのね。貴方とお母様が似ているところなんて、髪の毛と瞳の色くらいでしょ。それ以外のパーツと、体格、頭脳、性格はお父様そっくりじゃないの。

 世間では皆貴方の事をペルクス二世って呼んでいるのよ。知らなかった?」 

 

 否定するように、リッカルドは激しく首を横に振った。冗談じゃないと思った。自分は父親とは対極にいるはずだ。

 

「グリークお兄様が貴方に嫉妬心を抱くのは、自分より貴方の方がお父様によく似ていると皆に言われるからなのよ。」

 

 グリークは見た目が父親と同じ濃茶色の髪と瞳をし、整った顔の爽やかな好青年である。その上体格も頭脳も人より優れている。運動能力はやや人より劣るものの、コミュニケーション能力はむしろ父親や弟より上だろう。

 そんな彼だが、七歳下の弟に対してだけは酷い劣等感を持っていた。

 リッカルドは母親譲りの黒髪と黒い瞳を持ち、一見冷たい感じの外見をしていた。しかし、幼い頃から何をやっても完璧だった。勉強も運動も武道も芸術面も。しかも真面目で正義感が強く、面倒見のいい人間だったので、周りから信頼されていた。

 子供の頃から、親戚や学校の関係者は皆リッカルドを褒め称えた。さすがはペルクス殿のご子息ですな。将来が楽しみだ。ペルクス殿も期待されている事だろう、と。

 グリークは自身を軽じられたり、蔑ろにされた事はなかったが、リッカルドが長男でなかった事がいかにも残念だと言われているようで、とても惨めな思いをしてきた。

 故に弟とはいつも距離をとってきた。そして、必死に仕事に没頭してきたのだ。

 

「嫉妬? 兄上が私にですか? あんなに人気があって仕事が出来る人なのに?」

 

 リッカルドはまた驚いた。思ってもみない事だった。

 

「本当に貴方とエキナセアは容姿だけではなく性格も似てるわね。自分の事がよくわかってないわ。自己肯定感が低過ぎるわよ。」

 

 いつも妹の事を自己肯定感が低いと思ってきたが、自分自身もそうだと言われて、リッカルドは目を見開いた。しかも、姉がエキナセアの話をした事に驚きを隠せなかった。

 

「私ね、ずっと後悔しているのよ。エキナセアに冷たくした事を。いいえ、違うわね。冷たくというより無関心だった事に。」

 

「姉上?」 

 

「まあ、年が離れていたのが一番の原因かもしれないけど、お母様の影響があったかもね。あの人はいつもあの子を無視していたから。

 でも、大人になった今、妹と色々と話が出来たらどんなに楽しいか、って思うのよ。」

 

 そう。姉はエキナセアに冷たかったというより、全く関心がなかったように思う。母に似て華やかで美しく社交的だった姉は、お洒落や美容や芸術方面にしか興味がないようにみえた。

 そんな姉が、結婚を機に全く変わった。何よりも家庭を大事にし、夫を立て、子供を子守りや侍女に委せず、自ら育てている。社交も必要最低限しか参加していない。

 

「姉上、結婚してからますますお綺麗になりましたよね。」

 

「まあ、どうしたの、貴方が社交辞令を言うなんて!」

 

 姉は大袈裟に驚いた。リッカルドは優しい微笑みを浮かべ言った。

 

「社交辞令やおべっかじゃありませんよ。姉上は本当にお綺麗になりました。薄化粧しかなさっていないのに、お顔も輝いていて。」

 

 姉は、ノアールの頬を優しくなでながら、こう言った。

 

「ほら、マシュウがアトピーになったでしょ。元々ベネフィット家の遺伝なんでしょうけど、私の化粧の影響もあったみたいなの。お父様からそれを教えられて、ショックだったわ。その時、エキナセアの事も初めて知ったのよ。」

 

「・・・・・」

 

「私、ばちが当たったんだと思ったわ。妹が苦しんでいる時に知らんぷりしていたのだから。

 でもね、マシュウの事をどこかで聞いた、カミーユ叔母様からお薬が届いたのだけれど、多分、それにエキナセアが関与していると思うの。だって、薬だけではなくて、アレルギーを持つ子への接し方のアドバイスが書かれていたから。そんな事、エキナセアじゃなければわからないでしょ。」

 

 エキナセアらしい、とリッカルドは思った。あの子は血の繋がりなど必要ないと言っているが、かと言って、それを無視するわけではない。兄の子供達同様に姉の子供の事を大事に思っていたのだ。

 

「ねぇ、リッカルド。私、あの子に会ってお礼が言いたいの。そして、昔の事を詫びたいの。もちろん、お礼の手紙は出したけれど。」

 

 姉はそう言ってため息をついた。会いたいけれども、幼い子供が二人もいてはフィリアまではとてもいけないと。

 彼女はエキナセアが春に都へ出てきた事を知らない。なんてタイミングが悪いのだろう。先週姉に会えていたら、直ぐにでも妹を引き合わせたものを。自分のせいだ。

 

「ねぇ、貴方は今のエキナセアの様子を知っている? フィリアでどう暮らしているのかしら。誰に尋ねたらいいのかわからなくて。」

 

 ナスタリナが困った顔で言った。以前父親にそれとなく尋ねた事があったが、大部元気になったようだ、としか教えてもらえなかったそうだ。父はエキナセアに対して罪の意識があるみたいだと姉は話した。

 

「マシュウにアトピーが出た時に、お父様がうちの旦那様に頭を下げたらしいの。これは我が家の遺伝ですが、娘は何も知りませんでした。隠していた私が悪いのです。私がどんな事をしてもマシュウを治します。ですからどうか娘を責めないでやってほしい。って。」

 

 義兄は優しい人で、そもそも一度も姉を責めたりしなかったそうだが、父の気持ちがとても嬉しかったという。

 

「昔はね、お父様は私に全く関心がないと思っていたの。だって、私、お母様に似ていたでしょう。だから、お母様が勧めていた縁談を断ったのも、私が気にいらないからだと思ったの。」

 

 母親が最初に姉に勧めていたのは、我が家と同じ公爵家の跡取りだった。家柄も申し分ないし、本人も美男子と評判の華やかな男だった。姉とはお似合いなんじゃないかと、その当時はリッカルドも思った。

 しかし、大学を卒業して城勤めをするようになって、彼が家柄と容姿だけの男だという事を知り、ああ、あの男と結婚しなくて良かったと、心から思ったものだった。

 

 それに比べて今の義兄は、容姿はそこそこだったが、体格も頭脳も人柄も素晴らしい人物だった。

 最初は地味な義兄に乗り気ではなかった姉だったが、付き合ううちに彼の優しさや包容力に惹かれるようになり、彼女自身も段々変わっていったのである。

 

 お父様のおかげで今、本当に幸せだわ、と姉は言った。そしてこう続けた。父は子供に関心がなかったのではなく、ただ本当に忙しかったからなのだと。父がいたからこそ、あの戦後の難局も乗り越えられたのだろうと。

 そして、エキナセアのアレルギーの件も、お日様を避ければいいという認織しかなかったと、己の知識不足を悔やんでいたという。

 

「五年前の例の出来事の時、貴方もショックを受けていて気付かなかったと思うけど、お父様の方がもっと酷い状態だったのよ。気がふれたのかと思うほどパニックを起こしていて。

 それにエキナセアの状態も一向に改善しなくて、皆がどうしたらいいかわからずに困り果てていたのよ。でも、ちょうどあの時、ユーゴ叔父様達もいらしていたでしょう。叔父様がお父様の事を心配して、エキナセアの世話をしてくださると申し出て下さったので、私達は本当にホッとしたの。」

 

 リッカルドは大きく目を開いたまま、黙って姉の話を聞いていた。

 

「本当は私がエキナセアの世話をしたかったのだけれど、ちょうどあの頃悪阻が始まっていて、もう酷い状態だったので諦めるしかなかったの。」

 

 姉がエキナセアの世話しようと思っていた事、そして、姉自身も悪阻で苦しんでいた事を初めて知った。

 自分ばかりが後悔し、苦しんでいたものだとずっと思っていた。案外と自分は周りが見えていないのかもしれない。

 

 もしエキナセアに会う事があったら、私が会いたがっていると伝えて、とリッカルドは姉に頼まれた。しかも姉はこう言った。

 

「ベネフィットの家に帰りたくないのなら、うちに泊まればいいわ。えっ? いいのかですって? 当たり前じゃないの。姉の家なのだから。勿論、旦那様にもエキナセアの事はちゃんと話してあるわよ。」 

 と。

 

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