42 有意義な時間と光の輪
エキナセア達は屋上の扉が開いて、次に誰が来るのかをわくわくしながら待っていた。すると、やがてスッと扉が横に開かれると、ノアが姿を現した。
四人とも心の中で『ああ、やっぱり。』と思った。そして直ぐ様彼のその手に目をやり、今度は全員声に出してこう言った。
「ノア(さん)、待ってました。」
ノアは笑顔で出迎えた四人を見て驚いた顔をしたが、いつも冷静沈着な彼は直ぐ様、丁寧に腰を曲げて挨拶をした。そしてこう尋ねた。
「私は、フィリアの者の中で一番最後に扉に入ったのですが、他の者達はまだでしょうか?」
「ノアさん、扉に入ったのはどのくらい前ですか?」
「三十分、いや、二十五分くらいでしょうか。それが何か?」
エキナセアの問いにノアがこう答えると、他の四人が深く頷いた。
「君が手に持っているのは金色のカードだよね? それを渡された時、仲裁人様に何か言われなかったかね?」
リアムの質問に、ノアは今度は少し疑いのこもった目をしながらもこう答えた。
「ようやく会えて嬉しい、と言われました。どういう意味かお尋ねしようとしましたが、お忙しいのでしょう。直ぐ様追い払われました。」
「これで私の仮説は証明されましたね。」
リッカルドがこう言うと、ノア以外の者達は頷いたが、
「しかし、後少しサンプルが必要じゃないかね。」
と、意外にもリアムが慎重な意見を出した。ノアはそのサンプルという言葉に片眉を少し吊り上げた。何を企んでいるのだ、この連中は!と。
その時、エキナセアが「あっ!」と声を上げると、南側の街道が見えるバルコニーの端の方へ向かって駆け出した。そして振り返ってこう言った。
「認定審査が終わった方達が皆ここの扉から出ていらっしゃる訳ではないようですわ。ほら、もう、門を出て街道を歩いている方もいらっしゃるわ。」
「問題が多い人物は時間がかかると聞くが、最初から黒という人物は却って、早く審査が終わるじゃないか? そういう認定のされなかった者達は、ここの扉を通らないのでは?」
リッカルドの仮説に、皆納得して頷いた。その時また扉が開いてジョージが現れた。そして扉が閉まった瞬間にまた開いて、今度はアメリアが現れた。
「アメリアさん!」
「エキナセアお嬢様!」
二人は互いに飛び付き、抱き合った。
「会いたかったわ、アメリアさん。」
「私もですよ。夏休みもお戻りにならなかったので、心配していたんですよ。」
七ヶ月振りの再開に二人はハイテンションになって、周りも気にせず跳び跳ねた。しかし、エキナセアの状態を確認しようと、アメリアがエキナセアの顔を見つめた瞬間、表情が変わった。
「何があったのですか? 誰がお嬢様を苛めたんですか?」
アメリアは鬼のような形相をして、物凄い勢いでエキナセアの肩を掴んだ。
「えっ?」
訳がわからず、エキナセアはオタオタしていると、ジョージが口を出した。
「お前こそどうしたんだ!」
せっかく七か月振りに会えたというのに、恋人の自分を全く無視し、激怒しているアメリアに、驚きながら言った。
「エキナセア様のお顔を見て下さいよ!」
ジョージに加え、ノアもエキナセアの顔を覗き見て、ハッと息を飲んだ。エキナセアの顔が涙の跡で酷く汚れていたからだ。
三人はリアム、リッカルド、リュカ王子を鋭い視線で睨み付けた。身分の高い人達だろうと、なんだろうと、エキナセア様を泣かすなんて許せない。
リアム達もフィリア組に睨まれて、初めてエキナセアの顔の汚れに気が付いた。
この三人は、金色のパスとか、古代文字とか、アニーとエミィの子孫だとか、新しい発見にパニックっていて、理性や冷静さを失くしていたのだ。
「ええと、決して苛めた訳ではないのだが、泣かせたのは申し訳なかった・・・・」
リッカルドがこう言い、リアムとリュカ王子も一緒に頭を下げた。
「それでは何故エキナセア様は泣いたんですか?」
「アメリアさん、違うの。私が勝手に泣いたの。誰のせいでもないの。」
「勝手にって。お嬢様がそんな情緒不安定になるなんて、滅多にないのに・・・・・あっ!」
ノアがリュカ王子を見た。そしてそれにつられて、アメリアとジョージもリュカ王子を見た。
武道の達人であるリュカ王子だが、三人の威圧的な視線に思わず後退りした。エキナセアもそれに気が付いて、慌てて言った。
「本当に誰のせいでもないの。ただ、皆さんと話をしている途中で、私が勝手に本当の自分を隠しているのが耐えられなくなって、秘密を暴露してしまっただけなの。」
「へぇ、それで、エキナセア様の告白を聞いて、なんて言ったんです、リュカ殿下。」
ジョージが三白眼になって尋ねた。リュカ王子は、少し戸惑いながらも素直に話すと、ようやくアメリアはほっとして微笑んだ。
「エキナセア様、私は以前から言っていたじゃないですか。リュカ殿下に早く本当の事をお話した方がいいと。リュカ殿下がそれを知って心変りするような方なら、こちらが願い下げだわって。」
「おい、リュカ殿下の前でなんて事を。不敬罪で捕まるぞ。」
「君がそれを言うのかい。僕にはいつももっと失礼な事言ってるぞ。」
アメリアをたしなめたジョージに対して、リアムがこう言ったので、その場にいた者が大笑いした。
「リアム様、ありがとうございます。私、今まで子供過ぎて、リアム様の真のお心がわかりませんでした。ただ言葉の表面だけを捕らえて一喜一憂してました。」
エキナセアがリアムに向かって、恥じらうように可愛らしく微笑んだ。すると、リアムは柄にもなく赤くなり、リュカ王子は少しムッとし、他の者達は驚いた顔をしたのだった。
アメリアはリュカ王子に無礼を謝罪したが、リュカ王子はアメリアに会えた事を心から喜んだ。
「お話は皆さんから色々聞いていたので、ずっとお会いしたかったんですよ。アメリアさんのお顔を見られて嬉しいです。ジョージさん、本当にお綺麗な方ですね。」
「あ、ありがとうございます。」
アメリアとジョージは慌てて頭を下げた。冷静になると、自分達のした事がおそれ多い事だったと気付いて、冷や汗が出てきた。しかし、リュカ王子はちらっとノアを見てから、全員を見回してこう言った。
「私は、エキナセアを通じて繋がっている輪の中の一人ですので、今後もよろしくお願いします。」
リアムとフィリア組三人も頷くと、にっこりと微笑みあった。
肝心のエキナセアはすーっと身を引くと、兄に耳打ちをした。
「お兄様、私、眩しすぎて、とてもあの輪の中へは入れませんわ。」
「それは私の台詞だ。お前は顔を綺麗に拭えば、ちゃんとあの輪の中には入れるぞ。」
リッカルドの言葉にエキナセアはきょとんとした。そんな自覚のない妹に、兄は自分のハンカチを渡したのだった。
その後更に二時間程、皆で話をしながら待っていた。その後屋上の扉から現れた人々は、ジョージやアメリア同様に銀色のカードの持ち主、それも貿易関係者と思える人物ばかり。金色や赤のカードを持っている者はいなかった。
その間も、絶えず街道へと人々が向かっていたので、多分、赤い一般的カードをもらった人々は、こことは違う扉から出て行ったのだろう。
結局、金色のカードを与えられたのは、今日はこの二人だけだったのだろう、とフィリア組以外の者達は思った。
他の金色のカードの持ち主は、四国会議の時にでも、どうにかして見つけだそう、リアム達はこそこそと話し合った。
それをノアが胡散臭げに見つめていた。結局、サンプルの話がなんだったのかわからず、もやもやした気分だった。
「いつまでここにいるんですか? 俺は腹が減ったんですが。」
一番最後に現れたクリスが、誰ともなく尋ねた。
「親父、今着いたとこじゃないか。他の方々はもう何時間も待っていらしたんだぞ。」
ジョージが嗜めるように言うと、クリスはへぇーと呆れたような顔で言った。
「こんな何にもないところで、よくそんなに時間を潰せたものですね。」
「親父!」
「「「いえ、いえ、いえ。」」」
と、リアムとリッカルドとリュカ王子は同時に頭を振った。
「とても有意義な時間を過ごせました。」
と、リュカ王子。
「心の重石がようやく一つ下ろせて、少し身が軽くなりました。とても有難い時間でした。」
と、リッカルド。
最後にリアムが満面の笑顔で言った。
「長年の課題と疑問がこの短時間で解決され、フィリアガーデン会議と匹敵するほど素晴らしい時間でした。」
フィリア組は呆気にとられた。そして確認するようにエキナセアを見たので、エキナセアも曇りのない明るい笑顔で、
「本当に素晴らしい時間でした。これからお借りしたお部屋へ移動するそうですから、先ほどのお話を、後からいらした皆様にもお話させて頂きますわ。きっと同じ感想をもたれますわ。」
と言ったのだった。




