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2 婚約前破棄その二

 ユニフォーミティ王国第四子で、第二王女である、アディール=ルィーズ=ユニフォーミティは、柔らかくて高級感溢れるソファーに座りながらも、落ち着かない様子で辺りを見渡していた。


 筆頭公爵家にやって来て三日目。 

 最初は不安ながらも物珍しさもあって、時間は思ったより早く過ぎていった。しかし、さすがに今日はもういたたまれない気分で、何をして過せばよいのかさっぱり分からなかった。


 公爵家の方々は食事の前には必ず挨拶には来てくださるが、ただ社交辞令的な言葉を交わすだけで、会話らしき話はしてくれない。

 私に気を使っているのか、それとも厄介事を押し付けられて困惑しているのか。

 ふぅ。と王女はため息をこぼした。


 アディール王女は、先週見合いをするために、ユニフォーミティ王国とは大陸の対称にある、エンチャント皇国へと向かった。

 見合いと言っても結婚する事が事実上決まっていたはずだった。

 それなのに、エンチャント皇国へたどり着く直前の、隣国ストリームライン共和国内で、突然お見合いと入国を拒否されてしまったのだ。


 これは、ユニフォーミティ王国としては面目丸潰れである。もう国中大騒ぎになり、王女は真っ直ぐに城に戻れなくなり、事が収まるまで、筆頭公爵であるベネフィット家に一時お預かりとなったのである。


「それにしても、よりによって何故ベネフィット家なのかしら。五年前に一方的に婚約の話を進めておきながら、些細な出来事で破談にした事、まさか忘れてはいないでしょうに」


 アディールは目を瞑り、五年前の出来事を回想し始めた。

 

 アディール王女と三つ年下の末弟のリュカ王子は、ベネフィット家の末娘のエキナセアとは幼馴染みで、とても仲が良かった。

 エキナセアは身体が弱く、気弱な所があったが、優しくてとてもかわいらしい子だった。

 そして頭がとても良く、三つ年下にも関わらず、同じ年の友人達と話すよりもよほと楽しかった。


 弟のリュカに至っては、エキナセアの事が好きで好きで仕方なかった。

 だから、他国からの縁談話がくる度に激しく拒否し続けて、国王夫妻を困らせていた。

 何故国王が困っていたのかというと、大陸にある四つの国は、絶え間なく縁を結び続けなければならない、という掟が存在する為だった。


 その当時、ユニフォーミティ王国は西の隣国、アグリ連邦共和国との縁を結んでいた。

 先代国王の末妹であった、第三王女が連邦共和国議長の元に嫁いでいたのだ。しかし彼女がもう高齢な事もあって、早めに次の縁組を決めなくてはならなくなっていたのだ。


 実際はどの国も、本気で友好の為の高尚な縁結び、などとは考えていなかった。ただ、天からの報復が恐ろしいから従っているに過ぎなかった。

 故に縁組されるのは、国のトップに立つ者ではなく、王族なら末子、共和国なら大統領ではなく、議長とか、首相など、第一線から一歩引いた地位の人物の組合せが多かった。


 末子のリュカに縁談が多く来るのもそのためだった。

 しかも、リュカはまだ幼かったが絶世の美少年だったので、あの王子とだったら政略結婚でも、人身御供でも構わない、と積極的に希望する姫君や御令嬢が多数いたのだ。


 とは言え、末子の第三王子で、跡取りのスペアにもならないとは言え、本来ならば、リュカよりもまず、アディールに縁談話が来るのが、自然の流れのはずだった。

 なぜならアディールは第二王女で、しかもリュカとは違い、第二后の姫だったからだ。 


 アディール王女は、腹違いとは思えぬほど、弟そっくりの美しい顔立ちをしていて、性格も申し分なかった。

 それなのに、彼女には全く縁談話がこなかった。そのわけは、彼女があまりにも頭脳明晰、才女の誉れが高過ぎた為に、男性に引かれてしまっていたからだった。

 そこでやむを得ず、弟のリュカに白羽の矢が立てられたのだが・・・・・


 当時、リュカはまだ十歳だというのに、父王に怖れる事も無く、はっきりと嫌だ!という意思表示を示し、頑として言う事を聞かなかった。

 そして、ある日こう宣言したのだ。


「私は、主様から、エキナセア嬢を守り、世界の幸福度を上げる手助けをせよ、との命を受けました。故に、エキナセア嬢の側を離れる訳にはいきません」


 と。


「父上は、私に主様の命に逆らう罪人になれとおっしゃるのですか?」 


 王城の執務室に呼ばれたリュカが、多くの侍従達が居る中でこの言葉を口にした時、さすがに王も度肝を抜かれ、目を白黒させ、慌てふためき、二の句がつげなかった。

 主様の命に逆らえば天罰を免れ無い。天罰を何よりも恐れるのは、例え王と言えども、平民と同じである。

 王は人払いをして家族だけを集めると、怒りを爆発させた。 


「一体誰がこんな幼い子供にあんな恐ろしい悪知恵を授けたのだ!! その者にこそ天罰が下るぞ。主様の名を騙って嘘をつかせるなどと」


「私は嘘などついてはいません」


 と、リュカは叫んだが、誰も彼の言う事など気にも留めなかった。

 兄弟達は疑心暗鬼になって、目だけ動かしてお互いの様子を伺った。しかし、そのうちに第二王子がぼそっと呟いた。


「頭の良い奴と言えば決まってるよな」


 みんなの視線が一斉にアディールへ向けられたので、彼女は恐ろしくなって震え上がった。

 いくら国一番の才女だろうが、王女だろうが、精神的にはただの十三歳の少女だったのだ。

 確かにリュカが他国へ行かずに済む方法がないかと思案はしていた。かわいい弟を自分の身代わりにする訳にはいかないから。

 しかしだからといって、主様の名を騙るなどという、罰当たりで恐ろしい事をするわけがない。

 アディールがただブンブンと頭を振っていると、姉で第一王女であるナディアが、直ぐ下の弟の第二王子を蔑む目で睨みつけながら言った。


「だから貴方は考えが足りないといわれるのよ。アディールがそんな事する訳ないでしょ。リュカが縁結び婚を断わったら、自分が他国へ嫁入りしなきゃいけなくなるのに。もちろん、私でもないわ。私は自分に関係が無い事に興味はないの」


 お姉様、助け舟を出してくださったのは嬉しいけれど、フォローになってないわ。

 しかも私だけではなく、お姉様まで悪者になってしまう。というより、一家分裂?

 と、アディールは頭を抱えたくなった。姉妹でないなら、兄二人のうちのどちらかが犯人? って事になってしまうではないか。


 王子三人は第一妃の子供で、姫二人が第二妃の子供である。

 上の王子二人に比べると、姫二人は共に美人の誉れ高く、成績優秀であった。

 しかし、女は国政には直接関われない。

 故に、王子を三人も産んだ第一妃の方が、第二妃よりも優位な立場にいたので、王家は今までバランスが保たれていたのだ。

 それなのに、ここで第一妃の機嫌を損ねたら、今までひたすら第一妃に気を使って、和を保とうとしてきた母の努力が無駄になってしまう。


 どうしよう。

 アディールと第二妃が思い悩んでいると、第一妃が普段となんら変わらない、冷静な顔でこう言った。 


「王様、何をおっしゃるのですか。あなたはリュカが嘘つきだというのですか?」


「えっ? いや、それは・・・」


 人前では威厳に溢れる王様も、その実、年上妻に頭が上がらない。 


「リュカは主様から重要な使命を与えられたのですよ。王家にとって、こんな名誉な事はないではありませんか。使命を全うする為に、家族総出、一致団結で事を進めなくてはいけないというのに、何故、家族の和を乱しかねないような事をおっしゃるのですか?」


「・・・・・」


 さすが母上。さすが王妃様。

 この場にいる全員が思った。

 それと同時に、リュカに知恵を授けたのは王妃ではないのか、という疑念も浮かんだくらいだ。

 何故なら、王妃は、遅くに生まれた末の息子を誰よりも愛していて、他国へなんぞ出したくはないと、誰よりも思っていたはずだから。

 こうして、縁結び婚の問題はとりあえず先延ばしにして、まずはリュカの使命の実行の為に、王家は総出で動く事になったのだった。

 

 アディールはここまで回想した後、徐に立ち上がると、掃き出し窓から、見事に手入れされた公爵家の庭を眺めた。

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