27 居残った者達 その一
この章と、次の章で、エキナセアの大切な友人達の関係性が、良くわかると思います。
フィリア家の者達が都に向けて出立した翌日の午後二時過ぎ、ノアからアメリアに連絡があった。
『今、無事着いたよ。』
と。ただ、忙しそうで詳しい事までは分からなかった。
アメリアがそれを屋敷の者に伝えると、伯爵夫妻もレアム先生もホッと安心したようだった。しかし、ディルだけは詳しい内容が分からない事に苛ついた。そして、
「話し合いはこれからでしょう。」
と、先生に宥められていた。
気持ちはわかる。
遠く離れていて何も出来ないのはもどかしい。でも、それはここにいる皆が同じ。
自分の感情をそのまま表すところが子供の証し。だから、都の集まりに参加させてもらえなかったのよ。
アメリアはこっそりとため息をついた。
「何もしないでいると、余計な事ばかり考えてしまいます。ですから勉強しましょう、ディル様!」
レアム先生がこう言うと、ディルはさらに怒りを表した。
「余計な事とはどういう意味ですか。我が国とリアム様の国にとって大問題なんですよ。」
「ええ、その通りですね。しかし、私も貴方もただイライラしていても、何の役にも立ちません。そんなつまらない事に時間を費やすくらいなら、将来国の役に立つ人間になるために、今出来る事をすべきではないですか?」
レアム先生に理路整然と諭されて、ディルは唸りながら、肩をいからせて自分の部屋と歩いて行った。
伯爵夫妻とアメリアは昨日から何度目か分からないため息をついた。
レアム先生は扉の前まで行きかけて、一旦立ち止まって振り返ると、アメリアに向かってこう言った。
「アメリアさん、申し訳ないが、明日お供の者を連れて街道へ行って、貿易商や商人、旅行者から情報を収集してくれないだろうか。今回の件が噂になっているかどうか。他国で変わった動きがないかを。私も行きたいのだが、あの様子ではディル様を放っておくわけにもいかないので。」
「わかりました。」
アメリアが返事をすると、伯爵が二人に謝った。
「二人とも、本当に申し訳ないね。ディルは、エキナセアとノアがいないと、いつにもまして感情をコントロールできないみたいなんだよ。悪いが宜しく頼むね。」
わかってます、というように二人は頷いた。
今日はもう連絡はこないかもしれない、そう思いながらも、アメリアは重い通信機器の入ったポシェットを、なかなか肩から外せなかった。
屋敷の掃除をしながらも、あれこれ考え続けた。
ジョージはちゃんとお役目を果たせたのかしら。あのリアム様の手綱をちゃんと握れたのならいいけれど。
まあ、緊急事態なのだから、あの方だって、そうそう勝手な事はしないとは思うけれど、予想不可能な行動をするお方だから心配は尽きないわ。
しかし、やがてアメリアは頭を大きく振った。もう、どうしようもない事を考えるのは止めよう! エドモント様やノアがいるんだもの大丈夫だわ。
そう、自分に言い聞かせると、今度はハロルド坊やのおやつの準備をするために、アメリアは厨房へと歩いていった。
そして、夕食の片付けが済んだ夜八時頃、今度はジョージから連絡があった。
『もしもし、アメリア、今、大丈夫かい?』
「ええ、丁度仕事が終わって部屋に戻ったところよ。そちらは?」
『今日はフィリア組が疲れているだろう、という事で、話し合いは六時前に終わって解散したよ。こちらも夕食を食べて片付けが終わったところだ。』
「そうなの。今日は大変だったでしょう。お疲れ様でした。」
『本当に大変だったよ。想定外の事ばっかり起きて。でも、どうにかなった。ノアにも、リッカルド様にもよく頑張ったなったな、って誉めてもらった。』
ジョージの嬉しそうな声が聞こえてきた。
本当にジョージほど見た目と中身のギャップが大きい人間はいないんじゃないの? とアメリアはいつも思う。
男らしくて野生味溢れるイケメンなのに、実際は優しくて可愛くて、守ってあげたくなる弟キャラなのだ。そしておだてられれば伸びるタイプ。
「そう、頑張ったのね、偉いわ。」
『ありがとう。』
「リアム様はどうだった? 何かしでかさなかった?」
一番気掛かりだった事を尋ねると、ジョージは一瞬黙った。
何かあったんだわ、とアメリアは思ったが、言いにくそうだったので、追及するのはやめた。近くにリアム様がいるかもしれないし、後でノアから聞いた方が正確な情報が入るだろう。
「ねえ、エキナセア様はお元気だった?」
アメリアは話題を変えた。
しかし、こちらも何か言いにくそうだった。
「何かあったの? ねえ、どうしたの?」
アメリアが不安になってまた尋ねると、ジョージはきまずそうに答えた。
『石碑に続く階段で、眩暈が起きてお倒れになった。』
アメリアの呼吸が一瞬止まった。くらっとして、彼女の方がその場に座り込んだ。
エキナセア様が倒れたのに、なんでジョージがさっきまでへらへらしていられたのか、アメリアには理解出来なかった。どうしよう。
『アメリア、アメリア、エキナセア様は大丈夫だよ。心配ない。王子様に受け止めてもらったから。気絶はしたけど、怪我はしてないよ。』
電話の向こうでジョージが慌てたようにしゃべっている。しかし、意味がさっぱりわからない。
王子様が助けてくれた?
つまり、階段の下にいた人が、偶然落ちてきたお嬢様を、かっこいい王子様の如く抱き止めてくれた、ってことなの?
どんな三文芝居だ。
でも、とりあえずお嬢様は無事だという事なんだろうか。もう一度確認してみた。
「お嬢様は無事なのね。」
『うん、無事どころか、ラブラブのルンルン。』
「・・・・・」
またもや意味不明。もういい。
お嬢様がとりあえず無事なのがわかればそれでいい。これも後でノアに聞こう、とアメリアは思った。
「ジョージ、大分疲れているみたいね。支離滅裂だわ。今夜はもう寝て、疲れを取ってね。おやすみなさい。」
アメリアはそう言って話を終わらせようとしたが、ジョージが早口でこう囁いた。
『アメリア、ノアからハンカチ受け取ったよ。本当にありがとう。凄く嬉しい。大事にするよ。俺も心から君を愛してる。』
アメリアは驚きのあまり、通信機器を思わずベッドの上に放り投げ、嬉し恥ずかしで、誰も見ていないのに両手で顔を隠したのだった。
・・・・・・・・・・
その頃ディルは自室で相変わらずイライラしながら歩き回っていた。
何故ノアは、アメリアにだけ連絡を寄越して、自分には何もないんだろう。
自分の代わりに行ったのだから、自分には報告してくる義務があるだろうに。
確かにノアは出発する前にこう言った。
「ディル様、絶対に私に連絡してこないで下さいね。私は物見遊山で都へ行く訳ではありません。時間に余裕があるとは到底思えませんので、お屋敷との連絡はアメリアと致します。そんな不満そうな顔をしないで下さい。人には適材適所というものがございます。貴方にお話をしても正確に他の皆様に伝わるとは思えませんので、そんな無駄な事はしたくありません。おわかりいただけますよね。」
ノアは忙しい。
しかも夜通しで都へ行ったのだから相当疲れているはずだ。もうホテルで寝ているかもしれない。
分かっている。分かってはいるんだ。
でも、大きくなってから、ノアと離れたのはこれが初めての事で、不安で不安で仕方がない。
ノアは綺麗だ。誰よりも。
都にはおしゃれで華やかな女性が沢山いる。もし、そんな女性達に目をつけられたらどうしよう。
少し話をすれば、容姿だけではなく、頭脳も性格も最高だって事がわかってしまうだろう。
そしたら、大学へ入る援助をしてあげるから、とかの口実で誘惑されるかも知れない。
なんでノアを行かせたんだろう。
ああ、エキナセアを守るためだった。やっぱり僕が行けば良かったんだ。
ディルは相変わらず、全く自分も周りも見えず、ただ悶々とノア達の帰りを待つしかなかったのだった。




