20 みんなの宝物 その一
同じ文章を二度重ねてしまったので、訂正しました。
申し訳ありませんでした。
今日は早めに夕食を取って、明日の為に身体を休めなさいと言われ、エキナセアは先に自分の部屋へ戻って行った。
地下の隠し部屋にはリッカルドとアリーチェが残った。
アリーチェはハーブティーを淹れて、リッカルドの前に置いた。
「今日は珍しく感情を爆発させましたね、リッカルド様。」
いつもクールで冷静沈着な彼が、怒鳴ったり、誰かを陥れようなどという事を口にするのは滅多にない。
「私は元々狭量なんだ。知ってるだろう。こんなに自分の概念を遥かに超える事ばかり起きたら、パニックにもなるさ。」
「リッカルド様が狭量だなんてあり得ませんよ。リッカルド様が平静さを失うのは何時だって、エキナセア様の事だけですよね。大事な宝物なんでございましょう。」
アリーチェは慈愛のこもった眼差しでリッカルドを見つめた。しかし、リッカルドは目を伏せた。
「宝物か。一度自ら手放しておきながら、それをまた所有したがるなんて、おこがましいよな。分かっている。それでもどうしても、あれの一番の味方は自分でありたいと思ってしまう。」
「手放した事なんてありませんでしょ。」
「六年前、あの当時、リッカルド様は普通の精神状態ではなかったのですから、仕方がなかったのですよ。」
まだ十五にもならない年で、リッカルドはあの魔物との戦場に身を置いて、多くの死傷者を目の当たりにし、尚且つ負傷者の手当てをしたのだ。
「本当にご立派でしたよ。私はいい年をして、息子が亡くなるまで、戦場がどんなものなのかを全く理解していませんでしたよ。沢山の騎士が亡くなって、みんな魔物を憎みましたが、私は違います。憎んだのは自分自身の愚かさですよ。過去の教訓を生かせずに、何故魔物を怒らせるようなことをしたのか。何故あんな心優しい子を無理矢理に騎士にしたのか。」
アリーチェは、リッカルドの目をじっと見つめながらこう言った。
「リッカルド様、五年前の、エキナセア様がご婚約披露の席でお倒れになられたあの日、私は死のうとしていたんですよ。息子二人を死なせてしまった罪悪感と、絶望感に耐えきれなくなって。そして生きる希望、意味をなくしてしまって。」
リッカルドは驚いて目を見開いた。
「最後の晩餐ならぬ最後のお茶を戴こうとしていたところに、あなた様の使者がいらしたんです。エキナセア様がお食事中に倒れて意識を失ったので、すぐ王城に来て欲しいと。お食事の内容が海産メニューと聞いて、すぐに食物によるアナフィラキシーショックだと思いました。エキナセア様がアレルギー体質であることは薄々分かっていましたので。でも、それを知らない医者では正しい処置は出来ない。それでも、ベネフィット公爵家の皆様は、アレルギー体質の事を表に出されるのを嫌がるのではないか、と思いました。王城の侍医には知らせないのではないかと。そのままではエキナセア様の命が危うい。私はもう夢中で王城へと向かいました。」
「貴女には心から感謝しています。貴女はエキナセアの命の恩人です。貴女がいなかったら、エキナセアは今いなかったでしょう。」
リッカルドの心からの謝意にアリーチェは首を振った。
「いいえ、それは違います、リッカルド様。貴方があの日、私をお呼びになった事でエキナセア様が助かり、それと同時に私も救われたのです。私はエキナセア様のお世話をする事で、生きる意味や価値を得られたのですから。」
アリーチェは真っ直ぐにリッカルドの目を見つめた。
「亡くなった息子達の分まで、私にはまだやる事が残っているのだと。だから、リッカルド様こそが、エキナセア様と私にとって、真の命の恩人なんですよ。本当にありがとうございます。」
アリーチェの告白にリッカルドは大粒の涙をこぼした。
エキナセアをフィリアへと見送った時以来の涙であった。
二人は暫く静かにお茶を飲みながら心を落ち着かせた。
そしてゆっくりと二杯目を飲み終わると、リッカルドがアリーチェにこう尋ねた。
「先程、息子達と複数形でおっしゃいましたが、アリーチェさんのお子さんはフランシス殿お一人ですよね? もう一人は私の叔父の事ですか?」
すると、アリーチェはとても優しく微笑みながらこう答えた。
「ええ、それとレアム。今では先生呼びになっておりますけれど。確かに私自身が産んだ子供は一人だけでしたが、そのフランシスのおかげで、あと二人、息子が出来ましたの。みんな個性的だけれど、とても優しい良い子達でした。」
過去形なのは二人のうち、もう一人も、すでに亡くなっているからだ。胸がまた苦しくなってきて、リッカルドは話題を変えた。
「エキナセアが勉強好き、研究好きというのはなんとなくわかっていたのですが、先程のスメリングソルトの調合の件は正直面食らいました。あれもやっぱり、ディルに似た所があるのでしょうか? 双子なのに少しも似ていないと思っていたのですが。」
「そりゃ似ている所はございますよ。ご姉弟なのですから。まあ、どちらかというと、むしろリッカルド様とエキナセア様の方がよく似ていらっしゃいますけどね。外見もご性格も。」
アリーチェは、うふふ、と笑った。
「確かに優秀さにおいて、あの双子様はよく似ていらっしゃいますが、気質は全く違いますね。ディル様は興味がある事には、もう周りが一切見えなくなるくらい夢中になって猪突猛進されますが、興味がないことには見向きもしません。能力にかなりの落差があるのです。それに比べてエキナセアは、なんにでも幅広く興味を持たれます。そして特に、誰か人のためになる事に対しては、それこそ一生懸命になられるんです。」
「スメリングソルトの件で動物実験にかなりショックを受けられてからは、ご自身で実験をされる事はないのですが、色々なアイディアを出されては、リアム先生やお医者様、そして執事のエドモント様に提案されてましたよ。そのお陰で、お屋敷の使用人や、貿易を携わる者達の生活環境が大分良くなりましたね。それに、近くの初等学院や敬老ホームにもボランティアへ出かけていらっしゃいましたし、まあ、あちらでは大変な人気者ですわ。健康面以外にご心配される必要はありませんでしょ。ともかく、変人ではありませんわ。オホホ。」
リッカルドの真の心配を察したアリーチェは、可笑しそうに笑った。
「それはともかく、明日からは大変になると思いますが、アディール様とエキナセア様を守れるのは、リッカルド様だけでございますので、何卒宜しくお願いします。私はお屋敷とジョルジェさんの連絡係、調整係として頑張らせて頂きますので。」
わかりました、と、リッカルドも真剣な顔をして、アリーチェに頭を下げた。




