第二十二話 燃える故郷
エディウスは膝から崩れ落ちた。
弾けた火の粉が暗い空へ舞い、消えていく。
あまりの衝撃にエディウスはただただ固まっていた。
涙を流すことすら出来なかった。
やがてチェリスの家から炎が延焼し、次々と貧困街に広がっていく。
少しの間――。
道の先に三人の都市兵が人を引き摺っているのが見えた。
頭には過ぎっていた。
もしかしたら人質なのではないかと――。
「空き地に縛りつけてズラかるぞ!」
「ここで燃えてぇのか!」
「さっさと歩け!」
必死に抵抗する人質達に罵声を浴びせながら都市兵は鎖を引っ張っていた。
「やっぱり…人質達だ…。」
連れていかれる人々の手首に巻かれた鎖を見つめ、エディウスは呟いた。
それでもエディウスはその光景を見つめたまま動くことはなかった。
そして、チェリスの家に再び視線を戻す。
窓の割れる音、床が爆ぜる音を響かせ、崩れ始める。
「かあ…さん…。」
手だけはチェリスの家に伸ばしていた。
そして目の閉じた。
「もう…無理だ…。」
『少しの時間だったけど…家族で過ごしたあの家は私の宝物なの…。楽しい時、悲しい時…一つひとつの瞬間を今でも覚えてる。エディウス……あなたが初めて歩いた瞬間もあの家だったの。物事の始まりの瞬間はいつだってあの家だった。…だから終わりもあの家で過ごしたいの…。』
チェリスとの会話を思い出す。
俯くと遅れて涙が溢れ出した。
拳を地面に叩きつけた。
次の瞬間――
パリンッ!
窓の割れる音と同時にエディウスは視線を窓に移す。
(人の腕……。)
エディウスは立ち上がった。
目を凝らす。
見えたのは、崩れ落ちた梁――そう思い込もうとしていた。
「…ウス!…エディウス!!」
突然後方からエディウスの名を呼ぶ声。
エディウスは振り返る。
「何をしているんだ!!」
声を掛けたのは顔を強張らせたフィオルだった。
エディウスの表情を見てフィオルは歯を食いしばった。
パシンッ!
平手打ちをエディウスの頬に浴びせ、フィオルは瞳に涙を溜めていた。
「しっかりしろ…!!まだ間に合うかもしれない!よく見ろ!」
「――っ。」
窓の奥に再び視線を移す。
「あれはチェリスさんだろう!?俺は先に見えた人質の所へ行く!!アイベルとユイベルも後から来る!助け出したらすぐに治療してもらうんだ!急げ!!」
「……。」
最初に見えたのは梁ではなくチェリスの腕だった。
(俺は…なんて事を…。)
涙を拭い、エディウスは炎に燃える家へと飛び込んだ。
「母さん……!!」
――ブルク組
「お主らも行くぞ…!!」
窓の先、オレンジ色の光を見てからブルクは駆け出していた。
四人はブルクの後を追い、アンジュスの豪邸を後にした。
(ここまで木の燃える匂いが流れておる…。)
中央通りを走るブルクは空を見上げ心の中で呟いた。
再び視線を正面に移すと、手を繋ぐアイベルとユイベルを見つける。
「アイベル!」
アイベルは振り返る。
ブルクと顔を歪めるユスティア達の姿があった。
「ブルク長老!」
「何処へ行くのじゃ?」
「貧困街です!ユイベルが小動物の声を聞いて、フィオルは先に向かってます!」
「そうじゃったか。」
「エディウスも居るはずです。」
「そうか……。」
ブルクの表情が曇る。
「貧困街に火が放たれた……。」
「そんな……。」
ブルクの言葉にアイベルは固まる。
「人質も貧困街に連行されておる。そこで皆殺しにする気じゃ。」
「私達も向かいます!」
「うむ。ワシは先にゆく…!」
「はい!すぐに追い付きます!」
ブルク達大きく頷くと、加速しその姿は人混みに消えていった――。
――貧困街
熱風が舞う家の中。
(熱い…!)
エディウスは装備を脱ぎ捨てた。
「母さーん!!」
全力で叫んだ。
「…………。」
返事は無い。
「くそう!」
エディウスは部屋に繋がる扉を全て開ける。
崩れた食器棚の隙間、倒れた箪笥を持ち上げる。
居ない――。
(さっき母さんが見えたのは一階なのに…!まさか…上に!?)
二階へ上がろうとしたが激しい炎に阻まれる。
(ダメだ…!階段にすらいけない!!)
エディウスは既に身体の数カ所に火傷を負っていた。
遂に壁が崩れ始める。
ミシミシッ――。
天井から降ってくる木くずに視線を上げる。
床に穴が空いていた。
そしてその隙間――見えたのは床に倒れるチェリスの横顔だった。
(気を失ってる…!)
天井の床が傾き、大きく空いた穴へチェリスは滑るように移動した。
(今ここへ落ちてくれれば受け止められる!でも、少しでも遅れたらこの建物は全壊だ!)
エディウスは脱ぎ捨てた装備の元へ向かい、剣を取った。
(穴を少し広げるしかない!)
エディウスは意を決し剣を頭上に構えた。
(母さんを傷付けずに見極めろ…!)
エディウスは自身に言い聞かせ、穴のすぐ脇に突きを出した。
バキンッ!
「よし!広がった!母さん!」
広がった穴に向けチェリスは転がる。
そして――
剣を投げ捨て、頭上から落ちてくるチェリスに両手を伸ばした。
(よし…!)
エディウスはチェリスを横抱きで受け止める。
だが次の瞬間――。
ミシッ!
頭上から鈍い音。
エディウスは視線を上げる。
屋根が割れ炎に包まれた大量の木が崩れてきた。
(嘘だろ…!?)
玄関へと駆け出す。
チェリスに当たらないように落ちてくる炎の塊を避け、覆い被さるように抱きながら走った。
後ろから聞こえる激しい崩落の音。
(もう少し…!)
エディウスは肩を突き出し、扉を破った。
走る勢いは治まらず、倒れ込むように重心が地面に向かう。
エディウスは身体を捻り、チェリスの下になるように地面に倒れた。
「ハァ…ハァ……。母さん…。」
「エ…ディウス…。」
呼吸は浅く、力なくぐったりとしていた。
「絶対…死なないで…。何で…二階に…。」
チェリスはエディウスに顔を向け小さく微笑んだ。
(何で…何でだよ…。それを取りに…。)
チェリスの手には、焼け跡一つ無い家族写真が握られていた——。
――フィオル
貧困街の通りには火の粉が舞っていた。
(延焼が早い…!)
「炎が広がってます!逃げて下さい…!!」
フィオルは通りを走りながら貧困街に大声で叫ぶ。
続々と家から人々が外へ出てくる。
(人の数が多い…!誰かいないのか!?)
フィオルは辺りを見回し、一度振り返る。
「エディウス…!」
遠くにチェリスを抱えるエディウスを見つける。
(動いてない…!家からは救出したけど…火傷を負って動けないのか!!あれは…?)
目を凝らすとエディウスのその先に人影を見つけた。
(ブルク長老だ!ユスティアさん達も一緒か!貧困街は任せよう…!人質は次の路地の先に居るはずだ!)
フィオルは手で合図を送った。
(エディウス!それにフィオル…!人質を見つけたか!しかし、随分延焼しておる…。)
「ユスティア!ワシは貧困街を回る!先にいるフィオルと合流するんじゃ!人質は先におる!!」
「はい!ですが…彼は…エディウスくんは。」
「アイベル達もすぐ着くはずじゃ。風向きからエディウスのいる方には炎は回らん!急げ…!」
「はい!」
そしてエディウスを通り過ぎ、ブルクは貧困街の路地に入り、ユスティア達は真っ直ぐ突き進む。
「ゴホッゴホッ…。」
(ブルク長老の…声…。来てくれたのか…。母さん…。)
薄く開いた目でチェリスを見つめる。
服は破れ、露出した肩は黒く焼け、水膨れが浮いていた。
微かに息はしていたが目を開けることは無い。
(俺の右肩もダメだ…。痛みで動かせない…。誰か…助けてくれ…。アイベルさん……!!)
エディウスは目を閉じ、心の中で叫ぶ。
タッタッタッ――。
遠くから地面を叩く音が聞こえた。
音は次第に大きくなる。
やがて、激しく地面を擦る音が目の前に聞こえると、エディウスは薄らと目を開けた。
「…ウ…ス!」
(何か言ってる…。アイベルさん…だ。)
「今すぐに…!!」
アイベルはエディウスの前に正座で座り叫ぶ。
(母さんを…!!)
口を動かすだけで言葉にはならなかった。
「もう大丈夫よ…!二人を必ず助けるから!!」
その言葉を最後にエディウスは気を失った――。
――ブルク
路地に響く泣き声に、ブルクは奥歯を噛んだ。
迷路のような路地に入り、一つひとつの扉を叩く。
「ブルク様…!!」
「火事じゃ…!一刻も早くここを出なさい…。」
そして次々と家の扉を叩いた。
「ブルク長老!」
「お主は…。何故ここへ。」
路地の反対側から現れたのはソウルガーディアンズの隊員だった。
「アイベルちゃんが血相を変えて貧困街に向かってくれと…!」
――時は少し遡り、中央通り
「ユイベル!私達も急ぐわよ!」
「うん!」
手を繋ぎ、貧困街に向かう。
その途中――
(ソウルガーディアンズの隊員……!)
一人の隊員とたまたますれ違う。
「すみません!」
「アイベルちゃん!どうしてこんな所……」
「この都市にいる隊員を見つけたら貧困街に応援を!!お願いします!」
「え、ちょっと待ってくれ…!」
「早く!!」
「わ、分かった…!!」
状況を理解出来ず、その場に少しの間立ち尽くす隊員。
アイベルはユイベルと共に走り去った。
――ブルク
「そうじゃったか…。」
(アイベル…ありがとう…!)
ブルクは振り返り心の中で呟いた。
やがて、路地の奥から次々と隊員が駆け込んでくる。
隊員達の装備が火の粉に照らされていた。
「皆よく聞くのじゃ!人々を貧困街の入口に避難させよ!」
「「はい!」」
隊員はブルクの指示に動き出し、散開していった。
――フィオル
路地を曲がり切り開けた場所に出る。
空き地の中心に植えられた木。
貧困街の広場だった。
木を中心に円を描くように炎が燃え広がっていた。
木の根元には鎖で繋がれた人質の姿。
迫る炎から逃げることが出来ずに泣き叫ぶ声が上がっていた。
「あああ…!」
「あ、熱い…!」
(炎がどんどん迫ってる…!)
そしてその奥には、背を向け走り去る都市兵達の姿があった。
(置き去りにして、生きたまま焼き殺す気か…!!なんて残酷な…!!)
火の海が揺らめき、炎は遂に木の葉へ燃え移った。
(まずい……!!)
小さな火種は一瞬にして広がる。
「うわぁぁああ!」
「……。」
パニックに陥り取り乱す人質。
中にはショックで気を失う者もいた。
「今助けます!!」
フィオルは叫び駆け出した。
(鎖を断ち切る!!)
フィオルは剣を抜いた。
握った手から白い光が広がり、剣を包んだ。
突然フィオルの視界に横から入った影。
「おっと。行かせんぞ?」
一人の男が人質の前に立ち塞がる――。
(もう目の前なのに…!)
燃える木を背に、一人の男が立っていた。
「お前は…。」
フィオルは睨みつけた。
「俺は――」
フィオルの脇から人影が通り過ぎる。
遅れて風がフィオルに吹き付けた。
「都市兵長…ラフィン…!!」
剣を振り下ろすユスティアだった――。




