第十九話 二割
生徒指導室から呼び出されて、二日が経った。
何もしていないわけじゃない。
でも、何も言えていなかった。
廊下で声をかけられても、
短く返して、それで終わり。
質問されても、
「今は……」と濁す。
自分でも分かっていた。
逃げている。
でも、
“何をどう言えばいいのか”が、
完全に分からなくなっていた。
そんな朝だった。
「……成田やってんなぁ」
誰かの声。
昇降口前。
人だかり。
嫌な予感がして、
でも足が止まらなかった。
掲示板の中央。
新聞部の紙面。
大きな見出し。
生徒会長選挙
成田旭、支持率低下
――推定二十%へ
一瞬、
意味が理解できなかった。
「……二十?」
誰かが、
小さく笑った。
「やっぱりな」
「暴力事件の件、
効いてるよな」
「そりゃそうだろ。
煽った側だし」
違う。
俺は殴れなんて――
その言い訳が、
喉まで出て、引っ込む。
新聞は、
淡々としていた。
•意見交換会での発言
•翌日の暴行事件
•生徒指導による事情聴取
•校内アンケート(新聞部独自)
感情はない。
断定もしない。
ただ、
数字だけが並んでいる。
「支持率二割って……」
「もう無理じゃね?」
「最初は面白かったけどさ」
胸の奥が、
ぎゅっと縮む。
昨日まで、
名前を呼んでくれていた生徒が、
今日は視線を逸らす。
「……」
俺は、
掲示板から目を離せなかった。
二割。
八割は、俺を選ばない。
それが、
数字として突きつけられた。
「成田」
後ろから、
真昼の声。
振り返れなかった。
「……見た?」
「ああ」
それだけ答える。
「……」
真昼は、
何か言いかけて、やめた。
その沈黙が、
一番きつかった。
「俺さ」
自分でも驚くほど、
声が低かった。
「やっぱり、
間違ってたのかな」
「……」
返事はない。
新聞の下の方に、
小さな文字があった。
※本数値は、
今後の動向により
変動する可能性があります。
……救いの一文。
でも、
今の俺には、
それすら虚しかった。
「支持率、二割か」
口に出すと、
現実味が増す。
正しさ。
理想。
自治。
全部、
遠くなった。
残ったのは、
“支持されていない”という事実だけ。
そのとき、
ふと気づいた。
――これが、
新聞部のやり方なんだ。
止めない。
煽らない。
殴らない。
ただ、
事実として並べる。
そして、
人を静かに終わらせる。
俺は、
初めて理解した。
声を上げることより、
声を失うことの方が、
ずっと簡単だということを。
掲示板の前から、
ゆっくり離れる。
背中に、
視線はなかった。
二割。
その数字が、
頭から離れなかった。




