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アサガオが咲くときまで  作者: 筑波みらい
第一章 ファーストアタック
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第十七話 恐れるな

大講義室を借りたのは、

軽い思いつきじゃなかった。


「人数、足りそうだな」


前日に提出した使用申請は、

あっさり通った。


放課後の意見交換会。

名目はそれだけ。


掲示板とSNSで告知した。


「生徒自治について話したい人、集まってほしい」


最初は、

十人も来れば十分だと思っていた。


でも。


「……多くないか?」


開始十分前。

大講義室に入りきらず廊下まで人が埋まり始めている。


参加者の顔ぶれは、いつもの支持者だけじゃない。


新聞部の記事を見たであろう、

少し荒れた雰囲気の生徒も混じっている。


「成田、すげえな」


柏木が言った。


「これもう公式集会じゃん」


「違うはずなんだけどなぁ」


俺は困惑しながら言った。


「荒れなければいいなぁ」


そう思っていた。

本気で。



マイクを持つ。


ざわめきが、少し静まる。


「今日は、俺の演説を聞かせる場でもあるがそれだけじゃない」


「学校について、それぞれが思ってることを聞かせてほしい」


拍手が起きる。


……少し、嫌な予感がした。


「まず、なにか選挙について質問ある人」


何人も手が挙がる。


「先生に意見したら、内申に響くって本当ですか?」


「校則って、誰が決めてるんですか?」


「理不尽な指導って、どうやって抗議すればいいんですか?」


質問は、

徐々に鋭くなっていく。


俺は、

正面から答えた。


「恐れる必要はないです」


「先生だからって、絶対正しいわけじゃない」


「理不尽なら、戦うべきです」


その言葉に、

大きく頷く生徒がいた。


……頷きすぎる生徒が。


「黙ってたら、ずっと舐められたままですよね?」


「そうです」


俺は、迷いなく言った。


「声を上げなきゃ、何も変わらないんです」


拍手。


ざわめき。


空気が、

一段熱を帯びる。


「でも」


本当は、

ここで言うつもりだった。


「方法は慎重に」

「個人で突っ込むな」


でも。


「そういや昨日の生徒総会で新聞部の件で風紀委員会が負けたんだよな?」


誰かが叫んだ。


「正しいこと言っても、結局守られないんだろ?」


空気が、

一気に傾く。


「だったらさ」


別の声。


「俺たちで、分からせるしかなくない?」


ざわっとする。


俺は、

即座に否定するべきだった。


でも――

言葉が詰まった。


否定すれば、

今までの主張と矛盾する気がした。


「……」


その沈黙を、

誰かが“肯定”として受け取った。


「そうだよな!」


「舐められてるんだよ!」


拍手。

声。

熱。


「……そうだ。恐れるな」


自分の声が、やけに大きく聞こえた。


「先生だろうが、校則だろうが、理不尽なら戦うべきだ」


放課後の教室。

集まっていたのは、

いつもの顔ぶれと、

見慣れない何人か。


「黙って従ってても何も変わらない」


誰かが、強く頷いた。


「声を上げろ。正面から行け」


――今思えば、

ここで止めるべきだった。


「でも、やり方は――」


そう言おうとして、

誰かの声にかき消された。


「そうだよな!」


拍手。

ざわめき。


「俺たち、ずっと舐められてたんだ」


「先生に逆らえない空気がおかしいんだよ」


空気が、

一段、熱を帯びた。


「……」


俺は、

否定しなかった。


それが、

一番の間違いだった。



翌日。


朝から、校内が騒がしい。


「聞いた?」

「三年生の菊池(きくち)先輩、

 先生と揉めて……」


「揉めたっていうか」


声が落ちる。


「……殴ったらしい」


心臓が、

一気に沈む。


「……は?」


廊下の向こうで、

担任の宮本先生が

血相を変えて走っていく。


「成田くん!」


呼ばれる。


「今すぐ、来なさい!」


生徒指導室。


空気が、

昨日までと違う。


「三年生で先生への暴行事件が起きたのは知ってる?」


宮本先生は、

感情を抑えた声で言った。


「先生が、生徒に殴られた」


「……」


言葉が、

出てこない。


「理由は知ってる?」


絞り出す。


「“理不尽な指導への抗議”」


頭の中が、

真っ白になる。


「加害生徒は、あなたの話を聞いていたらしいの」


「……」


「“恐れずに戦え”そう言ったそうね」


胃の奥が、

ひっくり返る。


「俺は……」


「殴れなんて、言ってない」


「分かってる」


宮本先生は、

強く言った。


「でもね」


一拍。


「言葉は、受け取った側のものになる」


その言葉が、

胸に突き刺さる。



昼休み。


校内は、

重苦しい。


視線が、

突き刺さる。


「成田のせいだ」

「あいつやっぱ過激派じゃん」

「ほれ見ろ俺の言った通りだろ?」


誰も、

大声では言わない。


でも、

確実に聞こえる。


「……」


屋上に逃げた。


風が、

強い。


「俺は……」


何をしたかった?


声を上げろと、言った。

恐れるなと、言った。


でも。


誰かを守る言葉だったはずのものが、

誰かを傷つける免罪符になった。


「……最悪だ」


膝に力が入らず、

しゃがみ込む。


そこに。


「……やっぱりね」


声。


顔を上げると、

鷹宮が立っていた。


表情は、

怒りでも、

勝ち誇りでもない。


ただ――

冷たい確信。


「だから、あなたは危険だって思ってた」


「……」


「あなたは、自分が矢面に立つ前提でしか物事を考えてない」


一歩、近づく。


「でも、ついてくる人間は違う」


「……俺は」


「全員があなたみたいに強くないの。

 そして、止めなかった」


即答。


「それが答え」


その言葉に、

反論できなかった。


「……」


鷹宮は、

背を向ける。


「これ以上、被害者を出さないで」


「それが、今のあなたにできる唯一の責任」


その背中が、

遠ざかる。



放課後。


机に伏せる。


頭の中で、

自分の言葉が

何度も再生される。


「恐れるな」

「戦え」


……違う。


言いたかったのは、

そんなことじゃない。


でも。


言葉は、

もう俺の手を離れている。


「……俺は」


何を壊した?


何人を、

巻き込んだ?


スマホが震える。


真昼からのメッセージ。


無事?

今、校内すごいことになってる

…あなたのせいだって言ってる人もいる


画面が、

滲む。


初めてだった。


自分の正しさが、

誰かを傷つけたと

否定できなかったのは。


俺は、

一人で立てなくなっていた。

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