『浅井の逆襲と、三河者の意地』
では、浅井の反撃をご覧いただきます。
― 浅井家の問題 ―
伊勢長島、願証寺の危機を知り浅井の部隊が動き出す。
長政自身が入念に立てた防衛計画ではあるが、残念ながらそこには僅かながら温度差があった。
願証寺に駐留する浅井軍は、数ヶ月前まで願証寺に仕えていた者達で構成されている。
それゆえ”寺を守る”という意識のほうが強く、積極的に防戦のための出陣策を執らなかった。
兵力としてはそれなりにあったのだが、正直なところ松平の5千を越える軍勢には驚きを隠せなかった。
事前の予想としては、市江島の攻略に戦力を振り向けるであろうと思われていた。
援軍の到着を待つまで敵の上陸を阻む算段であった。
しかし、松平元康は雇い入れた雑兵を上手く使い、的確に防御の穴をついた。
攻め手の方が船を有効に使えるために、広大な領域を守るには些か防御側が不利であった。
美濃の者に関して云えば、願証寺の救援など本来必要のない手伝い戦である。
江北とは違い、浄土真宗に対しての理解が薄い。
また、『飛騨攻略』の手伝いをしたばかりであった事も、初動の遅れにつながった。
とはいえ、あくまでそれは誤差の範囲であり、防衛計画の通り粛々と準備が進められていた。
西美濃衆3千が、揖斐川を下ってゆく。
― 名将の条件 ―
そんな中、一番積極的に動いたのは、佐和山にいた磯野員昌である。
上洛戦の予備兵力として待機していたが、それだけが彼の使命ではない。
必要な時、必要な場所に即応する、『的確な判断力』 こそ員昌の真骨頂である。
彼は、今回の戦(長島の救援)の意義を、最もよく理解している人物のひとりであった。
員昌は、信長勢の動きを察知した時点で準備を開始し、確証を得るや即座に軍を招集した。
「浅井の信義が問われている! この戦いは時間との勝負である。」
そう檄を飛ばし、軍を発した。
自らの兵2千を率い多賀から鞍掛峠を越え、員弁川沿いを南下、桑名を目指した。
途中で軍勢の協力要請を出し、桑名に着く頃には5千の兵をかき集めていた。
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― 願証寺 ―
願証寺証意は、見守るしかなかった。
松平元康、そして三河の将兵は、さすがに戦馴れをしている。
複数に分けられた部隊に翻弄され、長島の防衛網は穴だらけであった。
「間に合わぬかも知れぬな」
側近に漏らした。
「はっ、急いではおりますが、少なくとも百姓主体の一揆勢は、準備に早くてもあと数日はかかるかと」
「浅井の兵が頼りか……」
「浅井長政殿は、上洛のため出陣されておりますれば……」
証意は、目の前が暗くなる錯覚に陥ってしまった。
浅井を恨むのも筋違いである、願証寺も元々そこまでの防衛準備などしていなかったのである。
”一揆”というモノは、主張のために数を集め、相手を攻めてこそ意味がある。
もともと防衛には、向かない集団なのである。
「むしろ、よく戦ってくれているのだ」
戦場の経験がある者も多いとはいえ、所詮、農民は戦いの本職ではないのだ。
精強な三河兵と、その采配を見てつくづくそう思ったのであった。
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― 松平勢 ―
一刻も経たなかったであろうか。
松平勢は、またたく間に加持戸島を制した。
相手側が放棄したというのが、元康の素直な感触である。
元康は、配下の者に入念の調べさせた後、本陣を移すべく加持戸島に上陸した。
加持戸島は、木曽川河口南島の大きな島である。
松平家が使うため、「加持戸島だけは、放火はせぬように」と厳命してあった。
「この島を確実にモノにできれば、松平は息を吹き返せる」
今川義元が生き残ったため、未だ三河一国を取り戻せていない元康は、”ニヤリ”と黒く嗤った。
「あとは大島、篠橋島を押さえれば完璧だ」
元康も馬鹿ではない、いずれ浅井家が反撃して来るであろう事は判っている。
今川家も、敵対するやもしれん。
しかし、大島・篠橋島を返還するという条件で和睦し、代わりに加持戸島を分捕れば充分である。
服部家(市江島)という、橋頭堡がなくなれば今川家も松平家の所業も黙認せざるを得ないであろう。
それほど、ここの利権は旨いのである。
「もうしばらくは、今川にとどまってやってもよかろう」
床机に腰をかけ、采配を弄びながら…楽しい夢想のひと刻を過ごす元康であった…。
しかし、元康の甘美な空想もすぐに終わりを告げた。
昼をまたずに、浅井の援軍が到着したのである。
揖斐川を下った来た、西美濃勢およそ3千の兵を乗せた船が本願寺の防衛網の穴を埋めるべく殺到した。
圧巻は12隻の軍船である。
船そのものの大きさは大差ないのだが、造りが少々変わっていた。
舷側に板を張りめぐらせ、大きめの銃眼を備えていた。
国友特製の”抱え筒(大鉄砲)”を装備した浅井の艦船は、侵略者を容赦なく打ち砕いた。
織田・松平の船を川面から駆逐していく。
その様を見た元康は慌てて、命をくだす。
「船を加持戸の裏へ下げよ」
艦船への被害を怖れ、船を一旦下げさせるしかなかった。
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― 浅井・願証寺 ―
制海(川)権を取り戻し、長島の防衛網はようやく機能を取り戻した、
折良く、浅井の名将.磯野員昌が、桑名へ到着した。
駆けに駆けた軍勢は、とても疲れて戦闘に参加できる状況ではないが。
『浅井の正規軍』 その軍容があるだけで、周囲の空気が変わった。
遠目に浅井の旗印が見えた時、願証寺証意は己の目を疑った。
「まさか、本当に本願寺を助けに来てくれたのか?」
一向宗は、支配者層に嫌われている宗教である。証意自身そのことは身に沁みて理解している。
まさかこんなにも早く駆けつけてくれるとは、思っても居なかったのである。
防衛網の隙を突かれ、押付島にまで松平の手勢が入り込み絶望していたところであった。
まさに、地獄で仏であった。
嬉しくて、涙が止まらなかった……。
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長島の攻防戦は意外に長引いた。
莫大な利権が絡むため、双方が全く退かなかったからである。
また、水路が複雑に入り組んだ”輪中地帯”だったと云うことも要因にあげられる。
局地戦が度々行われるものの、大規模な交戦は地形上あり得なかった。
長島の防衛側に、磯野員昌をはじめ氏家直元、稲葉良通が加わった時点で、松平の優勢は崩れた。
今度は松平元康が、攻め取った島を守る側に立ったのであった。
浅井の軍は、市江島攻略の信長軍には、ほとんど手を出さなかった。
制海権を握る上での偶発的戦闘以外、戦いは起きていなかった。
「浅井め~、徹底しておるわ」
あからさまに”松平だけ”を狙う浅井軍に、歯ぎしりをしながら防戦する元康であった。
一進一退の攻防が、実に20日以上におよんでいた。
(このままなら何とか、加持戸を盗れそうだ……)
元康はそう思案していた。
どうやら浅井は、積極的な攻撃が苦手なようである。
半蔵からの情報では、信長の方は、そろそろ市江島の攻略の詰めの段階に入るようだ。
(大島を手放すのは正直惜しいが、この際しかたがあるまいて。)
元康は、先のことを見越していた。
『その時』 の為にも、旗本先手役の本多忠勝、榊原康政に”大島死守”を命じていた。
戦いの手打ちには、”大島”という貢ぎ物がどうしても必要なのだ……。
― 大島 ―
大島から、長島までは目と鼻の先である。
今や、浅井の軍に完全に包囲されている状態であった。
それでも、本多忠勝と榊原康政は、主君の命を守り何とか持ち堪えていた。
預けられた兵は、300名にまで減ってしまった。
「忠勝よ! 正直、ここが島でなかったら俺たち死んでいたな」
珍しく康正の方から軽口を言った。
「ああ、違いない。もう、一生分戦った気がする」
壁に背中をもたれかけ、息を整えながらこたえる。
「アホぬかせ、お前ならまだまだ足りんだろう」
「いや康政、飯か、酒が欲しい」
「ははは、そっちが足りんかったか」
浅井の包囲は厳重であった。
脱出は不可能だったし、するつもりもさらさらない。
『死守するぞ!』
それが、三河のためになると二人は信じていた……。
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― 京 ―
長政も決して手をこまねいてなどはいなかった。
後手に回ってしまったと報告を受けた時は、顔を顰めたものの気を取り直した。
「……何事も、全てが上手く行くはずがないのだな」
状況を最大限利用しようと、矢継ぎ早に指示を送っていた。
長政の命を受けた複数の部隊が準備を整え、行動を開始するのだった。
話が長くなりました。
次回投稿で、長島の話は終わらせます。
長くなるかも知れないですが、終わらせます。




