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第12話:静寂のオフィス

第12話をご覧いただきありがとうございます!

嵐が去り、水木桃という巨大な呪縛が消え去った水木銀行に、ようやく本当の平穏と静寂が戻ってきた回です。

南が感じる心からの安堵と、日常の尊さを描きました。お楽しみください!

水木桃が銀行を去り、そして実家からも完全に放逐されたという噂が社内の水面下に広がるには、そう時間はかからなかった。

かつて彼女の理不尽な横暴と冷酷な視線に怯え、誰もが息を潜めて働いていた経営企画部のフロアは、まるで嘘のように穏やかで、静かな空気に包まれていた。


出勤してデスクに座る。

以前なら、朝一番にパソコンを立ち上げるだけで「今日はどんな理不尽な難癖をつけられるだろうか」と胃がキリキリと痛んでいたものだった。けれど今の私には、そんな恐怖や緊張感は微塵もなかった。


「江崎さん、おはよう。昨晩の融資データの最終確認、きれいにまとまっていて助かったよ」

「おはようございます、佐藤さん。ありがとうございます。今日もよろしくお願いしますね」


隣のデスクからかけられる佐藤さんの穏やかな声と、温かい笑顔。

それが今の私の「日常」だった。朝に会社へ来て、自分の仕事を精一杯こなし、定時に向かって着実に成果を積み上げていく。そんな当たり前のことが、どれほど尊く、どれほど幸せなことだったのかを、私はこの二年間で痛いほど思い知らされていた。


周りの同僚たちも、どこか晴れやかな顔をしていた。

これまで桃の顔色を窺って私を遠ざけていた人たちも、少しずつ気まずそうに、しかし温かく声をかけてくれるようになっていた。「あのときは助けてあげられなくてごめんね」「江崎さん、よく頑張ったよね」と、給湯室や休憩スペースですれ違うたびにかけられる言葉に、私はただ静かに首を横に振って微笑んだ。


誰もが、重荷を下ろしたのだ。

組織の歯車が正しい方向に噛み合い始め、銀行全体が本来の活気と健全さを取り戻していくのを感じる。個人の私怨や権力でねじ曲げられていた現場が、まっとうな努力と誠実さで回るようになっていた。


お昼休み、私は佐藤さんと二人で、社内のカフェスペースの窓際に腰を下ろしていた。

大きなガラス窓の向こうには、少しずつ春の訪れを感じさせる柔らかな日差しが街路樹の枝を揺らしているのが見えた。


「なんだか、夢みたいです」

私は手元のマグカップから立ち上る湯気を眺めながら、ぽつりと呟いた。

「何がだい?」

「高校の卒業式の日にあの人に出会ってから、ずっと……私の時間は、あの理不尽な悪夢の中に縛られたままだった気がするんです。逃げても逃げても追いかけられて、社会に出ても同じ檻に入れられて……。もう二度と、ここから抜け出せないんだって、本気で思っていました」


佐藤さんはカップをソーサーに置き、穏やかな眼差しで私のほうを向いた。

「もう、怯える必要はないよ。君が自分の足で立ち上がり、僕と一緒に戦ってくれたからこそ、その檻は壊れたんだからね」


その言葉に、胸の奥がふわりと温かくなった。

あの暗くて冷たい場所で、ただ泣くだけだった自分が、この人の隣でここまで来られた。恐怖に震えていた過去の自分が、今の私を見たらきっと驚くだろう。


窓の外の風はまだ少しだけ冷たさを残しているけれど、私の心の中には、もう冷たい冬の終わりを告げるような、確かな春の陽気が満ちていた。

静寂を取り戻したオフィスで、私たちは新しい日常のなかへ、ゆっくりと歩みを進めていたのだった。

第12話をお読みいただき、ありがとうございます!

桃がいなくなった水木銀行に本当の平穏が戻り、南が佐藤と共に穏やかな日常と温かな時間をかみしめる回となりました。


次回、第13話「越えられない壁の向こう」では、実家からも見放され、世界の表舞台から完全に消えていった桃の孤独な末路を描いていきます。


次回もお楽しみに!ブックマークや評価、感想などもぜひよろしくお願いいたします!

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