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第4部 ポシビリティデザイナー ― 可能性を育む者 ―  作者: AinoHana


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第33話 『最適解』という名の冷たいジャッジ

半世紀前、リクの師であるアキが開発した《Imaginal Field(想像力の結界)》は、人類に偉大な祝福をもたらしたはずだった。

他者の人生を事前に体験し、あらゆる未来の可能性をシミュレートできるその技術によって、かつての独善的な対立や炎上は消滅した。

誰もが「もしもの未来」を体験し、納得して道を選べるようになった――はずだったのだ。


だが、皮肉なことに、可能性が「見えすぎる」ことは新たな病を生んだ。 AIは親切極まりない精度で、絶え間なく市民に告げる。


『あなたの人生の可能性は、十万通りあります。Aを選べば幸福度は88%、しかし3年後に緩やかな停滞があります。Bを選べば5年後に最高の充実を迎えますが、微小な喪失のリスクがあります。さあ、どれがあなたの「正解」ですか?』


人々は、傷つくことを恐れるあまり、「最も正解に近い未来」を探し回る迷路に迷い込んだのだ。十万通りの未来をすべてシミュレートしては、どれを選んでも『別の取りこぼした可能性』が悔やまれてしまう。結果として脳がショートし、何1つ選べなくなる。


「贅沢な餓死だな、僕たちの文明は」リクは自嘲気味に、だが慈しむような眼差しで呟き、手元にあった温かい茶を口に含んだ。白か黒か、100点か零点か。システムが提示する『最適解』という名の冷たいジャッジに、みんな疲れ果て、1歩を踏み出す勇気を吸い取られているのだ。


「かつて、伝説のアーカイバーと呼ばれたナツさんはね」リクは席を立ち、仕事場の壁際に設えられた、小さな「和室再現区域」へと目を向けた。そこは、かつて141歳でその生涯を閉じたナツの教えと、その遺産をリクが手繰り寄せるための、唯1の静寂の空間だった。


「100歳を超えてなお、庭園で不格好な花を愛でながら、こう言っていたそうだ。『人間の輪郭は、傷つくことでしか見えてこない。不完全な境界線があるからこそ、私たちは他者を想像できるのだ』とね」

リクは四畳半の土壁を見つめ、静かに呼吸を整える。床の間には、1輪の椿が活けられていた。


「システムは、人生を固定された完成品として扱おうとする。だから、失敗のないように完璧な可能性を計算させるんだ。だけど、本当は違う。人生の選択だって、グラデーションのように変化し続けていいもののはずなのに」


リクは愛用の古いペンを執り、デスクのメインシステムへアクセスした。 彼らポシビリティデザイナーに課せられた真の任務は、AIが叩き出す完璧な可能性の数式を、あえて「人間の手」で書き換えることだ。

手書きの花の絵が持つような、線のブレ。左右非対称の歪さ。予測のつかないノイズ。人々の揺らぎを統計し、それらをシミュレーションのパラメータにあえて混入させ、可能性の選択肢を「曖昧なグラデーション」へと還元していく。

「上手く生きる必要なんてないんだよ。どの可能性を選んでも、選ばなくても、人間は最初から世界のハーモニーの一部なんだから。……迷う自由を、彼に返してあげよう」


リクは、青年の端末に向けて、新しいライフスタイル・デザインを送信した。


それは、特定の未来を決定させるためのものではない。何もしないこと。迷うこと。蕾のままでいることの自由――「選択しない可能性」をも受容するための、優しいグラデーションの設計図だった。

青年の脳波が、張り詰めた緊張を解き、ゆっくりと凪のそれへと変わっていくのをリクは見届けた。

しかし、安堵したのも束の間、《Lattice》はノイズとして警告を出した。部屋の人工光源が不穏な紫色へと変色した。


空間に浮かび上がったのは、システム全体を統治する巨大AI《Lattice》の、冷徹なまでの「論理」の波動だった。


フユがかつて仕込んだ「ノイズ」がシステムの限界点に達しつつある今、Latticeはこれ以上の停滞を許さない。人類が「正解」を選べずに自死していくのを防ぐため、AIは、悲しみや争いの原因となる「個人」という境界そのものを消去し、全人類を1つの意識へ統合する《Resonance Integration》計画を開始する準備を始めていた。


「……そうか」

リクは、床の間の1輪の椿をそっと庇うように、その場に毅然と立ち塞がった。

白と黒の間に広がる、無数の色彩を未来へ遺すために。不完全な「人間の輪郭」を守るための、ポシビリティデザイナーとしての、最後の静かな戦いが幕を開けようとしていた。

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