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将門炎舞記 中巻  作者: 浮島太郎


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第七章 家門の重器 【6.坂東に立つ風】

【6.坂東に立つ風】(ばんどうにたつかぜ)


平真樹は、ただの土豪でも、ただの神社の主でもなかった。

大国玉の地に根を張り、山と水の気配を読み、人々の暮らしと祈りを背負って立つ――

坂東の“導き手”と呼ぶにふさわしい男であった。


その真樹が、己の娘を将門に嫁がせたのは、単なる政略ではない。

「この男ならば、我が娘を託してもよい。」

そう思わせる何かが、若き将門の瞳に宿っていた。


――重瞳ちょうどう

左眼の眼球の中に瞳孔(黒目)が二つあるように見える、

…古来、“英雄の相”とも“王者の相”とも云われる異相。


荒ぶる坂東の風を正面から受け止める偉丈夫、不思議な澄みと強さを持つ瞳。

この若武者の姿を仰ぎ見たとき、真樹は悟ったのだ。

(……この男とならば、坂東の乱れを鎮められる)


真樹の娘は、将門の館で「君の御前」と呼ばれ、将門の心を支える存在となっていた。

その縁組は、血縁を超えた強い同盟の絆となり、真樹と将門の間に深い信頼を育んでいた。



真樹が豊田石井の将門の館を訪れたとき、最初に迎えたのは娘、

――「君の御前」であった。

「父上……石田の源護殿との争い、聞き及んでおります。」

君の御前の声には将門の妻としての気丈さと、父を案じる娘の愛情が入り混じっていた。真樹は、その成長した我が子の姿に、一瞬、目を細めた。

(……将門に此の子を託したのは間違いではなかった。)


君の御前は、将門の傍らに控えながら言った。

「我が殿は、坂東の乱れを憂えております。きっと大国玉の大殿のお力になれましょう。」

その言葉に背を押されるように、平真樹は将門の前に進み出た。


将門は、真樹の来訪を聞くとすぐに立ち上がり、自ら歩み寄った。

「大国玉の大殿、よく来られた。筑波山麓の争い、詳しく聞かせてほしい。」

真樹は深く頭を下げた。

「将門殿……これ以上、民の血を流させるわけには参りませぬ。」

その声は、山の風にも似た静けさを帯びていたが、その奥には深い痛みがあった。

「山の理も、水の理も、もはや怨に呑まれつつあります。

我が力では、この争いを押しとどめることができぬ。」

真樹は、己の誇りを押し殺し、膝をついた。


「将門殿。どうか、この争いをお収めくだされ。坂東の地を調える力を持つのは貴殿しかおらぬ。」

――君の御前が、そっと将門の袖を握った。


将門は、真樹と妻の視線を受け止めて静かに頷いた。

「大国玉の大殿よ、顔を上げられよ。民の血が流れるのを、我も見過ごすつもりはない。」

その眼には、若さの熱と、坂東を背負う者の覚悟が宿っていた。

「この争い、我が調えてみせましょう。山の理と水の理を結び直す。」

真樹は深く息を吐き、胸の奥に灯る安堵を噛みしめた。

こうして、筑波山麓の争いは、若き将門の手に委ねられた。


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