第六章 孤島の牙 【1.死地を読む者】
第六章 孤島の牙 (ことうのきば)
【1.死地を読む者】(しちをよむもの)
――それから暫くのち、
常陸国府正庁、奥の間
為憲の沈黙を裂くように、背後の襖が静かに開いた。
灯火の揺らぎを背負って現れたのは、壬生義宗である。
兄・成宗の肥えた体つきとは対照的に、義宗は痩身で、その眼光は、闇に慣れた獣のように冴え、人の情を映す気配がない。
まるで影そのものが歩み出てきたかのような暗さがあった。
「……国豊殿と玄明殿。二人を、討つのでございますな。」
声は、風のない夜に竹が軋むような乾いた響きであった。
「義宗、まずは・・・汝の見立てと謀を聞こう。」
為憲は、その声音にわずかに口元を歪めた。
「承りました。」
義宗は、ためらいもなく地図を広げた。
紙の上に落ちる灯火の影が、彼の指先をより細く、不気味に見せる。
義宗は、静かに二つの地点を指した。
「まず玄明。信太西奥の山麓に館を構え、備えを厚くして籠っております。
――密殺(暗殺)は敵の虚を衝くもの……堅固な館に籠もられては難しい。」
淡々とした口調のまま続ける。
「奴の手勢は百ほど。そのうち負名の騎馬二十が紛れ込んでおります。
あの者どもは我らと同じく駿馬を操る。侮れませぬ。」
為憲が地図を覗き込む。
義宗は、自軍の戦力を指で示した。
「我らの総数
――壬生の騎馬三十、足軽五十、国府の兵百。
これを合わせても、逃げ道を塞ぎきるには足りませぬ。
如何に当方が強兵といえども、確実に玄明を仕留めるは至難の業。」
為憲が不安げに眉を寄せる。
義宗は、その視線を冷たく受け止めた。
「西側は鬱蒼たる山林。残り三方は開けた地形ゆえ、玄明は逃げ道をいくつも確保しておりましょう。」
維幾が静かに問う。
「……では、どう攻める。」
「我らの出る幕ではございません。
――多数で包囲し、殲滅するほかありませんな。周到に備えを整え、討伐の軍を起こさねば、玄明追討は無駄骨となりましょう。」
義宗の言葉には、言い澱みがない。
その冷徹さが、かえって場の空気を重くした。
為憲は静かに頷いた。
「では……、国豊はどう殺すのだ。」
義宗は、地図の中央――香取海に浮かぶ孤島を指した。
その指先は、まるで“死地”を示すかのように冷たかった。




