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MONDE ー光を鳴らす物語ー  作者: ぽちな
第一部 始まりの光ー第一章 原点
5/22

5.焦燥

◆焦燥◆


MOON BOX(ムーンボックス)の階段を降りると、いつもの匂いがした。

古い床のワックスと、少し湿った地下の空気。

ここまで来ると、「ああ、ライブだ」と身体のほうが先に思い出す。


受付でチケットとドリンクチケットを受け取り、遥とみこは、フロアへ向かう前の細い通路で立ち止まった。


「今日は対バン多いから、人多いね」


「だね。トビー見えるかな」


「でもさ、同じ空間にいられるだけで幸せだよね」


みこが、当たり前みたいに言う。

DOLLドール THEATERシアターは、ここ最近ずっとムンボを拠点にライブをしていた。

遥たちも、来られる日はほとんど通っていた。


そのとき、ふと視界の端に、見慣れないものが入った。


通路の突き当たり。

自販機の横の、少し陰になった壁。

そこだけ、色の違うコルクボードが打ち付けられている。


(……あれ、前からあったっけ?)


「ちょっと待って」


遥はそう言って、みこから離れ、ボードの方へ歩いていった。


近づいてみて、ようやく分かる。

上半分は、スタジオや楽器屋、音楽教室のチラシ。

下半分には、手書きの紙がいくつも画鋲で留められていた。


『Vo募集』

『Ba急募』

『サポートDr探してます』


雑誌の後ろのページでしか見たことのない言葉が、今は紙の質感ごと、目の前にある。


(メンバー募集……)


喉の奥が、少しだけ詰まった。


「遥~? なに見てるの?」


みこの声に、はっとする。


「掲示板……メンバー募集みたい」


「え、ほんとだ。こんなのあったんだね」


みこも隣に並び、一枚ずつ覗き込む。


『コピーから、慣れてきたらオリジナル』

『初心者ですが本気です』

『男性限定! やる気重視!』


紙に書かれた文字は、それぞれの温度があった。

どれも、遥には眩しく見える。


「遥、バンドをやってみたいんでしょ? どれか連絡してみたら?」


軽い調子で言われて、胸がきゅっと縮む。


「……やってみたい、けど……、まだ全然だし……」


一瞬、心が跳ねた。

でもすぐに、不安が追いかけてくる。


「初心者OKもあるよ」

「あ、でも男限定か……」


その文字を見た瞬間、視線が落ちた。


「……みこ、そろそろ始まる。行こ」


これ以上、掲示板の前に立っていられなくて、ライブを言い訳に、遥はフロアへ向かった。


照明が落ち、音が鳴る。


遥は、トビーのギターを見つめ、次にエリーのベースから目が離せなくなった。


当たり前だけど、全然違う。指の動きも、音の繋がりも。


エリーのベースは止まらない。一音、一音が、自然に次へ流れていく。


(エリーさん、凄いなぁ)


自分の右手が、じん、と疼く。


(どのくらい練習したらあれぐらい弾けるようになるかな)


視線は、またトビーへ戻る。


トビーの音は、やさしい。

聴いていると、曲の中にそのまま入っていける。


(どうやって、こんな曲を思いつくのかな)


トビーはくるくる回りながら優雅に演奏している。

ファンはリズムに合わせ腕を伸ばし手を揺らす。

遥も、自然にみんなと同じ振りをしていた。


(ベースを買ったって、報告したいけど)


曲の最後、みんなで手を繋いでジャンプ!

フロアが揺れる。


「みんなー!! 今日も僕たちと遊んでくれてありがとー!」


ピッピが笑顔で叫ぶ。

トビー、エリー、サミーも大きくお辞儀をして手を振る。


(今じゃない)


心の中で、そう言い聞かせる。


(もっと、自分の音が出せるようになってから)


「また夢の国で遊ぼうね! 待ってるよー! DOLL THEATERでした! バイバイ」


ステージは声援に包まれながら幕を閉じた。



夜。


帰宅して、何も入っていないポストを覗き、遥は小さく息を吐いた。


本当は、誰にも言っていないけれど。

少し前から雑誌のメンバー募集に応募をしていた。


返事は、来なかった。

――一度だけ、来たことはあった。


胸が高鳴って、震える手で開いた封筒。


そこにあったのは、短い一文だけ。


『募集しているのは男性のみです。ごめんなさい』


遥は、その紙を丸めて捨てた。


(私なんかじゃ、やっぱりダメなのかな……)


布団の上に寝転がりながら、今日見た掲示板を思い出す。

印刷じゃない手書きの文字。

あの生々しさに、正面から向き合えなかった。


(……疲れたな)


ゴロリと横を向く。


(今は、応募じゃない)


頭の中に、低い音が浮かぶ。


(練習しよう)


まだ誰にも届かない音。

それでも、弾けば確かにそこにある音。


遥は、そっと目を閉じた。


――次に鳴らす音のことだけを考えながら。


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― 新着の感想 ―
拝読させていただきました。 私は音楽とは無縁な人生でしたが、それでもバンド割れやっている人たちの空気、温度、そういうものが伝わってきました。 入り込みやすくて読まされてる感がないのはすごいと思います…
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