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MONDE ー光を鳴らす物語ー  作者: ぽちな
第一部 始まりの光ー第一章 原点
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4.一音(いちおん)

◆一音◆


夜。

アパートの小さな部屋で、遥はベースを膝に載せていた。


仕事終わりで身体は重いはずなのに、

ベースのことを考えると、不思議と力が戻ってくる。


アンプの音量は、できるだけ小さく絞ってある。

それでも弦に指をかけるたび、低い振動が床を這うように伝わった。


(……ヘッドホン、買ったほうがいいかな)


人差し指。

中指。


教本に描かれていたフォームを思い出しながら、ぎこちなく弦を押さえる。


――痛い。


指先がじん、と熱を持つ。

まだ皮が薄くて、すぐに赤くなった。


それでも、離したくなかった。


ポロン、と不揃いな音が部屋に転がる。


下手すぎる。

音楽なんて、とても言えない。


それでも、その音は確かに――

「遥の音」だった。


同じフレーズを、何度も繰り返す。

失敗して、止まって、また最初に戻る。


時計を見ると、日付が変わっている。


それでも、やめる気にはなれなかった。


「……もう一回」


誰もいない部屋で、小さく呟き、

遥はまた弦をはじいた。



休日の午後。


ベースはケースにしまったまま、

遥は床に寝転がり、教本を開いていた。


『はじめてのエレキベース』


表紙の明るいコピーとは裏腹に、

中身は数字と記号だらけだ。


ドレミ。

ルート音。

コード。

リズム譜。


正直、半分くらいはよく分からない。


それでも、ページをめくる手は止まらなかった。


写真に写る指の形を、空中でなぞる。


四フレット。

二弦。

ミュート。


昨夜の指の痛みと、頭の中で重ね合わせる。


(……ああ)


(ここ、鳴ってたんだ)


紙の上の説明じゃなく、

自分の手が、少しずつ覚えはじめている気がした。


教本の余白には、鉛筆の文字が増えていく。


「痛い」

「押さえにくい」

「この音、好き」


誰に見せるわけでもない、遥だけの走り書き。


ページの端は折れ、

指の跡が、少しずつ黒ずんでいった。


それを見て、遥は小さく息を吐く。


――ちゃんと、続いてる。


まだ誰にも届いていない音。


それでも、この時間だけは、確かに前に進んでいた。


(今日も、練習しよう)


遥はベースケースを開け、

中からベースを取り出した。


そのとき。


ケースの内側に縫い込まれた、小さな革のタグが目に留まった。

使い古され、縁が少しだけほつれている。

中央に、短い英字。


――YUME


(……前の人の、かな)


それだけのはずなのに、

胸の奥が、かすかに鳴った。


理由の分からない、静かな音。


遥は視線を外し、何も考えないふりをしてベースを構える。


次の一音を、確かめるために。



DOLL THEATERのライブ当日。

木々が葉を紅く染め始め、外を吹く風が心地いい季節になった。


最近は、ライブの前後にみことおしゃべりするのが当たり前になっていた。


同じものを好きな友達と共有する、この時間は、

遥にとって大切な楽しみだった。


ムンボ近くのファーストフード店で、軽く腹ごしらえをする。


「今日は、何の曲やるかな?」


ポテトをつまみながら、みこが言う。


「最近やってない曲、やってほしいな」


遥はそう答えながら、

別のことを考えていた。


(……言いたいな)


(ベースのこと)


(でも、なんて思われるんだろう)


「あのさ……」


ポテトをつまむ手が、少し止まる。


「なに?」


「えっと……買っちゃった」


声が、思ったより小さくなった。


「なにを?」


「べ、べ、ベースぅ!」


少し噛みながら、語尾だけが無駄に大きくなる。


「前に、バンドやりたいって言ってたもんね」


みこは頷いてから、首を傾げた。


「……あれ? でも、ベースなの?」


「成り行きでね。左利き用で、安かったから」


「左利き用!?」


みこの目が、ぱっと開く。


「それ、ちょっとかっこよくない?」


「でしょ。私もそう思った」


思わず、笑ってしまう。


「なんか、かっこいいなって」


「実際、触ってみてどう?」


「重い……。弦、硬い……」


正直な感想を口にしてから、続けた。


「でもね。音が鳴るのは……楽しい」


「そっか」


みこは、にこっと笑った。


「よかったね、遥」


その笑顔に、胸の奥が少しだけ軽くなる。


遥は紙コップを両手で包んだ。


不安と期待が、

炭酸みたいに、胸の中ではじけている。


二人は、そのままライブハウスへ向かった。


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― 新着の感想 ―
本編に関係のない内容で申し訳ありません。 作者様は楽器をやられていたのでしょうか? 遥の感じていることが妙にリアルに移りまして……
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