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MONDE ー光を鳴らす物語ー  作者: ぽちな
第一部 始まりの光ー第一章 原点
2/22

2.DOLL THEATERの夜

◆DOLL THEATERの夜◆


遥が家を出て社会人として働き出して、少し慣れた入梅の頃。

初めてその名前を見たのは、音楽雑誌の広告欄の隅だった。

有名な名前はひとつもなくて、知らないバンドばかりが並ぶページ。

その一番下の端に、手書きのような柔らかい字体と、小さな風船の絵があった。


DOLLドール THEATERシアター ワンマンライブ』


ドールシアター。

知らないバンドだった。


それでも――

理由もなく、心がひっかかった。


数日後、遥は雨の止んだ道をひとりでライブハウスへ向かった。


池袋東口から線路沿いを少し歩いた先に、薄い青の看板を掲げた古いビルが建っている。


『MOON BOX』


ムーンボックス、通称ムンボ。


黒い鉄の扉の先には、狭い地下への階段が伸びていた。階段の両脇の壁には、所狭しとバンドのフライヤーが貼られている。新しいもの、色褪せたもの、聞いたことのないバンドばかり。


階段を降りて強面のスタッフにチケット代とドリンク代を払う。


(500円……ドリンク代、高いなぁ)


そう思いながら、チケットの半券と大量のフライヤーを受け取り、フロアに足を踏み入れた。


そこは、これまで行ったことのある有名バンドの大きなホールとは全く違った。

煙草と酒とスモークの混じり合った少し重たい空気。


観客は40人から50人ほど。

フロアは思った以上に狭く、黒の壁と低い天井から、くすんだミラーボールがぶら下がっている。


遥は空いている後方の壁に身を寄せた。


ステージにはまだ幕が降りている。


最前列では、ロリータ服の女の子たちが人形を抱きしめ、笑顔で何か話していた。

後方の丸いテーブルでは、大人っぽいお姉さんたちが煙草を吸いながらビールを飲んでいる。

彼女たちもやはり笑顔だった。


皆が笑っている。


”このバンドは、きっと楽しい”と、それだけで、そう思えた。


開演時間ぴったりに、うっすら流れていたSEが消え、照明が落ちた。

代わりに可愛らしい音楽が流れ出し、ゆっくりと幕が上がった。


ステージ中央に、男の子が立っていた。


銀色の髪。

とんがった帽子。

青い大きな瞳に赤い唇。


ボーカルのピッピ。


その左右と後ろには、彼のお人形たちが並ぶ。


上手に面長で長い髪を一つに結わいた、少し大人びたギターのトビー。

まっすぐ前を見つめるその視線が、一瞬こちらを掠めた気がして、遥の胸が小さく跳ねた。


下手には、くるくる巻き毛の金髪に、ふんわりとしたドレスを着たベースのエリー。

後ろには、四角い帽子を被った勇ましい雰囲気のドラムのサミー。


トビーとエリーは、片手に赤い風船を持っている。


見たことのない世界だった。


全員が、まるで絵本から抜け出したみたいだった。

挿絵(By みてみん)

遥の体の奥で、何かが大きく脈打つ。

理由もなく、胸の奥から熱が込み上げる。


気づけば、一歩、前に出た。


ピッピが大きな瞳をくるりとさせ、マイクを握る。


「みんなー!ドールシアター、開演の時間だよー!」


歓声が上がる。


ピッピの声に合わせて、3体の人形たちが動きだす。

サミーがリズムを刻み、トビーとエリーは風船を持ったままステージ前まで来た。


一斉にファンが手を伸ばす。

二人は、それぞれファンの一人に風船を渡した。


もらった子も、もらえなかった子も、同じようにきゃあきゃあと叫び声をあげた。


そして、音が鳴った。


その瞬間、遥はドールシアターの世界にいた。


ギターの音がひとつ、透明に伸びる。

トビーの指が、糸の上をすべるみたいに弾いている。


その音は、これまで聴いてきたどんな有名バンドよりも、近かった。

胸の奥に、直接触れてくる。


エリーのベースは、小さい体からは想像もできないほど大きくて優しい。

サミーのドラムは、遠くから走ってきて抱きしめてくるみたいに明るい。


ピッピが歌う。


――ここにいれば ひとりじゃない

  優しい光に つつまれて

バルーンパレード どこまでも

君の手を引いて 笑い合おう――


その声を聴いた瞬間、遥の肺はぎゅっと縮んだ。


皆が笑っている。

手を叩いて、声を上げて、音に身を委ねている。


ここでは、息が苦しくなかった。

何も考えなくていい。ただ、音の中に立っていられた。


遥は、こらえていた涙を、静かに飲み込んだ。


胸の奥で、何かが小さく灯る。


それが願いなのかどうかも、まだわからない。

ただ――消したくないものが、確かに生まれた。


(……この音の中に、いたい)



終演後、遥は震える手で、フライヤーと一緒にもらっていたアンケートに言葉を書いた。

とにかく最高だったこと。

今の溢れる気持ちを書いた。


その夜、一人暮らしの小さなアパートに帰ってもなかなか眠れなかった。

さっきまでの光景と音が頭の中を駆け巡る。

もらったフライヤーを何度も見返した。

白黒の紙面には四人のイラストと次の公演の日程。

そして、連絡先の住所。


遥は、思い立ってファンレターを書いた。

宛先は、ギタリストのトビー。

ピッピよりもまっすぐな彼の姿が、一番印象に残っていた。


拙い文字で、こう書いた。


「今日のあなたの音が、ずっと胸に残っています。救いでした。」


翌日、仕事へ向かう途中。

遥はそっと昨日書いた手紙をポストに入れた。





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― 新着の感想 ―
これはなろうでは珍しい作品ですね。 でも音楽というジャンルは、 どの創作においても欠かせないので、 こういう風に小説としてアプリーチするのも有りと思います。 面白かったので、ブクマと評価しておきました…
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