18.撮影と覚悟
◆撮影と覚悟◆
翌、土曜日。
今日は、瞬の家に行く日だ。
遥は少し早めに家を出て、雑貨屋に寄った。
買い物を済ませてから、瞬の家がある最寄り駅へ向かう。
(メンバーの家に行くの、初めてだな……)
池袋で電車を乗り換える。
ホームにはカップルや親子連れが溢れていた。
子どもたちのはしゃぐ声。
若いグループの笑い声。
「ジェットコースター乗りたい!」
「おばけ屋敷いこーよ」
これから体験する楽しさが、そのまま音になって漏れている。
(……みんな、楽しそう)
遥は大きめの鞄を、ぎゅっと抱きしめた。
中には衣装とメイク道具。
靴は、高校時代に履いていた黒いローファーにした。足に馴染む気がしたから。
電車がホームに入ってくる。
風が吹いて、髪が揺れる。
隣に並ぶカップルの低い囁きを耳にしながら、電車に乗り込んだ。
流れていく車窓を、ぼんやりと眺める。
(この景色みたいに……私も、進みたい)
遊園地のある駅で、他の乗客たちと一緒に降りた。
ホームを歩いていると、前方にユキの姿が見えた。
駆け寄って声をかける。
「ユキくん。同じ電車だったんだね」
「そうみたいだね」
「撮影……少し緊張するな」
「そうだね。でも……」
ユキは少しだけ遠くの空を見てから、遥に視線を戻した。
「……あの音を鳴らせる君なら、きっと大丈夫だよ」
遥の胸が、どくんと跳ねる。
頬が熱くなった気がして、鞄を持つ手に力を入れた。
そのときのユキの表情が、あまりにも穏やかだったから。
改札を出ると、瞬の声が聞こえた。
「おーい! こっち! 全員揃ったから行くぞー」
晃と哲央も並んで立っている。
「駅の目の前が遊園地なんだね……すごい」
思わず漏れた言葉に、ユキが頷く。
「ちょっと面白いよね。いろんな音が聴こえてきそう」
遥は一瞬、ぽかんとしてから、
「……うん」
とだけ答えた。
瞬の家は、駅から二十分ほど歩いた先。
三階建てのアパートの、一階の端の部屋だった。
「どうぞ。入って」
瞬が玄関を開ける。
「荷物、部屋に置いていいよ」
「一人暮らし、いいなー」
晃が部屋を見渡す。
「まあ、楽だよ。晃って実家暮らし?」
「……まあな」
晃はピアスを触りながら、目を逸らした。
「俺も実家だ。仲間だな」
哲央が肩を組んで笑う。
「じゃあ、メイクして着替えて、写真撮ろう。遥は、風呂場使って」
瞬がそう言って、浴室の扉を開けてくれた。
「ありがとう。使わせてもらうね」
遥は鞄を持って中に入り、扉を閉めた。
浴室の床は、ひんやりと冷たい。
思わず肩が震える。
ユニットバスの中に鞄を置き、衣装を取り出して着替える。
昨日も着た、黒い服。
そして、雑貨屋で買ったものを取り出した。
ピアッサー。
小さな青い石が付いている。
説明を読む。
洗面所の水で手を洗い、耳を消毒した。
鏡の前に立ち、右耳たぶにピアッサーを当てる。
手が震える。
――深呼吸。
息を吸って、吐いて。
――バチン。
爆竹を鳴らしたような音が、耳の奥に響いた。
(……痛い)
鏡を見る。
赤くなった耳に、青い石が光っている。
(……付いた)
左耳も挟む。
わかっていても、怖かった。
手のひらが湿る。
息を止めて、もう一度。
――バチン。
耳鳴りがして、ようやく両耳にピアスが揃った。
遥は、何事もなかった顔で浴室を出た。
「瞬くん、ありがとう」
その声は、自分が思っていたより、落ち着いていた。
◆撮影と覚悟2◆
お風呂場から出ると、晃以外は支度が終わっていた。
晃は鏡の前で、真剣な顔をしてアイラインを引いている。
目尻を少しだけ上げ、いつもより鋭い目つきだ。
遥も隣に腰を下ろし、急いでメイクを始めた。
普段より少し厚めにファンデーションを塗る。
(……メイクで、変わるはず)
青いアイシャドウを瞼にのせ、リキッドライナーで目元を囲む。
眉を整え、最後に黒いリップ。
(あんまり上手くない……メイクも、練習しなきゃ)
隣で同じく黒いリップを塗っていた晃が、ちらりとこちらを見た。
「お前、耳……」
自分の耳と、遥の耳を交互に指さす。
「私、ピアスしたんだ」
触れると、耳たぶはまだ熱を持っていて、ピリピリとする。
「真っ赤じゃん。今、開けたのか?」
「うん。着替えたときに」
晃は一瞬、目を丸くしてから、にっと笑った。
「遥って、結構すげーな」
「そうかな。でも、すごく痛かった!」
思わず両耳を押さえて顔をしかめる。
「だから、一度に何個も開けた晃くん、本当にすごいよ」
「だろ?」
晃は満更でもなさそうに笑った。
「じゃ、撮影始めるぞー」
衣装もメイクも決まった瞬が、デジカメを持って玄関へ向かう。
「え、外で撮るの?」
「白い壁あるだろ。光も入るし、いいと思う」
ユキは何も言わずに、さっと外へ出た。
晃と遥も続き、最後に哲央が小さく息を吐いて外へ出る。
アパートの外壁は白く、確かに日差しがきれいに当たっていた。
「アップと全身、数枚ずつ撮るよ。まず、誰から?」
ユキが手を上げて、壁の前に立つ。
カメラが向けられた瞬間、ユキの表情が自然に引き締まった。
紫のシャドウが光を受け、白い肌に紅いリップが映える。
黒いサテンのシャツと細身のズボンが、体の線を際立たせていた。
通りを歩く人たちが、ちらちらとこちらを見る。
「……かっこいい」
「バンドマンかな」
かすかな声が耳に届く。
(……やっぱり、すごい)
ユキが終わると、晃が勢いよく前に出た。
「瞬、かっこよく頼むな!」
「はいはい」
晃が祈るようなポーズを取る。
「それ、曲の雰囲気と合わない。普通でいい」
「えー、祈りポーズだめ?」
「晃は、立ってるだけで十分だよ」
「そっかぁ」
頭をかきながら、素直に指示に従う。
(決めるときは、ちゃんと決めるんだよな……)
次は哲央。
壁の前で、ぎこちなくピースをした。
「友達写真じゃないから。手、下ろして」
「……了解」
軽く深呼吸して、まっすぐ立つ。
(音と一緒だ。真っ直ぐが、いちばん似合う)
(次、きっと私だ……)
心臓が、強く打つ。
「次、遥ね」
「はい!」
駆け寄って、壁の前に立つ。
大きく息を吸う。
カメラを向いた瞬間、通行人と目が合った気がした。
胸が、どくんと跳ねる。
(……なるようになる)
右手を腰に当て、左足を一歩前へ。
ただ、それだけ。
じっと、カメラを見る。
シャッター音が、続けて鳴った。
「いいよ、遥! 次、俺な」
「……ありがとう」
一気に汗が噴き出す。
緊張が、遅れてほどけた。
その後のことは、あまり覚えていない。
気づけば撮影は終わり、全員で部屋に戻っていた。
「お疲れさま! 写真、パソコンで確認するから」
瞬が言って、続ける。
「そのあと、みんなの考えた名前、教えて」
(……名前、もう決めてる!)
遥は、小さく息を吸った。




