17.衣装合わせ
◆衣装合わせ◆
金曜日。
今日は衣装を持ってスタジオへ集合する日。
(着替えを考えて家から衣装を着てきちゃったけど、厚底ブーツ、歩きにくい……。でも背が高いのっていいな)
スタジオDに着くと遥は、ドキドキしながら扉を開けた。
「お疲れ様です」
スタジオには、ユキと晃がいた。
晃と目が合った。一瞬、遥の全身を見るように目が動いた。
「……、おつ」
晃は、それだけ言うと自分の鞄をごそごそとやり始めた。
――チッ。
「――……じゃ……ねーか」
僅かな音が遥の耳を掠めて、心が痛んだ。
「お疲れ様」
ユキは、黒いサテンの襟付きシャツに黒い細身のズボンを履いていた。
手に持った白いギターが、際立って見える。
「ユキくん、今着てるの衣装だよね?」
「うん。そうだよ」
「私とユキくんの衣装とあまり変わらないのに、私って……なんか、変……」
扉が開いて、哲央が入ってきた。
「おつかれー。お、みんな衣装着てるな!」
ごそごそやっていた晃が、ぱっと顔を上げた。
「俺は今から着替えるぜ! 哲央は、それが衣装か?」
「うん。ドラム叩きやすいように袖なしにした」
哲央は、晃の前で両手を広げて見せた。
白いノースリーブシャツの上に黒いノースリーブの合皮のベストにズボン。ごつめのベルトを着けている。
「いーじゃん!」
晃は遥の前でもお構いなしに着替え始めた。
(わっ、晃くん。……あ、でも、そっか)
遥は驚いたが、すぐ気が付いた。自分のいる世界のことを。
「お前、ちょっとは恥じらいをもてよ」
哲央は晃と遥の間に入って、遥から晃をなるべく見えないようにした。
「大丈夫だよ。哲央くん」
「そうだぜ。こういう世界だろ」
晃はトランクス1枚になって、どんどんと着替える。
黒のスキニーパンツ。深紅のシースルーシャツ。そこに肩の張った黒い合皮のショートジャケット。首に黒いチョーカーを巻き、腰に銀色のチェーンを付けた。
「どうだ?カッコいいだろう? これにメイク決めるよ」
(晃くん、ちゃんと決めてきてる。なのに私……)
スタジオの鏡に映る自分の姿を見て、遥は肩を落とした。
「遅くなった悪い」
両手を合わせながら瞬が入ってきた。
「ちょっと安全ピン買っててさ」
瞬はギターケースの他に大きな黒いバッグを抱えている。
荷物たちを壁際に置くと、肩の力を抜くように、ぐるりと回して腕を伸ばした。
「みんな、もう着替えてるから瞬も早く!」
哲央は瞬に促した。
「OK! すぐ着替えるよ」
瞬はスタジオの端に行って、さささっと着替えた。
しわ加工された白いシャツに黒のふわっとした袴風パンツ。切りっぱなしの長めの黒いジャケットに黒いネクタイ。ネクタイには安全ピンで十字架の模様が作られている。
「ジャケットの腕のところにも、十字架付けたくて」
「安全ピンの十字架いいじゃん!」
晃は、ちらりと遥を見てから、まじまじと瞬のネクタイを眺めた。
(……わかってるもん)
「だろ? 安全ピンの十字架、やってみたかったんだ」
瞬は嬉しそうに言った。そして、
「ユキと遥は、シンプルだね」
「でも、ちゃんと黒くしたから。ね、遥」
「……ユキくん」
「俺は、ちゃんと良い音、鳴らせばそれでいいよ」
(良い音、か……)
ユキの言葉は、まっすぐだった。
だからこそ、胸の奥で、小さく引っかかる。
音だけでいいなら、
私は、どうしてこんなに悩んでいるんだろう。
遥は、もう一度、鏡の中の自分を見た。
黒い服を着て、
ベースを抱えて立っているだけの自分。
(……まだ、足りない)
何が足りないのかは、分からない。
◆とりあえず進む◆
「今日は、このまま練習して、ライブをやるのに問題ないかの確認をしないか?」
瞬の声は落ち着いていたが、どこか弾んでいるようにも聞こえた。
「それで明日、俺の家に来ない?」
「話し合いでもするのか?」
哲央が腕組みしながら聞いた。
「前にホームページ作るって言ったろう。みんなで衣装とメイク道具持って、準備して写真撮ろう」
瞬は遥にカメラを構えるポーズをしながら言った。
遥は、少しドキッとしてうろたえた。
「瞬くんの家の中で撮るの?」
「俺ん家、白い壁あるからちょうど良いかなと思ってさ」
「瞬が撮るのか?」
晃が聞いた。
「四人の分は、俺が撮るよ。俺の分は誰か撮って」
「まかせろ! この晃様が撮ってやるよ」
「よし、決まり! ユキ、それでいいよな?」
「ああ、かまわないよ」
「あ、あと自分のステージネームも考えてきて。ホームページに載せるからさ」
遥だけ、少し遅れて頷いた。
その後は、衣装のままでの練習が始まった。
メイクこそしていないが、全員が衣装に身を包み楽器を持つと、いつものスタジオの空気と違う気がする。
(みんな、バンドマンって感じ。……私もバンドマンになれてるのかな?)
鏡に映る自分を見たくなくて、視線を落としながらベースを弾く遥。
厚い靴底がベースの振動を遮って、いつもの音がよくわからない。
(厚底、私には向いてないかも)
練習はどんどん進む。時間は、待ってくれない。
(靴は変えよう。これだと自分の音がわからなくなりそう)
遥は、厚底ブーツを脱いだ。いつもの身長に戻った。
――ベースを鳴らす。
いつもの感覚が足から伝わってきた。
(……これでいい)
とりあえず今は進むしかない。そう思った。
ユキと晃は、その背中を、何も言わずに見つめていた。




