16.見せる自分
◆見せる自分◆
ライブまで二か月を切り、金曜と水曜にスタジオ練習を入れるようになった。
仕事との両立は正直きつかったが、遥の気持ちは不思議と軽い。
音を出している時間だけは、余計なことを考えずにいられた。
休憩時間、瞬がペットボトルのキャップを閉めながら言った。
「そろそろLUMINOUSのホームページを作ろうと思うんだけど。ユキ、いいよな?」
「ああ、お願いするよ」
「瞬、パソコンできるのか! すげー!」
晃が目を輝かせる。
「ちょっと得意なんだ。バンドやってなかったら、こっちの仕事してたかもな」
「さすが瞬だな。俺、ドラムしかできないぞ」
「私、パソコンすら持ってない……」
遥は、思わず膝を抱えた。
「ホームページにはプロフィールと写真も載せたいからさ」
瞬は続ける。
「ステージネームとか、衣装も決めないとな」
「写真!? 俺、絶対かっこよく撮ってくれよ! スタジオとか借りるの?」
晃が身を乗り出す。
「いや、そんな金ないだろ」
瞬は即座に切り返してから、ユキに視線を向けた。
「なぁ、ユキ。衣装、どうする? ある程度は統一感あったほうがいいと思うんだけど」
「そうだね」
ユキは少し考えてから言った。
「みんな、何かアイディアある?」
「やっぱ黒系かな。俺、ドラムだし、あんまりコテコテじゃないほうがいい」
「俺は派手なのがいい! とにかく目立つやつ!」
「晃はボーカルだし、それでいいと思うよ」
瞬が笑ってから、遥に視線を向ける。
「遥は?」
「私……?」
胸の奥が、きゅっと縮む。
(……何も考えてなかった)
ステージに立つ自分の姿が、まだ輪郭を持たない。
「俺、遥は女だけど、女形もアリなんじゃね?」
晃が、何でもないことのように言った。
「女形?」
頭の中に、エリーの姿が浮かぶ。
(……自然、なのかな)
「確かに、女形なら無理はないかもね」
瞬も頷く。
「……まだ、よく分からない」
遥は視線を落とした。
好きなものも、似合うものも、
まだ自分の中で形になっていなかった。
「じゃあ、基本は黒系で」
ユキが、遥を一度だけ見てから言う。
「細かいところは、それぞれ自由に決めよう」
「ああ、それでいいな」
哲央が言って、遥の背中を軽く叩いた。
「遥も、自分が好きなの選べばいい。俺はそれでいいと思うぞ」
その手の温度が、少しだけ背中に残った。
遥は、ゆっくり息を吐く。
(……見せる、か)
まだ決まっていない。
でも、考え始めてしまった自分がいる。
それだけで、
何かが動き始めている気がした。
◆求める姿◆
土曜日。
前日のスタジオ練習で重くなった身体を休めながら、遥はDOLL THEATERのブロマイドを見つめていた。
写っているのは、トビーではない。
エリー。
女形のベーシスト。
小柄な身体で、ドールシアターの音をやさしく包み込む人。
(エリーさんの音って……)
ブロマイドの中の姿と、ステージで聴いた音を思い出す。
(役割と、すごく合ってる)
視線を落とし、ブロマイドの衣装に目を留める。
フリルのついた服。
柔らかい色合い。
(……私が、こういう服を着る?)
想像してみる。
その姿で、ベースを弾いている自分。
(……うーん)
小柄だから。
晃の言葉にも、一理ある気がする。
ベースを取り出し、そっと弦を鳴らした。
低い音が、部屋に広がり、落ちる。
(私、どうなりたいんだろう)
日曜日。
人で溢れる原宿に、遥は足を運んだ。
通りには、有名なヴィジュアル系バンドマンやアイドルの生写真が並んでいる。
(実際に、服を見てみよう)
(ここなら、何か分かるかもしれない)
雑誌を片手に、店を回る。
黒服。
ロリータ。
コスプレ。
(コスプレは……違う)
(ロリータ……)
ロリータ服を扱う店の前で足を止める。
店内には、可愛らしい服を着た店員と、同じような服を着た客。
どちらが店員か、見分けがつかない。
(エリーさんの衣装とも、少し違う気がする)
結局、中には入らず、雑誌に載っていた別の店へ向かった。
少し歩いた先に、黒服を扱う店を見つける。
店内に入ると、壁も棚も黒い服ばかりだった。
素材も形も、ばらばら。
フリルのあるもの。
裂けたシャツ。
どれも、ステージに立つ人や、フロアにいる人が着ていそうな服。
(……多いな)
(革は、高い……)
何度も店内を回り、鏡の前で服を合わせる。
帽子を被り、外し、また見る。
(……向こうにも、もう一軒あるみたい)
別の店も覗き、値段を見比べて、
結局、いくつかを買った。
黒い襟付きのシャツ。
細身のエナメルパンツ。
厚底の黒いブーツ。
十字架のネックレス。
(……なんとか、揃えたけど)
(これで、いいのかな)
家に戻り、買った服に着替えてみる。
鏡に映る自分は、
ただ、黒い服を着ているだけだった。
(メイクすれば、変わるかな)
厚底のブーツに体重をかける。
(……足裏、感覚ない)
(うーん、ライブの時、ペダル踏めるかな)
不安が、じわりと広がる。
衣装のまま、ベースを構える。
ネックレスが、カツン、とボディに当たった。
嫌な汗が、背中に滲む。
(……みんな、どんな衣装にしたんだろう)
電話に、手を伸ばす。
(聞いてみたいけど……)
誰に、どう聞けばいいのか分からない。
気軽に頼れる相手が、思い浮かばなかった。
伸ばした手を、そっと引っこめた。
遥は、衣装合わせのある次の金曜日を、ただ待つことにした。
ベースを抱えたまま、鏡の中の自分を見つめる。
何が正解なのかは、
まだ、分からない。




