見積もりが甘くて窮地に
フェアネス侯爵領邸から抜け出して、早朝まで街の乗り合い馬車の始発を待つ。
真夜中に出てきたから、さすがに眠気がうつらうつらと瞼を重くした。
アビーは元気にしてるだろうか?上手く暮らせてるだろうか?約束通り返事を取り付けてきてくれたのだから、大丈夫だとは思ってるけど。
あの子とも、なんだかんだ付き合いが長くなってしまったもんだ。仲は良くないが、気になる程度には縁を感じる。
前侯爵家では、残飯とはいえなんとか食べれてたので、給金は無かったけど王都のフェアネス侯爵家から持ち出した手持ちの隠し金に手をつけなくて済んで良かった。アビゲイルの夜逃げにけっこう使ってしまったが、わたし一人分の馬車代と宿、飯代は確保してる。
あとは、目的地に向かうだけだ。
始発の馬車が来た。
懸念してた通り、八歳の子どもがこんな朝っぱらにひとりで馬車に乗るなんて只事ではないと御者が問題視してきたが、両親を亡くして孤児になった後、奉公して貯めた金で祖母に会いに行く、そのためにはこの馬車に乗らなきゃ辿り着けないから、と言って誤魔化した。
まさか領邸から追手なんて来ないだろうけど、早目に出発するに越したことはない。これに乗ってしまえば、あとは寝てても連れて行ってくれる。
━━━━ところが、三泊四日の旅程が、思わぬ天候不良で頓挫した。
馬代宿代食事代と、割りと切り詰めて計算していたのに、最後の二日が大雨で足留めをくらい、予算が焦げついた。
完全に、想定外だった。
いや、こういう場合も考えておくべきだったのだ。自分の馬鹿さ加減に呆れ果てる。
荒天はなんとか宿でやり過ごせたが、お陰様で無一文。馬車には当然乗れず、飯も食えない。
残り一日の道のりとはいえ、それはあくまで馬の脚の話だ。歩きだと三倍、しかも女児の足なら、さらに倍はかかるだろう。
(困った…)
心底、途方にくれた。
もはや頭は、目的の場所に着いた後の交渉や身の振り方にいっていたのに、足下をすくわれてしまった。
なんたる間抜けか…。
頭を抱えたけど、どうしようもない。このままじゃ、行き倒れて野垂れ死にだ。
末路を想像して、ゾッとした。
完全に、自分の人生を見誤った痛恨のミスだ。やはり甘ちゃん貴族のお嬢ちゃん、嫌だ嫌だとわがままで逃げ回った結果、この様だ。
(とにかく、食料を確保しよう)
ひもじさに慣れているとはいえ、残りの旅程を乗り切るためには食料は欠かせない。
雨上がりのぬかるみの道を、どこかに奉公の口は無いかと小さな宿場町を廻る。
だけれども、八歳児の不審なお願いに、当然どの家でも店でも、怪訝な顔で追い払われてしまう。
せめて何か食い物を恵んでもらえないかと懇願してみたけれど、縋るわたしを不気味に思ったのか、無慈悲に店の外へ蹴り飛ばされたりした。
終わってみれば、その日一日浪費して成果無し。寒空に身を丸めて野宿する羽目になった。
(しまったしまったしまったしまった…っ!)
遠くても目的地に向かうべきだったか?後悔と焦燥と空腹で、思考がグルグルと奈落に落ちていく。判断をミスって、わたしは野垂れ死にに繋がる選択をしちゃったんじゃないか?
不安と恐怖を抱え、暗闇で震えて耐え続けた。
翌日、もう一度働き口はないかと別の家々を回ってみた。そうしてたら、うろつくわたしを不審に思ったであろう誰かの通報を受けて、この土地の官憲に追っかけ回された。逃げ惑ったけど、あっさり道の端に追い詰められて捕まってしまう。
そのまま浮浪のガキとして収容された。事情聴取は、屈強な衛兵三人に囲まれながらだった。
わたしはすぐ隣りの伯爵領にいる祖母に会いに行く、という作り話をする。
が、結局は映えある侯爵領には珍しいストリートチルドレンだとして、然るべき施設に収監されると言われてしまった。
(そんな、牢屋に入れられちゃったら、出られなくなる…っ!)
フェアネスに繋がりそうなものは処分してるから送り返されるような事はないだろうが、逆に言えば、身元の保証が無い。どう扱われるか分からない。
とりあえずで入れられた留置所では、粗末な食事が一日一食出た。どうしようか対策も考えつかぬまま、不安が大きくなる。なので今はいざという時のために、食べられる時に食べておこう。




