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祓い2

おおよそ見た事もない存在に維心と炎嘉は吐き気を堪えるのに苦労した。

『う…体を焼くようなものに詰め込まれて…!お前達も、なんだその体から…何を出している…!』

しわがれた、やっと聞き取れるような声がその塊から聴こえて来る。

だが、その背後からもざわざわと何かの悲鳴のようなものや、怒声のようなもの、念仏を唱えるようなものも遠く聴こえた。

翠明は、顔をしかめながらも言った。

「穢れ切った命であるから、神の気が身を焼くように祓うからぞ。身の中に幾人の命を抱え込んでおる。一つ一つが罪であり穢れであるのだ。命はそれ自身のものであり、他の命が自由にして良いものではないからの。その法を犯しておる主は、どんどんと穢れて地に堕ちておるのだ。」

その塊は、その姿で何とかバランスを取りながら立ち上がったようだった。そうして、強い神達の気に晒されて耐えられなくなったのか、社から出ようと壁の方へと、出口を求めて擦り寄った。

何しろ、出口付近に維心、炎嘉、翠明、紫翠が並んで立っているので、そちらから神の気がこれでもかと発しられていたので、そこへは行けないのだ。

『うお…痛い…!痛い…!神が神を殺すのか…!オレも神だ…見ろ、こんなに大きくなった…!』と、壁に触れて、途端に火に触れたように身を退いた。『なんだこれは…!!』

翠明は、言った。

「だから主は穢れぞ。神ではないわ。力があるからと神にはなれぬ。むしろ穢れ切った命など力を持たぬ人以下ぞ。転生出来る人と比べて、主ら穢れた命はその度合いが強いと消されるやもしれぬ。神とは対極の存在、それが今の主ぞ。さっさと祓ってもらって黄泉へ参ればそこまでにはならなかったというに…。このまま抵抗しておったら、ただ苦しむだけであるぞ。」

その塊は、どうと床へと倒れた。

すると、驚いたことにその塊は幾つかに割れてしまい、ボトリ、ボトリと他の塊が落ちて、うねうねとまた単独で動いていた。

「う…」

炎嘉が、込み上げて来るものがあるらしく、口を押えて顔をしかめた。維心は、炎嘉を見た。

「大丈夫か、炎嘉。我の気の中へ参れ。」

炎嘉は、頷いて慌てて維心の体の回りのオーラの中へと飛び込んだ。

「…誠に主は清浄よ。すまぬな、堪えられぬで。」

維心は、眉を寄せたまま言った。

「我とて己の気で押し返しておるから、触れた先からおぞましくて仕方がないわ。そろそろ月が昇って来ておるから、維月の気を探って耐えておる。」

確かに、外はもう夕暮れになって来ている。

薄闇の空に、月が半分の形で浮いているのが見えた。

大きな塊は床を這い回り、どこかに抜け道は無いかと探っているようだったが、落ちた幾つかの塊は、その場で蠢くだけで移動はしなかった。

翠明が頷きかけ、紫翠が進み出て小さい塊に言った。

「黄泉へ参れ。穢れを祓ってやる。」

その塊は、かすれているが高い女声で答えた。

『ああやっと…!ありがとうございます…!』

紫翠が気を放つと、塊はそれに包まれて光り輝き、スーツと女の形になると浮いた。

『昇れる…!お母さん…!』

女は天井へと手を差し伸べると、上へ上がって行きそのまま消えた。

他の小さな塊も、順番にそうやって処理している間に、大きな塊は壁に沿って蠢いていたが、遂に出口がこちらにしか無いと気付いたようで、翠明、維心、炎嘉の方を向いた。

そして、ジリジリとこちらへ向けて進んで来ながら、言った。

『そこをどけ…!力が、力が抜ける…!』

そう言っている間にも、その塊からはボトリと小さな塊が落ちる。

強烈な神気に触れて、それらを拘束する力が失くなって来ているのが分かった。

「こちらへ参れ。」翠明が言うのに、炎嘉も維心もギョッとした顔をした。翠明は構わず言った。「出たいのだろう?我らを踏み越えねば出る事は叶わぬぞ。」

維心は、無意識に気を大きくして、来るなという意思を放つ。

すると、塊はこちらへ来ようとしていたのに、仰け反るような形になったかと思うと、地獄のような叫びを上げた。

『やめろー!体が…体が引き裂かれる…!!』

紫翠が、サッとこちらへ飛んで来て三人と並んだ。

塊は、のたうちながら後ろへとどうと倒れて、そして、バラバラに爆発するように飛び散った。

「うお…!」

維心は、さすがにそれが飛んで来るのは阻止しようと 更に気を、今度は意識して放った。

維心の気は社を突き破る勢いでその中いっぱいに充満し、一瞬目の前が真っ白になった。

それが収まった後、社の畳の上には多くの人型が倒れて、転がっていた。

「…やはり主なら一撃よな。」翠明が、息をついた。「普通は我の気を受けて少しずつ引き剥がさせるのだが、主はあれ以上あれが近付くのが嫌だったのだろう?」

維心は、何度も頷いた。

「あんなものが近くに来るなど許せぬわ。亡者であってもならぬのに、あんなものに成り果てたものなど。あり得ぬ。」

炎嘉が、何度も頷いた。

「あれ以上近付いたら我は吐いておった。」

翠明はため息をついて、言った。

「我らはそれを長年処理して来たのだ。」と、紫翠を見た。「上がる意思のあるものを頼む。」

紫翠は、頷いて倒れている人型に寄って行く。

維心の目から見ても、かなりの穢れが祓われていたので、行く意思があるならすんなり送れるだろう。

翠明は、中央に倒れる人型へと足を進めた。

「…こら。寝ておる場合ではない。消されなんだだけでも幸運だと思うが良いぞ。主も、昇るのだ。」

その男は、目を開いて翠明を見上げた。

人の、普通の男のように見える。

維心が、結界外で見たその姿だった。

「…あれを結界外で見たのだ。」維心は言う。「確かにあれぐらいで、ということはあの後短時間でかなりの数の命を取り込んだということか。」

炎嘉は、維心の後ろで身震いした。

「ならばそうだろうの。見付かって黄泉に送られると慌てたのだろう。いったい、何に執着してそのような。」

男は、回りで歓喜の声を上げながら黄泉へと昇るもの達の光の中で畳の上に座り込んだまま、言った。

「…どうしても、一矢報いたい相手がおります。私は、それに地位を奪われ暴走し、命を落とした。どうしても、あれ以上の力を付けて、あれを追い落としたい。それには神になるしかないと…。」

翠明は、眉を寄せた。

「何かの策略にでも掛かったか。だとしてもそれはそれ自身の穢れであって、そやつも後で必ず報いを受ける。それを成すのは主ではない。我ら神は見ておるし、黄泉とて甘くはないからの。誰が知らぬでも、己自身が知っておる事は、黄泉もまた知っておる。報いを受けずに死んだとしても、黄泉では必ず報いを受ける。その方がむしろつらい。生きておれば、生き方を正す事で穢れが祓われるからの。人が人を断じたらそれは相手の祓いにはなろうが、断じた側が穢れを受けるゆえ、そういう事は神や黄泉に任せておくのが良いのよ。」

男は、顔を上げた。

「だからこそ!」と、必死な顔をした。「…私は、人を死んだ人の霊から助ける仕事をしておりました。相手は、私の弟子だった。私は師匠から知り得た知識をそれに教えて、共に祓って生きていた。なのに…あれは力をつけて、私を差し置いて多くの施術をするようになった。私より安価で、確実だと皆が皆そちらへ行き始め…私は、焦った。時に私に相談に来たりしておりましたが、私から仕事を取り上げておいてと相手にしなかった。家族を養わねばならなかったし…だが、仕事は減る一方で。焦るうちに、私は霊の声が聞こえなくなった。見えなくもなった…。」

能力者だったのか。

維心達は、合点がいった。

元々それなりの力を持っていたからこそ、多くの人を取り込めた。そこらの亡者なら、一溜りもなかっただろう。

そして、欲は時に穢れだ。過ぎた欲のせいで、恐らくは能力を失くし、見えなくなったのだろう。

人の能力者は、大きなリスクを負ってそれを使っている。

それを行使するにたる命だと認められているからこその力であり、それを己の欲のために使い始めたら途端に力を失くす。

そして、それまで神の力を借りて生活していた、その信頼を踏みにじることになるので、失った時の穢れの大きさは半端ない。

それに引かれてまた、良くない亡者などが取り込もうと寄って来るので、その最後は悲惨なものになる。

正に一時の迷いが命取りの、それはリスクの高い能力だった。

もちろん、それを使わず普通に生活していればそんなリスクは負わなくて済むので、実際に人を助けている人の能力者達は、それは高い意識の持ち主ばかりのはずだった。

そんなリスクが伴う事は本人達も知っているので、本当に能力を持って施術をしている者はかなり少なかった。

その少ない一人であったのに、この男は道を誤ってしまったのだ。

「…力を失ったのに、報酬を受け取って助けるふりをしておったのではないか?」

翠明が言うと、男はギクリと肩を震わせた。

維心と炎嘉は眉を寄せる。という事は、穢れが重過ぎる。

神を偽るという罪を背負ってしまっているのだから、まず平穏な黄泉になど行けぬだろう。

それどころか、まず黄泉の門までたどり着けるかどうかも分からなかった。

道が、果てしなく長いだろうからだ。

「…死してからの穢れであったら何とかなるが、生前そのような穢れを受けておったなら我らにはどうしようもないぞ。」炎嘉が言った。「黄泉で祓うしかない。」

翠明は、息をついた。

「であるな。」と、男を見下ろした。「主は知っておったはずだ。力がある時世話になった神が言うてはおらなんだか。己の欲のために神を裏切り、その好意を踏みにじったらそれは大きな穢れとなって死した後も苦しまねばならぬと。己の恨みなどで己を毒して欲に溺れ、神を偽った罪は重過ぎる。主は我らではどうにも出来ぬ命よ。だが…恐らく、黄泉が。」

維心は、頷く。

「我らがこうして一堂に会しておるのだから、気取っておろう。恐らく、このような命ばかりが送られる区画へ引きずり込まれる。」

翠明は、頷く。

その男はどういう事だと怯えた様子で皆の顔を代わる代わる見ていたが、その両脇に立つ、人型だが真っ黒い色しかない二人は、しわがれた声で叫び出した。

『どういう事だ…!!大きくなったというのに…!!また一から集めて回るのか!』

『くそう…!!何度でもやってやる!やってやるぞ!』

「顔も忘れるほど古い奴らだの。」翠明が、言った。「主らはこの男より更に穢れておる。まあ、碌な目には合わぬだろうが、迎えが来るまでここで居れ。無理に出ようとしたら、穢れ切っておるから命が霧散するやもしれぬぞ。ガチガチに穢れに凝り固まった命は、我らの気に触れたら衝撃で砕け散る可能性がある。今ので分からなんだか。分裂したであろうが。」

回りを見ると、もうこの三体以外の命は全て、黄泉へと去った後だった。

紫翠は、戻って来て翠明の横へと来た。

「父上、終わりました。これらは無理でしょう…これだけ神の気に触れていても、穢れ切っていて重過ぎてとてもあちらへ昇れぬでしょうし。」

翠明は、頷く。

「ご苦労だったの。」と、維心と炎嘉を見た。「黄泉待ちぞ。ちなみに前は黄泉が連れて行くまで一年掛かった事がある。その時には、中で暴れ回ってとっくに命はバラバラよ。それでも回収されて参った。あんなもの、何に使うのだ。」

それには、維心が答えた。

「新しい命の素材ぞ。とはいえ、穢れた命は使わぬから、単に始末しただけではないかの。欠片とはいえ、そこらに放り出しておいたらまた亡者が己の力にしようと食いよるからな。餌を放置しないために回収したのだと思われる。曲がりなりにも数千年ほど道を歩けば、まだ転生出来るだろうにそれすら叶わぬようになるのだから、粉々になったら不憫かの。まあ、黄泉もこんなものを多く抱え込みたくないゆえ、粉々になるのを敢えて待っておるかもしれぬがな。」

翠明は、息をついた。

「籠めておかねばならぬこちらの身にもなって欲しいわ。とはいえ、これら三人ぐらいの力では、ここはびくともせぬ。このまま見張りだけ置いて放置になろうな。面倒であるが。」

維心と炎嘉は、心底同情したような顔をして翠明を見た。

こんなものを結界内に飼いながらただ待つなど。

「…それは面倒な。なんなら我がさっさと砕いてしもうても良いが。これだけ穢れておったら、普通の命とは種類が違っておるゆえ簡単に出来るがの。」

黒い顔の二人はその言葉にも気付かずのたうちながら祠の中を動き回っているが、核になっていた男はギクリと顔を上げた。

翠明は、さも嫌そうに首を振った。

「心惹かれるが、このまま放置するわ。黄泉が回収してくれたら、これらにも機を与えてやれる。長く掛かっても何とかなろうし。だが、砕けてしもうたら新しい命の素材にすらなれぬのだろう?それではあまりに哀れであるから。多くの人と同じように、これらも間違ってしもうただけなのだ。そして、退くに引けぬようになってしもうただけで。」

維心は、それを聞いてやはり、翠明は人の世話をして来たのだな、と思った。

「…主は人想いよな。我らとは違う。我らは、間引いてでも地上を守る方を選んで、リスクは取らぬからの。ま、気が変わったら申せ。さっさと砕いてやるゆえの。」

そうして、維心は踵を返した。

炎嘉も、急いでその後を追う。

翠明は、飛び立って行く二人を見上げながら、またしばらく気が抜けないとため息をついていたのだった。

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