祓い
西の島南西の宮では、もう臣下達が構えて待っていた。
皆が皆真っ白い着物を身に付けていて、まるで葬式だ。
一昔前までは、葬式というと穢れを嫌う神達は、こうして真っ白い着物を身に付けたものだった。
最近では、人世でもそうであるように、黒い着物を身に付ける。
参列するほどの神の葬式となると、祓いは済まされていて穢れなどないので、それよりは悲しんでいる、暗い気持ちである、と、皆に知らせるのに良いだろうという考えからだった。
それでも確かにこんなあからさまな穢れを前にすると、やはり昔からの風習通りに、己は穢れていないことを知らせるために、真っ白い着物に身を包む。
目に見えて黒い穢れの気配を、逃がさず消し去るのに黙視しやすいからだった。
紫翠が、真っ先に進み出て言った。
「父上、人の社の方へ。あちらは臣下が結界を張って人が入れぬようにしてあります。」
翠明は、頷く。
「ならばそちらへ。八佳は?」
紫翠は答えた。
「近付いてはいけない気配を察して、他の神主達も遠ざけておりますところ。あれが勘が良いので助かりますな。」
翠明は、頷いて維心と炎嘉を振り返った。
「一佳の末の男が今の宮司でな。八佳と申す。あれがこちらの意図を察してくれるので助かるのだ。見えてはおらぬが、かなりのことを気取るのでの。いつもあれが祓いに使う社が神社の敷地内にあって、我らは神の都合で祓いたいものがある時は、そこを使うので人を払うのだが、結界を張るとあれが気取って誰も近寄らせぬのだ。そちらへ参ろう。」
二人は、黙って頷く。
翠明は、紫翠と他白装束の臣下達と共に、ぶら下げた亡者を引き摺ってそこから神社の方向へと飛んだ。
炎嘉が、それに続きながら言った。
「我の神社ではこのような事はないな。何しろ亡者の祓いとなると、人の間では翠明の神社が有名なので皆そこへ行くのだ。大層なものでなければ我の神社にも来るが、それなら人の能力者でも祓える程度のものであるから。わざわざ我らが何某かする必要もない。」
維心も、それに頷く。
「我のところも。そもそも我の結界に入れる亡者など居らぬから、来た時には消えておる。出てからは知らぬから、また憑かれていてもこちらは関知せぬしの。我は子宝安産の神とか言われていて、そっちの祈祷ばかりが多いゆえな。」
炎嘉は、息をついた。
「我は芸能、金運の神とか言われておるそうな。別にそれに特化した神は他に居ると言うにの。なぜに人はそう思ったのか知らぬが。」
維心は、クックと笑った。
「どうせ勘の良い人が主らの姿を垣間見て、派手であるからそのように申したのではないのか。見られる職業なら目を引く容姿の方が良いものの。」
炎嘉は、ブスッとした顔をした。
「あのな、真剣に言うておるのに茶化しおって。」
翠明が、チラと振り返った。
「神の結界に入れぬ亡者など居らぬと言うが、人に憑いておったらこの限りではないのだ。人の中に入り込んで居るから、それに守られる形で入って参る。確かに単独では入って来れぬが、なのでここには憑かれた人がやって来るのだ。それを引っ張り出して祓うのが八佳の役目。あれが我ら神に祈って我らが力を貸す形ぞ。直接触れるのはさすがに穢らわしいので、八佳を通して祓うのだ。八佳は元神の一佳の末なので力を大きく使えるので、格段に処理する速度が上がってな。」と、玉を見下ろして息をついた。「とはいえ、ここまで力を持たれたら八佳では無理。なので八佳を遠ざけて我らでやるしかないわけよ。あれも己の手に負えぬやつが来たら、ここにそれだけ残して札で封じてここを去る。そういう時には我らが祓ってやるわけだ。大概穢らわしいがの。」
炎嘉が、それには頷いた。
「それは知っておる。だが、我らの結界内には身の内に居ても入れる亡者は少ないので、亡者の方から一時出るのだ。そのまま結界内に留まれば良かろうが、人には生活もあるし。大体がまた、出る時に憑かれる塩梅ぞ。」
維心は続けた。
「我の所もそうだが、下位の宮では中に入れたら大変だと、入り口で阻む事もあるとか聞くな。目に見えて空気を動かして風を起こし、宮司に知らせて憑かれた人を入れぬようにずるそうな。下位の神では手に負えぬような亡者も居るのは事実であるしの。」
翠明は、地上へ降り立ちながら息をついた。
「我らだって阻みたいわ。だがの、ここが阻んでしまったら、憑かれた人はどうなるのだ。最悪食われて命を取り込まれ、またその亡者は力を付ける。ここがやるよりないのだ。案外に我ら、人を助けておるのだぞ?まあ…公青と気が入れ替わった時から、やりやすうなって助かっておるがの。」
維心は、そうだ、と思った。翠明は最初からこの気であったのではない。
そもそもがそんなに大きな気を持ってはおらず、あちらの下位の宮の王ぐらいだった。
そんな頃から人のために穢れた亡者を祓い、人を助けて来た。
翠明を奉る神社が大きいのも、道理だったのだ。
人は、助けてくれる神のために、より大きな社を建てて手厚く奉るもの。翠明の父もそのまた父も、必死にやって来たのだろう。
そう思うと、公青と気が入れ替わっていて良かったのかもしれない、と維心は思った。
炎嘉より少し弱いぐらいの気を、今の翠明は持っているからだった。
もしかしたら、この島で翠明に付く神が多いのも多くの人に敬われていたからかも知れない、と思えた。
翠明は、維心がそんなことを考えているとも知らず、社の中へと玉に籠めた亡者を入れた。
その社のある場所には、また鳥居が設置されてあって、普段でも他と隔絶されているのだと分かる。
今は誰もそこには居らず、真新しいしめ縄が紙垂をぶら下げた状態で回りに張り巡らされ、恐らくは八佳が誰も入れないように新たに張ったのだと思われた。
社の前には普段は無いのだろうが、白木の台が置いてあってその上に白布が掛けられてあり、白い徳利に酒 が入れられて置いてあり、紙垂の付いた榊、そして皿の上に塩、米が並べられてあった。
八佳がここで、祓いが行われるのを気取って準備させたのだと思われた。
そして、社自体にもしめ縄が張られてあり、どうやら中に籠めやすいようになっているようだった。
社の中には何も無く、がらんとしていて畳だけが敷いてある。
正面の奥には白木の台があって、大きな御弊があった。恐らくは、そこに降りるようにあるのだろうと思われた。
「神籬と申すより、ここから力を八佳に送るのだ。」翠明は、御幣を見て言った。「降りる必要はないからの。普段は臣下が見ておって、ここから力を送っておる。今回は必要ないがの。」
炎嘉は、社の中央に置かれた玉を見つめて、顔をしかめた。
「…して?どうするのだこれは。玉に入れたままでは祓えまい。」
翠明は、頷いた。
「そうよ。ゆえにこの中に籠めるためにしめ縄が張られてあるのだ。」と、スッと気を飛ばした。「今、社の回りだけ更に結界を張った。これはここから出ることは出来ぬ。出たとしても外に社を囲む結界があるし、神社からは出られない仕様になっておるのだ。神の結界を、一つ破るだけでも大きな力を使うし、普通は二つは無理。まあ、外へ出ようと力を使わせて力を削ぐのも目的の一つなのだ。亡者もせっかく貯めた力を失くしたくないゆえ、隙を伺うが無理に破ろうとはしないものであるがな。」
張り巡らされた社のしめ縄が、力を持ったのが分かる。
翠明の力を得て、それは確かな結界となって社を包んでいた。
「父上、玉を開きますか。」
紫翠が言うと、翠明は頷いた。
「開く。外は良いか。」
外を振り返ると、白装束の臣下達が社を囲んで立っているのが見える。
どうやら、何としてもここから逃さない構えで居るようだった。
紫翠は、答えた。
「はい。万が一のために皆、外で控えておりまする。」
翠明は、手を上げた。
「ならば、玉を開く。」と、維心と炎嘉を見た。「主らは万が一にも襲われることは無いであろうが、逃げ惑って何をするか分からぬから、一応構えておくようにせよ。」
維心と炎嘉は、頷いて玉を睨んだ。中では、気を失っていただろう亡者が、今では黒い姿で何やら蠢いて、外へ出ようと探っているように見えた。
「よし、開く。」
翠明が言うと同時に、玉がパカッと割れて消失した。
中からは、吐き気がするような気を放つ存在が、もはや人の姿でもなく何やらうねうねと蠢く肉の集まりのような姿で、ワッとおぞましい気を撒き散らして現れた。




