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厄介

焔は、龍の宮からの書状に目を通していた。

目の前では、書状を持って来た筆頭重臣の河が膝をついて焔の指示を待っている。

人の亡者と…?

焔は、もしかしてあちらから逃れて来たそれが、昨夜からのおかしな気の元凶なのではないかと眉を寄せた。

維心の膝元から、油断していたとはいえ義心を弾き飛ばして逃げるほどなのだから、面倒な力をつけてしまっている亡者なのは分かる。

だとしたら、さっさと消してしまわねば、確かに面倒だった。

「…維心に書状を。もしかしたらこちらに逃れて来ておるやもしれぬと…、」

そこまで焔が言った時、弦が物凄い勢いで居間へと飛び込んで来た。

「王!」と急いで膝をついた。「屋久様が!人の亡者に…!祠に潜んでおったのです!只今結界を張って中にお籠めしておりますが、食われるのは時間の問題かと…!」

屋久が?!

焔は、立ち上がった。

「参る!」と、膝をついて待っていた河に言った。「河!維心に屋久が食われると急ぎ返せ!」

そうして、そこを弦と共に物凄い勢いで出て行った。

取り残された河は、急いで龍の宮へと遣いを送ったのだった。


維心はその頃、炎嘉が訪ねて来ていて、居間で対応している最中だった。

炎嘉も、面倒な気を感じる事は多いらしいが、大体がさっさと祓って黄泉へと送るので、大事になった事は無い。

何しろ、炎嘉の結界内には人の集落も多くて、もちろん人は生まれるが死ぬので、亡者になってしまう者も多かった。

それでも、炎嘉の領地の結界内なら炎嘉の気が満ちているので大層な事になる前に、さっさと祓われて時間が掛かっても黄泉へと無事に昇る。

だが、結界外にはそれが無いので、たまにそんな迷った亡者が徘徊していることもあったのだ。

「主がわざわざ申して来るからどんな面倒なやつかと思うたが、それなら見つけたらさっさと消して終いよな。逃げたということは、真っ向からでは太刀打ち出来ぬのを知っておるからだろう。いくらなんでも人を取り込んだぐらいで、神に敵うとは思えないがの。」

維心は、息をついた。

「ならば良いが。あの時我がさっさと消しておけば良かったわ。たかが人と義心一人に任せたのがまずかった。案じておるのは、神でも取り込んだらと思うたからぞ。まだそんな力は無いかと思うが…。」

そこへ、鵬が転がるように入って来た。

「王!焔様から、お急ぎの書状が!」

維心と炎嘉は、眉を寄せてそちらを見る。

鵬は、膝をついてスライディングでもしているように維心の前に進み出ると、それを手渡した。

維心はサッと書状を開いて、そして言った。

「…北へ逃れておったか。」と、炎嘉を見た。「屋久が取り込まれそうだと。」

炎嘉は、椅子から飛んで立ち上がった。

「ならぬではないか!すぐに参ろう!」

維心は、手を振った。

「焔が居るのに。翠明にも来させる。」と、鵬を見た。「帰ったところだが急ぎ焔の宮へと。我らは先に行くゆえ、急げと申せ。屋久が取り込まれそうだと。義心に行かせよ。」

鵬は、義心と聞いて事の重大さを知り、慌てて頭を下げた。

「は!」

そして、転がるように出て行った。

炎嘉は、眉を寄せた。

「それほどか。いくら下位の王とて人ごときに取り込める命ではあるまい。」

維心は、立ち上がった。

「また何かを取り込んで力をつけていたのかも知れぬ。それに、このままでは食われると言うて来たということは、今は取り込まれる過程におるということぞ。屋久は老いても神であるなら、穢れに抵抗しておるのだろう。翠明なら万が一にも対応策を知っておる。あれに任せるのが一番ぞ。」

炎嘉は、窓へ向かった。

「とにかく、早う参るぞ。いよいよとなればさっさと黄泉に放り込めるのは主しか居らぬ。穢れ切った命になど関わりたくもないのにの。」

維心は、同じように窓へと向かいながら、頷いた。

「我とてそうよ。だが、翠明だってそうだろう。あれは人の世話をして来たばかりに…誠に面倒だと思うておろうな。」

二人は、そのまま焔の領地へと飛び立った。

日は真ん中から少し傾いて来ていた。


焔は、屋久が封じられている現場へとたどり着いていた。

軍神達の結界が三重に囲む中、屋久は額に青筋を立てて唸っている。

その体からは、嫌になるほど穢らわしい気配が段々に膨れ上がって大きくなって来ているのが見えた。

屋久の宮の軍神達が、回りでどうしたものかとうろうろと歩き回って中を覗き込んでいる。

そこには、澪久も居た。

「焔殿!」澪久が、焔の姿を見て駆け寄って来た。「父上が…人の亡者などに!」

焔は、頷いた。

「分かっておる。」と、目を凝らした。「…どうやらここらの亡者も取り込んで、かなり力をつけておったようであるな。維心の結界近くに居たようだが、神になりたいと黄泉へ行くのを拒み、こちらへ逃れて来ておったようよ。今維心に遣いをやったゆえ、もう来るだろう。我でも、中に入られていては無理に引き剥がすのは困難よ。屋久の命に関わるゆえな。」

「そのような…。」

澪久は、へなへなと膝をついた。

こんな形で父親を失おうとは思ってもいなかったのだろう。

どちらにしろ、屋久を助け出せたとしても、この穢れではダメージは計り知れないだろうからだ。

…複数の気を感じる。

焔は、眉を寄せてそれを見た。

人の気ばかりが数十個感じられるところをみると、この亡者はかなりの人の亡者や命を取り込んで来たと思われた。

取り込まれたもの達は、苦しんでいるものも居れば、すっかり染まって邪悪になっているものも居る。

この中から、苦しんで居る命だけを助けて祓うのは並大抵の技では無理かと思われた。

まして人の能力者などなら、命を落とす可能性があるので、とても任せる事は出来そうになかった。

「…厄介なものが育っておったことよ。」焔は、心底思ってため息をついた。「この上屋久までとなると、もう人の能力者が束になって掛かっても無理であろう。我らが何とかするしかないが、あいにく我には技の知識がないからの。下手に手を出したら、もっと面倒なことになるやもしれぬし…困ったことよ。」

そこへ、大きな気が二つ、やって来るのが感じられた。

焔が振り返ると、維心と炎嘉が、みるみる大きくなって来て、そこに浮いた。

「焔。主の気配を追って来た。」

焔は、地上へ降り立つ二人を見た。

「来てくれたか。」と、唸る屋久を見た。「これぞ。」

炎嘉が、あからさまに嫌な顔をした。

「思った以上に穢れた命であるな。身の毛がよだつわ。」

焔が頷くと、維心は言った。

「…結界を解け。」

焔は、両方の眉を上げた。

「だが、いつ何時屋久が食われて逃げ出すか分からぬのに。」

維心は、首を振った。

「良いから。早うせよ。」

焔は、仕方なく戸惑う弦を振り返り、頷きかけた。

弦は、他の二人の軍神にも頷きかけて、屋久を包んでいた結界を解いた。

途端に、ダイレクトに穢れた気がこれでもかと周囲に溢れて来た。

「く…っ!やはり結界に籠めた方が良いのでは。」

炎嘉が、それは不快そうな顔をしながら己を守る神の気を大きくする。

穢れから身を守るために神なら自動的に無意識にやることで、そこに立つ神は皆、軒並みそんな感じで穢れを押し返して触れた先から祓って行く。

維心はそれは嫌そうな顔をしながらも、一歩、また一歩と屋久へと近付くと、屋久がカッ!と目を見開いた。

「…忌々しい!離れよ!」

途端に、バチンという大きな音がして、黒い気配が屋久から弾き飛ばされた。

「…正解よ。」上から声がしてそちらを見ると、翠明が浮いていた。「これだけの力のある神の気に晒されて、力が弱ったところを屋久が己で弾き飛ばしたのだ。今なら」と、手を上げた。「こうして籠められる。」

翠明から出た力は、弾き飛ばされて人型で倒れていた亡者を分厚い玉に封じ込めた。

維心は、翠明を見て言った。

「やはりそうか。我らが集まっておるから、普通なら存在することすら出来ぬ存在であるはずだと咄嗟に思うたのだ。」と、ゼエゼエと息を上げる屋久へと視線を移した。「屋久。大丈夫か。」

屋久は、血走った目で維心を見上げた。

「誠に地獄を見た思いぞ。あのように穢らわしいものが我を身の内に取り込もうと包んで参って気が狂いそうだったわ。だが、取り込まれたら黄泉には行けぬ。せっかくにそろそろ春香と会えるかと楽しみにしておったのに…絶対に否と抗っておった。」

翠明は、屋久の近くに着地して頷いた。

「その強い心が阻んだのだの。主で良かった、そこらの神ならあっさり取り込まれたかもしれぬ。何しろ、穢れに苦しむよりは穢れた方が楽になるわけであるから、穢れを嫌う神には抗うのが難しいのだ。」

焔は、息をついた。

「して?これはどうするのだ。」と、脇に転がされた亡者の入った玉を忌々しげに見た。「まさかここに転がしておくなど言わぬだろうの。」

翠明は、嫌そうな顔をしたが、言った。

「そうしたいところだが、そういうわけにも行くまい。我が持って帰って何とかするわ。あちらには取り込む亡者も居らぬし、我が民達は長くあんなものに晒された過去があるゆえ対応を知っておる。こちらより安全であろう。とはいえ…面倒なものぞ。ここまで力を持ったやつは、あっさり消えぬからな。手伝ってもらわねばならぬやも知れぬぞ。」

維心が、近付くのも嫌そうだったが頷いた。

「分かっておる。とにかくは、何とかしてくれ。穢らわししゅうて目の端に触れるだけで不快ぞ。」

翠明は、よっこらせ、と玉を持ち上げて浮き上がった。

「我だって同じよ。だが、誰かが何とかせねばなるまいが。」

翠明が浮き上がると、翠明の軍神達が回りを囲んで玉を睨んだ。

恐らく持って帰るのも警戒せねばならなくて大層なのだろう。

維心と炎嘉はそれを見て頷き合うと、焔を見て言った。

「では帰る。主もこの際領地脇の祠など見回らせておいた方が良いやも知れぬぞ。我らはこのまま翠明について西の島南西の宮へ行く。」

焔は、頷いた。

「頼んだぞ。一度総ざらいしておくことにする。」

そして、先を行く翠明達を追って、維心と炎嘉は飛んで行ったのだった。

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