気になること
月の宮では、碧黎が帰って来ない事もあり、維月は維心と共に、維心の対へと帰っていた。
将維も、維心が来たのを知ってすぐに北の対から戻って来たが、維心はそのように戻って来ぬで良いと言って、将維を好きにさせていた。
なので将維は、今は高瑞とヴェネジクトと共に、今の神世の事について話しに戻って行ったのだった。
維心は、言った。
「それにしても面倒な事になりそうだと肝を冷やしたわ。天黎は、主と恋愛をしようかなどと言うておったではないか。どうなるのかと思うた。」
維月は、維心を見上げて苦笑しながら頷いた。
「はい。他意はないのですわ。たまたま、あそこに居た月の眷族の女が私であっただけで。でも、特別な感情はもたぬ方が良いと言うておりましたし、私もそのように。お父様を作ったほどの、いえこの世界を造ったほどの力の命ですのに、それが誰かに懸想でもしたら天黎様が言うように不公平な事になりますものね。でも…感情は、無いとおっしゃっておりましたが、私は無いのではなく、それを発露するような場がなかっただけではないかと思うております。だって、確かに私を黄泉へと引きずり込もうとなさっておった時は、お父様に対して怒ってらしたと思うから。外からの刺激で、きっとそんな感情が芽生えたのではないでしょうか。だとしたら、始めから無いのではないので、これから側近くに居て体感しつつ生活しておったら、自然いろいろな感情を持つようになるのでは、と私は思うておりまする。」
維心は、頷いた。
「我もそのように。とはいえ、ああいう存在が感情的になるのもどうかとは思うがの。」
維月は、言われて頷き返した。碧黎でも大概大き過ぎる力だと思っていたのに、更にその上を行く力を持つ神が、感情などに振り回されるようなことがあっては大変だ。
維月が黙ってため息をついて庭へと視線を向けると、維心は言った。
「それよりも…十六夜は、主が居らぬと節操がないの。簡単にまた命を繋ぐなど、よう相手を知ってからでなければならぬ事は考えても分かろうに。天媛がそれを重要視していないのはそうだが、十六夜はあれで痛い目を見ているし、そうそうあちこちでそんなことをしてはならぬのは分かっているはずぞ。困ったことにならねば良いが。」
同感だったが、維月は十六夜の気持ちも分かったので、言った。
「…特に想う相手が居ないからこそ、だと思うのですわ。十六夜はあんな風ですけど、寂しがりなところがあります。私の事を妹だと思っていても、ああいう事をしようとしたのは、自分を心から受け入れてくれる相手が居るのだと思いたいからだったと思うのです。今はそれも居なくて、寂しい思いはしていたはずですわ。だから、誰であっても十六夜の側に居れば、きっとそういう相手になった可能性はあります。でも、あれで律儀なので責任を取れない相手とはしないと思うし、大事にはならないとは思うのですけれど…。」
維心は、むっつりとした顔をすると、維月を見た。
「それでも、相手が天媛であるぞ?大事にならぬと主は誠に思うか?」
維月は、言われて眉を寄せた。確かに、あの命と命を繋ぐなんて…それでも、天黎が全く気にしていないのがせめてもの救いだ。
維月と維心がふうとため息をまたついていると、目の前にパッと碧黎が現れ、そうして次に、天黎が現れた。
二人は今、二個一のようなもので、いつもこんな風だったが、碧黎は諦めているようで、十六夜のように逃げ回るような事はなかった。
「行って来た。」碧黎は、二人の前に歩いて来て、目の前の椅子へと座ると言った。「命を繋いでおったわ。天黎が引き離せると言うたが、どうやら天媛は十六夜に考慮して記憶を流しているようだったので、それは頼まなかった。」
天黎が、碧黎の隣りの椅子へと座って、頷いた。
「これが必要ないと申すから、そのままにして参った。主らは何やら深刻な顔をしておるが、それを懸念しておったのか?」
維心が答えた。
「主が良いなら、別に天媛が十六夜と命を繋いでいようと構わぬのだが…記憶の方も問題ないと申すならなおさら。だが、主はそれで良いのか。」
天黎は、眉を上げた。
「我?なぜに?言うたように我らにはあのような事は何の意味も無いのだ。ゆえ、別に何も思わぬがの。」
やはり、天媛には興味も無いのか。
維月は、さすがに長い時間一緒に来たのにそこまで無関心なのは少しむっとして、言った。
「ですけれど、長い年月共に参りましたでしょう。もし、天媛様が別に片割れが良いとか申したらどうなさるのですか?それでも、何も思われませんの?」
天黎は、真面目な顔で答えた。
「同じ場所に居っただけと申したよな。別に我ら、お互いに選んで共に居ったのではないのだ。気が付いたらお互い隣りに居て、対と言われておっただけ。確かに同じ景色を見て、同じ命を育んではいたが、基本我がやっておったし、あれは見ておっただけぞ。地上を見て、主らの動きを見て、そうして己の中で己を成長させるべく葛藤するのだ。己との戦いであるから、隣りに誰が居ろうと基本、関係ないのよ。何かあったら分かる程度であるな。」
まるで電車がバスで偶然隣同士になった二人のような言い方だわ。
維月は思った。居るのは分かっているし、何かあって助けを求めているなら助けるが、基本無関心でずっと来たということだ。
「主…では、会話も無いのか?」
維心が言うと、天黎はすぐに頷いた。
「無い。同じものを見ておるし分かるであろう?何か問題が起きて、そうであるな、命を作るとかそういう用がある時は、話す。それだけぞ。あれにも用がある時以外は邪魔をするなと言うてあったし。」
ということは、天媛はずっと自分とだけ向き合って来たのだろう。
唯一話せるはずの天黎がこんな風なので、ただ黙って見ているしかなかったとしたら、今十六夜にいろいろ纏わりついて話している気持ちも、分かる気がした。
自分なら、ずっと黙っていなければならないなんて、息が詰まりそうだからだ。
「もし私なら…寂しかったと思いますわ。」維月は、言った。「維心様やお父様が隣に居るのに話し掛けるなと言われて、じっと黙っておるなんて。それが一時ほどなら堪えましょうが、長い年月己だけと向き合うなど、辛すぎて無理です。思い浮かんだ事を相談したりしたいですし…それすら禁じておられたのでしょう?」
天黎は、特に何の感情もなく頷いた。
「それをしておる対も居たようだが、我は己の思考の邪魔をされるのは鬱陶しかったからの。あれは何だ、これはどうだと、今考えておるから黙れとなるゆえ、話し掛けるなと言うておった。」と、少し黙った。そして、続けた。「…我の事は良い。主らにしたら珍しいし話も聞きたいであろうが、今は己の責務に目を向けよ。気にするでない。」
そう言われても、気になった。
だが、碧黎が顔を上げた。
「…そうよ。」と、維心を見た。「あまりこちらに来ておるのは良くない。なんなら維月を連れて参って良いから、もう帰った方が良い。」
維心は、スッと眉を寄せた。
しかし、維月は言った。
「まあお父様?まだ一週間ほどしかここに居らぬのに…」
維心は、割り込むように言った。
「戻ろうぞ。」維月がびっくりしたように維心を見たが、維心は続けた。「すぐにの。将維は置いて行く。ここでしばらく学ばせてくれぬか。」
碧黎は、頷く。
「そろそろ地の事も教えておかねばと思うておったところ。帰る。」
維月は、もう立ち上がる維心に驚いて言った。
「維心様?今来られたばかりですのに、せめて今夜は…、」
維心は、首を振った。
「帰る。維月、将維に言うて参れ。あれも中身は子供ではないし問題ないわ。我は蒼に挨拶を。」
維月はまだ納得が行かなかったが、しかし維心が意味もなくこんな事を言うはずはない。
なので仕方なく、頭を下げてそこを出て将維を探して出て行った。
碧黎は、それを見送って言う。
「心当たりがあるか。」
維心は、碧黎を軽く睨んだ。
「出掛けにの。義心が気になる事を申しておった。様子を見るかと思うておったが、主と天黎がそう申すからには何かあるのだろう。帰って調べさせる。」
天黎は、感心したように言う。
「ほう、やはり勘が良いの。」と、碧黎を見る。「よう育っておる。これは誠に面倒の無い命よな。どこで見つけた。」
「黄泉で。」碧黎は答えてから、じっと聞いている維心をせっついた。「蒼に挨拶するのではないのか。行って参れ。」
維心は、じとーっとした目で碧黎を見る。
「…我を黄泉で見つけたのは知っておる。初代龍王の維翔であろう?書庫で記憶の玉を見つけた時に言うておった。」
碧黎は、息をついた。
「そうよ。まあ良いか。」と、天黎を見た。「初代龍王の命が自然発祥なのにそれは優秀であった。それが黄泉へと参った時に、あちらで穏やかに過ごしておる間に少しずつ手を加えて、命の力を強くした。それに結構な年月がかかってしもうて。とりあえず置いておいて、先に別の命を龍王として生み出したが、これそっくりで賢しくて、腹の中で意識を鮮明に保ちおったから、生まれ出る時に母を殺すと生まれることを拒否して母が死ぬまで腹で眠っておった。」
その命の事は知っている。
前世の維明、維心の叔父の事だった。
確かに維心にそっくりで、しかし叔父はその気を隠して隠居し、維心の妨げにならないようにとひっそりと暮らしていたのだ。
維心がそれを思い出していると、天黎は答えた。
「見ておった。それにしても主は上手くやったわ。時を掛けたらこれほどに優秀な命が出来るかと、我は目を開かれる心地であった。気の長い事であったが、主はそれをした。我らは、必要な時に必要な命を見繕って来るか、二人で生み出すかという感じでな。三千年ほど手を加えたら出来るのならやっておくかと思うたものよ。」
自分はそんなに時間をかけて作られたのか。
維心は思いながら聞いていた。碧黎は、頷いた。
「腹から出ぬから失敗だと、やはり維心を世に出す事を考えたのだが、これは誠に優秀で。良かったと思うた。時を掛けた甲斐があったもの。今でも神世はこれに頼っておるからな。」
物のように言いおって。
維心は思ったが、それで生まれて維月に出逢ったのだし文句も言えない。
「…やはり我は行く。」維心は、扉へ向かった。「蒼に挨拶を。維月には、戻って参ったら出発口へ来るように申しておいてくれぬか。」
碧黎は、頷いた。
「伝えておく。」
維心は頷き返して、歩き出した。
それにしても、自分のルーツなど聞くものではない、と維心はため息をついていた。




