好奇心
その少し前、十六夜は天媛の言う通りに励め励めとうるさいので、ほとほと嫌になり、瀬利の屋敷を出て行き場もなく宙を彷徨った。
本来なら月に帰るところだが、月に戻っても難なく追ってきて、しかもより鮮明に声が聴こえる状態なのでそれも出来ず、月の宮には天黎まで居るのでこれが2倍かと思うと戻れず、仕方なく今は無神の、地の宮へとこもった。
そこには碧黎の結界が元々あるので、その中に更に自分の結界を張り、中に籠ればさすがに声も遠くなるかと思ったのだ。
だが、天媛は難なく中まで追ってきて、珍しげに中を見回した。
「なんとの、こんな感じか。やはり目で見ると違うの。あれがここを作った時には、また神のような事をしてと思うたものだが、面白い。」
十六夜は、うんざりして天媛を見た。
「なあ!」天媛がこちらを向く。「もう放って置いてくれないか。オレはもう限界だ!うるさいんだよ、ああじゃねぇこうじゃねぇっていちいち!」
天媛は、真顔で答えた。
「主が完璧にこなせるのなら我とて口出しはせぬ。だが、いくら待っても成長せぬから、一つ一つ正すしかないではないか。天黎は時々で良いなど申しておったが、それでは碧黎とは全く似ても似つかぬ主が成長など無理だから申しておるのだ。無理やりにあれの考えを読ませるために、その記憶を内に持つ維月と命を繋がせたが、それでも主はその程度。これぐらいせねば主には無理なのだ。」
やっぱりあれはアクシデントじゃなかったのか。
十六夜は思った。あまりにのらりくらりと成長しないので、痺れを切らしてああしたのだろう。
それでも、十六夜はあまり変わらない。
だから天媛は、強硬手段に出たのだ。
「…だったら、お前の記憶を見たら?」十六夜は、自暴自棄になって言った。「同じ方法でオレがその記憶を読んだら、やり方がいっぺんで分かるんじゃねぇのか。」
天媛は、眉を寄せた。
「別に良いが…我の記憶は膨大であるから、主は受け止めきれぬぞ?そうであるな、小出しにしたら何とか。一度に全ては無理だろうて。主は狂うぞ。」
十六夜は、天媛があっさり良いというので、戸惑う顔をした。
「待てよ、命を繋ぐんだぞ?天黎が怒るんじゃ。」
天媛は、あっさり首を振った。
「ない。そもそも我らはそんなことをする命ではないし、それに意味はない。意味があると思うておるのは、この地上に降りた我らの作った命、主らが言う月の眷族だけぞ。神や人が重きを置く身を繋ぐという行為もそう。我らには全く意味はない。天黎も、そんなことに意味を見出す事はないし、そもそも我に特別な感情とかいうものもないので、怒るとかあり得ぬ。怒る事自体、感情であって我らに理解が及ばぬのだ。この間、天黎が碧黎に感じたあれがそうかも知れぬと申しておったが、だとしたらあれが初めてであった。」
十六夜は、呆然とそれを聞いた。
感情がない…だが、無いと思っているだけで、本当はあるのかも知れない。ただ、感情が動くような事が今まで無かっただけで。
「まあ…だったら繋ぐか?」十六夜は、息をついた。「このままずっと付きまとわれてあれもこれも指示されるのは我慢がならねぇ。だったらちょっとずつでも命を繋いで、オレに必要な知識をくれ。オレはそれを使って、何とかするからよ。」
天媛は、頷いた。
「ではそれで。」と、キョロキョロした。「それで、どうするのだ?我はやり方まで知らぬぞ。なんとなくなら分かるが。」
十六夜は、もう諦めて言った。
「オレがやるよ。そこらに座ってくれ。」と、大きな布のソファを指した。「始めるのも進めるのもオレがやるけど、記憶云々はお前がやってくれ。オレには分からねぇし。」
天媛は、素直に頷いてそこへ座った。
「どんな風なのかと興味があったゆえ、楽しみよ。記憶の事は任せておくが良い。」
十六夜は、そんな軽い感じで良いんだろうかと顔をしかめたが、これ以上付きまとわれて一々指示されるのは絶対に嫌だったので、自分も天媛の隣りに座って背を背もたれに預け、そうして目を閉じたのだった。
「十六夜!」
碧黎は、地の宮へと出現して、急いで居間の方へと向かった。そちらに、十六夜が居るのが見えているからだ。
その後にぴったりとついて天黎が出現し、碧黎の後を追って黙ってついて行く。
碧黎が、天黎に構っている暇もなく居間へと飛び込むと、天媛と十六夜が、並んでソファに沈み込んで横になっていた。
「十六夜!」碧黎は、それが無駄だとは分かっていたが、声を掛けた。「やめよ!狂うぞ!」
二人は、微動だにしない。
命を繋いでいる時は、回りは見ようと思えば見えるのだが、ハッキリとは見えなくなる。
基本相手の事だけしか分からなくなるので、ここへ碧黎が来て十六夜に呼び掛けている事すらわかっていないだろうと思われた。
外などで命を繋げば、碧黎だって回りを警戒しつつ命を繋ぐのだが、十六夜はまだ初心者だし、回りを気遣う余裕もないはずだ。それに、地の宮という安定して安全な場所に居るのに何も無いと思う方が自然だ。
碧黎がフッと項垂れて息を付くと、天黎がそれを見て言った。
「…起こしたいか?」
碧黎は、ハッとして振り返った。
「主、強制的に引き離せるか。」
天黎は、あっさりと頷いた。
「容易なことぞ。ただ、主が案じておるのは十六夜が狂うという事であったようだが、天媛は記憶の加減をしておるな。なので大丈夫ぞ。それでも引き離すか?」
碧黎は、そんな事が出来るのか、と十六夜と天媛の二人を見た。言われてみたら、自分ですらある程度なら加減することが出来るのだから、親たちなら簡単だろう。
「…主は誠に良いのか。曲がりなりにも長い年月共に来た相方がこのように、己らが作った命とはいえ、別の陽と命を繋いでおっても。」
天黎は、苦笑した。
「またその問いか。余程これは主らにとって重要なことであるらしい。だが、我らにとっては違うのだ。それに、別に我が選んで共に居た対ではないしの。我らが出現した時に傍に対として居っただけで。あちらもそうではないか。だからこそ、こうもあっさり十六夜と命を繋いでおるのだと思うだがな。」と、二人を見つめた。「…こうしてみると、これはこういう見た目であったのだな。初めて知った。関係性など考えたことも無かったが、そうして主らに問われることで口に出して答えると、己の考えが表面に出て参る。感情など…そもそもが感じた事が無かったゆえ。これに対しても、誠に何の感慨もないのだ。主らにしたら、薄情だと言うのだろうが、無いものは無いのだから仕方がない。」
碧黎は、言った。
「…恐らく、無いのではなく、感情を表すような状況にならなんだから出なんだだけで、この前は我の動きに憤ったであろう?少しずつ、そういう状況に置かれた感情など現れて来るものだと思うておる。だが、主がそれを知りたくないなら、あまり直接的に接しぬ方が良いかもしれぬな。我らはこうしていろいろ感じて生きておるから。要らぬ感情を知ると、面倒が起こるやもしれぬぞ。」
天黎をそれを聞いて少し、目を細めた。そしてしばらく考えているようだったが、首を振った。
「…知らぬ事は、知らねばならぬ。無難に避けておっては、乗り越えるべき試練もまた乗り越えられぬままになる。我が知らぬ何かが、我の中にまだあるのなら、それを知りたいと思う。」
何やら、目が明るく輝いているように見える。
まだ、自分の中に知らない何かがあるのかと思うと、胸が沸くのだろう。
碧黎も確かに、何でも分かるし見えるので、未知の何かを探索するのは胸が沸くものだが、天黎たちなどそれは長い長い時を来たのだから、目新しいものなど無かったのに、それが自分の中にあると思うと、見たい、感じたいと願うのだろう。
難しい事を言っているが、退屈だった状況が覆りそうな様子になって来て、期待に胸を膨らませているということなのだ。
碧黎は、息をついた。
「ならば、己の中を探すよりない。」と、十六夜と天媛を見下ろした。「こやつらはこやつらの選択でこうしておるのだから、終わるのを待とう。一度、月の宮へ戻ろうぞ。」
碧黎は、スッとその場から消え去り、天黎はチラと十六夜と天媛の二人に目をやってから、碧黎の後を追って、同じように消えて行ったのだった。




