不可解な事
碧黎は、それを気取っていただろうが、言った。
「天黎、そういう事ではないのだ。恋愛というもの、誰かを愛する心地が無いと出来るものではない。しようと思って出来ると思うておることから、主は分かっておらぬのよ。そもそも、天媛の事はどう思うておるのだ。確かに、主が言うのは恐らく鬱陶しい存在という感じだったのだろうが、離れてみたら気にならぬか?もし、十六夜と子を成すとか、そんな事があったらどうする?」
天黎は、首を傾げた。
「それが何か?同族の命であるから、出来ような。とはいえ、これ以上は少し過剰であるから、あれらが作ると言うたら双子はやめておけと言うかの。」
その程度か。
維月と碧黎は思って、顔を見合わせた。ということは、天黎は天媛を愛していると言う感じではないので、まだ他の命を愛するという事を知らない。
教えようにも、天黎が誰かを愛するようなことがなければ、あり得なかった。
そしてその相手は、維月であってはならなかった。またややこしい事になるからだ。
維月は、言った。
「天黎様、恋愛は、今碧黎様もおっしゃったように、この命としようと思うて出来るものではないのですわ。むしろ、これと思わぬところから突然に参る、まるで雷に打たれるような心地で。相手が居らねば落ち着かず、常に傍にと己より相手の幸福を願ってやまない心地になります。天黎様は、私の事などそんな風には思わぬでしょうし。そもそも、本当はそう何人もとすることでも無いのです。長い年月一緒に来た天媛様とはそうではないようですし…まだ、そのような心地をお知りにならぬから、そのように思われるのも仕方がありませぬが。」
天黎は、ため息をついた。
「難しい。ここは我にしたら庭のようなものだし、その中の命は皆、その初めから知っていて、その行動をつぶさに見てきたので今さら目新しい事などないし、特別な感情などあろうはずもない。初めに作ったこれのことは特別に見ておるが、そういう心地ではない。そも、我がこの中の何かにそのような特別な感情を持ったなら、不公平なことにもなりかねぬ。これが主に執着するようになって、若干の不公平が生じていることからもそれが窺い知れる。なので我は、恐らく己でそれを体感するのではなく、側近くで観察して理解しようと努める方が良いのではないかと思う。」
その通りかもしれない。
維月も、碧黎も思った。
自分の作った箱庭の中の命のことは全て知っているのだし、今さらだという心地も分かるし、その中から誰か一人など、なんでも出来る天黎相手に不公平なことが起こるのは容易に想像出来た。
アニメを自分で作ってその中で押しキャラを作り、それと恋愛するような感覚だろう。
「…あちらに他に陰の存在は居ないのか。」宮の方から別の声がした。「ここでは主にしたら対等の相手と見れぬだろうし、あちらで天媛の他に捜すよりないのでは。」
「維心様!」
維月は、慌てて維心に駆け寄った。維心は、芝の上を歩いて来て維月の手を取った。
「聞いておった。ここへ来る途中から、維月の目から見ておったから。恋愛感情の事であろう?」
維月は頷いて、言った。
「はい。お出迎えもせずで申し訳ありませぬ。話が立て込んでおりまして…。」
維心は、頷いた。
「良い。分かっておった。また面倒なと最初思うたからの。とはいえ、確かにここの命となると天黎の相手としては荷が重かろう。なので天には居らぬのかと思うたのだ。」
天黎は、答えた。
「居らぬなあ。居るならとっくにそうなっておろうしの。あちらは、皆そういうものを超越しておって、何か一つを特別になど、考えぬのだ。命は皆同じで、ただ学びが進んでおるかそうでないかの違いで。未熟な命を育てるのに皆、一生懸命よ。それが己の学びになると信じておるから。あまり他の命と接する事もないしな。皆己の中で己と向き合って成長しようと励んでおるから。他者との関わりで成長しようとするのは、主らの命の方法であって我らは違う。だが、この前の事で我自身は、主らと直接話して己の中の疑問を解決し、学ぶ事も重要だと考えた。我でも、まだ大きく成長出来るのだと認識した出来事であったから。」
目に見えて成長など分からないほどに成熟している命なのだろう。
それでも成長を目指すのだ。
維月は、そう思うと途方もない道のように思えて、何度生まれ変われば良いのかと眩暈がした。
だが、あれはたまたまだったんじゃないだろうか。
維月は思った。碧黎の動きを見ていて、これまで考えた事もなかった感情というものに苛まれ、抑える術も知らずにああして行動した。
それを指摘された。
それだけのような気がする。
碧黎は、言った。
「別にそれなら天に居て、これまで通り見ていて、どういうことか分からぬ時だけ出てきて話を聞いてみたらどうか?地上はそうそう乱れぬし、あの時のような事もそうそう起こらぬもの。ずっと共に行動していても、恐らく退屈でしかないであろうぞ。」
維月も、同感だった。
前回のことは、途方もない時間の中で初めて起こった稀少な出来事で、それが頻繁には起こらないということなのだ。
天黎は、しかし首を振った。
「ここでは上から見ていては分からない細かいものが見える。目を使って見るのは初めてであるし、主らがどんな風に物を見ているのか分かって面白い。ゆえ、しばらくはこうしておるつもりぞ。天媛の事は知らぬ。あれはあれで好き勝手しておる…ところで命を繋ぐというのは、こちらでは特別な意味があるよの?」
碧黎は、ハッとした。そういえば、これらも同じ命で同じ感覚かと思っていたが、違うのかもしれない。
「それは…神や人は違うが、我や大氣とっては。」
天黎は、頷いた。
「先ほども言うたように、我らはそういう事をする習慣がない。なのでそれにどのような意味があるのかは知っておるが、理解はしておらぬ。で…それを踏まえた上で申すが、あれは十六夜とそれをしておるのだが、問題ないか?」
「「「ええ?!」」」
維月、碧黎、維心が同時に叫ぶ。
碧黎が、慌てて視線をどこかへ向けて何かを探す仕草をしたと思うと、ハッと視線を止めた。
「…いつの間にか瀬利の結界を出て我が宮へ行っておる!」碧黎は、空を睨んだ。「主らが地の宮という今は無神の宮ぞ!そこで天媛と並んで寝ておるのが見える!」
ならばそうなのだ。
維心と維月がそう悟って顔をしかめる。
天黎はというと、特に感慨もないようで無表情だった。
これが愛する相手なら、恐らくそんな風ではないだろうから、本当に天媛に対して特別な感情などないのだとそれで分かった。
「大変ですわ!」維月は、必死に天黎を見た。「天黎様、十六夜には恐らく天媛様の膨大な知識を受け止めるだけの心がまだ育っておりませぬ。命を繋ぐと全てが見えますのに、大変なことになりますわ!止められますでしょうか?!」
天黎は、顔をしかめた。
「我はその命の選択を遮るつもりはない。十六夜がそう判断し、天媛がやろうと思うたからこそであろう?基本、我は見ておるだけにするつもりよ。ちなみに我自身は、分かっておるから地上の誰かとそのような事をするつもりはない。」
分かっているということは、維月の懸念が間違っていないということなのだ。
「…止めるのは難しいが、とにかく行って参る!」碧黎が、言った。「我の宮で何を勝手なことをしてくれておるのだあやつは!」
碧黎は、スッと消えた。
それを見て、天黎も同じくスッと消えて行き、維心と維月だけがそこに残された。
二人は、どうしたものかと顔を見合わせたのだった。




