婚姻と
那海と吉賀は、無事に婚姻を済ませた。
何の事は無い、会合から帰って蒼が吉賀に婚姻の話を持って来た、と知らせたら、那海がそれでは今夜と言い出して、臣下達も早い方が良いと騒ぎだし、そうしてさっさとその夜のうちに、那海は吉賀の奥の間へと移って、夜を過ごしたのだ。
さすがに覚悟をしていたというだけあって、那海は怯える様子もなく、問題なく夜は過ぎた。
吉賀もホッとしたものだったが、それよりも、那海が美しく愛らしいので、傍を離せないようになってしまって、吉賀自身も困ってしまうほどだった。
那海は、吉賀に呼ばれると嬉しそうに傍に来て、そうして寄り添って愛情深く吉賀を見てくれる。
吉賀も那海を部屋へと返す事も無く、ひたすらに大切に自分の奥へと連れて帰って、毎日仲睦まじくしていた。
蒼からは、無事に婚姻が成った祝いと、那海の輿入れの荷を山ほど贈って来てくれて、宮はまた潤った。
そうして正式に佐夜子を月の宮の侍女の任を解いて、佐夜子は皇女として、宮に残ることになった。
その佐夜子だが、あれから吉賀が斉を密かに宮へと呼んで、二人で話す場を設けさせた。
文は斉、佐久、清の三人から毎日のように来ていたが、佐夜子が返事を返していたのは斉だけで、他の二人には侍女から断りの文を返しているだけだった。
もちろん、最初から色好い返事など無いのが普通なので、何も知らない二人は文を送り続けていたのだが、佐夜子はとっくに、斉からの文が来た時点で、嫁ぐ場所は決めてしまっていた。
なので、斉から直接に申し込ませようと、吉賀は斉を宮へと呼んだのだ。
二人は、庭でしばらく話していたが、戻って来た時、佐夜子の顔が常に無いほどに嬉しそうに輝いていたので、これは決まったな、と吉賀は思っていた。
一緒に迎えた那海は、フフと笑って吉賀に小声で言った。
「佐夜子は斉様より婚姻の申し出を受けて、それを承諾したのですわ。」
吉賀は、驚いて那海を見た。
「主、見ておったのか?」
那海は、いけなかったか、と思いバツが悪そうな顔をしたが、頷いた。
「はい。気になってしもうて。大切な佐夜子のことですもの、とんでもない殿方であったらと、最初からずっと見ておりました。でも、斉様には大変に穏やかで快活な、お優しいかたのようで。安堵致しました次第です。」
吉賀は、苦笑した。
「まあ良い。主ならば気付かれずに見ておれたのだろうしの。だが、斉の事は我も幼い頃から知っておったし、あれが良い王なのは知っておる。なので、問題ないのだ。」
那海は、答えた。
「そうでしたの。ですけれど、我は吉賀様が一番に良い殿方だと思いますわ。大変にお心が広くていらして、お優しいし。それに、お姿も美しいし…。」
那海は、媚びるような様子もなく、すんなりと言う。
吉賀は、こちらの方が恥ずかしくなって、慌てて言った。
「こら。あれらが戻って参るのだから、皆の前では言うでないぞ。主はそんなことをいきなりさらりと申すから…。」
那海は、またいけない事を言ってしまったのか、としゅんとした。
「申し訳ありませぬ。」
吉賀は、それはそれで可哀そうになって、また言った。
「いや、二人きりの時なら良いから。そら、あれらが来て聞かれたら困るゆえの。我とて、主以上に美しく素直で気立ての良い女神はおらぬと思うておるから。分かったの?」
那海は、途端に明るい顔をして吉賀を見上げた。
「はい!愛しておりますわ、吉賀様。」
那海は、最近にこの感情をそう表現するのだと知って、何度も吉賀に言う。
吉賀は、迫って来る二人を気にしながらも、小声で言った。
「我もぞ。だが、後での。」
そうしているうちに、斉と佐夜子は、吉賀と那海の前へと到達した。
立ち止った斉が、困ったように微笑んで言う。
「佐夜子が我の申し出を受けてくれたゆえ、主に報告に参ったのに…主らは、全く仲睦まじいの。佐夜子からの文で知っておったが、常そうか。婚約したばかりの我らが、すっかり当てられてしもうたわ。」
聴こえておったか、と吉賀はバツが悪い心地になったが、開き直るしかない、と思って、胸を張って言った。
「我らは心底想い合っておるからの。主らはどうか?二人とも、納得して婚姻となるのか。」
斉は、手を取っている佐夜子を見て、微笑んだ。
「そう思うぞ。我は伊佐を亡くしておるが、佐夜子は必ず守る。幸福にするゆえ、主にも許してほしいのだ。」
吉賀は、那海と視線を合わせて微笑み合うと、頷いた。
「幸福にの。宮のために努めてくれておった妹が、幸福になるのが我の願いぞ。のう、那海よ。」
那海は、それは嬉しそうに微笑んだ。
「はい、吉賀様。佐夜子には、我をこちらへ連れて参ってくれて、吉賀様と出会わせてくれた恩がありまする。どうか幸せにと、我から主に、幸福の守りを贈りましょう。」
それを聞いた三人は、目を丸くして那海を見た。
吉賀が、言った。
「初めて聞いたが、それは何ぞ?」
那海は、フフと笑った。
「見ておってくださいませ。」と、那海はスッと手を佐夜子の頭に翳した。「さあ、主は我の守りの内に。何があっても、我が主を守りましょう。」
佐夜子の体は、一瞬スーッと光り輝いて、そうしてスッとその光は消えた。
吉賀は、力の波動が自然過ぎて、どういう術なのか、読めなかった。
「…分からぬ。主の力はそれでなくとも自然であるからの。」
那海は、頷いた。
「はい。これは、我の守り。どこに居っても佐夜子が呼べば、我には聴こえ、助けに参ることが出来まする。この繋がりがある限り、我がその場に居なくても、我の力を佐夜子に送ることさえできまする。ゆえ、賊などに襲われようとも、間に合わぬことがありませぬ。何かあったら、必ず我の名を呼ぶのですよ。そうしたら、我が主を何からも守ってみせましょうほどに。」
佐夜子は、涙ぐんで頭を下げた。
「はい。誠に…我などにそのような事を。ありがとうございます。」
斉も、伊佐の事が頭に浮かび、もう佐夜子はそんな目に合わずに済むのだと思うと、自然涙が浮かんで来た。
「我からも、礼を申す。これで、我は二度と妃を失う悲しみを、負わずで済むであろうから。もちろん、常は必ず我が守るが、我が留守の時に、何があるか分からぬから…。」
吉賀は、労わるように頷いた。
「良かったの。これで、主らは安泰であるな。」
すると、那海があら、という顔をして吉賀を見た。
「まあ吉賀様。我らも安泰でありますわ。」吉賀が驚いたような顔をして那海を見ると、那海は続けた。「最初の夜に、我は吉賀様に同じ繋がりをお授けしましたの。我は何があっても吉賀様の事もお守り致しますから。」
最初の夜。
佐夜子は、意味を悟って真っ赤になった。斉も、分かったが気付いたと言わぬ方が良いだろうと黙っている。
吉賀は、急いで那海を袖の中へと隠して、小声で言った。
「那海、それは嬉しいが、後で。後で聞くゆえ。」
那海は、袖の中で吉賀を見上げて怪訝な顔をした。
「え、なぜに?あの、吉賀様があの時我を…、」
吉賀は、慌ててそれを遮った。
「分かっておる、だから後で聞くゆえ!今は、とりあえず斉と佐夜子を祝わねばの!」
那海は、言われてハッとした顔をした。
「まあ、そうですわ。申し訳ありませぬ。」
佐夜子は、慣れて来たとはいえ、まだ時々こんなことがある那海に、困ったように微笑んだ。斉は、佐夜子から赤子のような純粋な女神だと聞いていたが、これだと吉賀も大変だなと思いながら、それを見ていたのだった。
そうして、佐夜子は斉へと嫁いで、幸福にやっていた。
吉賀と那海も、時々困ったことがあるものの、基本的にお互いに愛し合っているので問題なく、それは幸福にしていた。
そんな様子を遠く見て、維心はホッと胸を撫でおろした…これで、不幸の連鎖は食い止められたような気がする。
最近では、義心もやっとあの辺りの宮の監視の任を解くことが出来て、他の場所を広く見させておけるので、維心も通常業務だとホッとしていた。
蒼が言った通り、天黎と海青の二人は居るのか分からないぐらい静かな様で、碧黎だけが忙しい毎日のようだ。
時々十六夜が来て様子を話してくれるが、天媛は高瑞と、特別な関係ではないようだったが、二人でそれは穏やかに、毎日を楽しく過ごしているようだった。
これで、とりあえずはいつもの毎日が戻って来るのだと、維心もホッとしていた。
「今年のお花見は、大変に賑やかになりそうですこと。」
維月は、維心と共に居間の定位置に座りながら微笑んだ。維心は、苦笑した。
「毎年、主と二人で行く枝垂れ桜までうるそうなりそうよ。残念な事よの。」
維月は、フフと笑って維心の胸に顔を寄せた。
「そのような事をおっしゃらないでくださいませ。皆様で楽しまれるのですから、よろしいではありませぬか?また、夜にでも共に連れて参ってくだされば。」
維心は、微笑んで維月を抱きしめた。
「そうよな。ならばそのように。夜桜も良いの。」
維月は、微笑み返して維心の胸に寄り添った。
「はい。でも…」と、空を見た。「何やら雲行きが。明日は雨模様でしょうか。」
維心は、クックと笑った。
「何を今さら。問題ない。我が月の宮の辺りは雲を追い払うゆえ。明日は月の宮は晴れようぞ。案じるでない。」
維月は、笑った。
「そうでしたわ。出来るとはいえ、維心様は災害になりそうな時以外、滅多に自然現象を変えたりなさらないので。では、明日は特別ですのね?」
維心は、頷いた。
「そう、特別よ。我らの思い出の時を作るためにの。」
毎年の、恒例行事のようなものだ。
維月は、維心の頬を撫でた。
「誠に…いつまでも変わらぬ気持ちで愛してくださって、毎年あの枝垂れ桜を共に見てくださってありがとうございます。私は、誠に幸福ですわ。このように愛しているかたに、愛される幸せを私に下さる事に、感謝致しておりまする。」
維心は、自分も維月の頬に触れた。
「我の方こそぞ。我は幸福ぞ。我の唯一の妃よ。主は我の宝ぞ。愛している。」
二人の間に流れる幸福な気は、まるで龍の宮を包んで癒すようだ。
維心は、維月に口づけて、こうしていつまでも共に生きていくのだと、己の幸運に身悶えしたい心地だった。
相変わらずのだらだら進むだけの神世の毎日を、ここまで読んでくださってありがとうございました。また次は続・まよつき15は明日から始まります。よろしくお願い致します。21/10/8




