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嫁ぐために

那海は、維月へ文を送った後、すぐに佐夜子を部屋へと呼んだ。

佐夜子は、那海がどんなにショックを受けているのだろうかと構えて来たのだが、意外にも那海は落ち着いていて、巻物を佐夜子に返して、言った。

「我は問題ありませぬ。維月にも、妃とはどういうものなのか、指南を受けましたところ。理解した今も、吉賀様が望まれるのなら、嫁ぎたいと思いますわ。」

佐夜子は、本当に理解したのかと怪訝な顔をしたが、答えた。

「…誠に?お兄様はそれは良い王であられて、那海様にも大切になさると思いますけれど、本当にそれでよろしいのですか。」

那海は、あっさり頷いた。

「はい。主には申しましょう。我は不死の命。老いることもありませぬ。月の眷属は皆そうでしょう。こんな風でも、我は天でもう、何万年か分からぬほどの年月を生きて来たのですよ。こちらへ来たのが一年ほど前なので、こちらのことは何も知らぬだけなのです。千年ぐらい、我には何でもない時なのです。その間、立派に吉賀様の妃として務めましょうほどに。案じる事はないのですよ。例えば主が、ひと月ほど誰かの妃にと言われた時の事を考えてみて。それで、大切な命が皆幸福になるのだとしたら、嫁ごうと思いませぬか。」

言われて、佐夜子はハッとした。

そう、月の眷属は皆不死なのだ。

長い年月生きてきて、これからも生きて行く。

言われてみたら、那海にとっては、何でもない時なのかもしれない。

佐夜子は、言った。

「では…誠によろしいのですね?お兄様の、妃になってくださるのですか。」

那海は、頷いた。

「はい。ですが、神世はとかくややこしいのでしょう。我も、あのお優しい吉賀様がお困りになるのは嫌なのですわ。なので、慎重に。維月も教えてくれましたけれど、婚姻の際には実家とやらとの関係があるのですね。とりあえず、我が強く吉賀様に嫁ぎたいのだと蒼に申します。正確には我の実家などありませんけれど、こちらでは月の宮になるようですし。あくまでも、我が望んでおるのだと。吉賀様には、こちらから娶りたいとは言わぬでいてもらいましょう。あくまでも、蒼からこちらへ頼んでもらう形で。維月が言う通りに進めて参りますわ。それで、いかが?」

佐夜子は、僅かな間にいろいろと考えられるようになっている那海に驚いた。

教えなければ何も知らないが、教えたらすぐに理解して考えられるようになるのだ。

那海は、恐らくかなり賢いのだろう。

「…分かりました。」佐夜子は、答えた。「ならば、お兄様にそれをお話致しましょう。我も、那海様がお姉様になられるなんて、とても嬉しいことですもの。」

佐夜子がフフと笑うと、那海は驚いた顔をした。

そうか…そういうことなのだ。自分には、親族というものが出来るのだ。

那海は、微笑み返して言った。

「我も、妹が出来るなんてとても嬉しいわ。まあ、妹。我は姉なのですね。なんと心地よい言葉かしら。」

もう、一人ではない。

那海は、暖かい気持ちになりながら、佐夜子と共に吉賀の居間へと出て行ったのだった。


次の朝、蒼は顔を洗って今日のスケジュールを知らせに来た、恒に会いに居間へと出て来た。

恒は、以前女神と婚姻していたのもあって、今ではすっかり神と同じように、夜明けには起きる生活をしているので、もうスッキリした顔をしている。それに、今日はなんだか顔をしかめていた。

未だに日が昇るまで寝ている蒼に、なので呆れているのだと思った。

蒼は、言った。

「あのな恒。分かるよ、オレが未だに人みたいなんだって。でも習慣なんだから仕方ないじゃないか。」

恒は、首を振った。

「違うよ、それは確かに寝過ぎだとは毎日思ってるけど、その事じゃないんだ。あのさ、夜明けに吉賀様の宮から那海様の文が送られて来て。蒼が内容を先に見とけって言うから、見たんだけどさあ…。」

蒼は、また面倒か、と手を出して振った。

「何だよ、見せてくれ。」

恒は、黙って頷くと、懐から紙を引っ張り出して蒼に渡した。

蒼は、それを受け取って中を見た…婚姻…。

蒼は、目を見開いた。

「え…」と、恒を見た。「吉賀様と結婚したいから、説得してくれって書いてある!」

恒は、ほとほと困った顔をして、頷いた。

「そうなんだよ、吉賀様が身分が違い過ぎるって後ろ向きみたいで。まあ、確かにここはこれで最上位なんだから、普通ならあり得ない縁だよね。何しろ、碧黎様の親の友達ってことになってるから。」

なってるどころか、事実なんだが。

蒼は思ったが、それは吉賀が気の毒だと思った。

妃の地位があまりにも高いと、気を遣って仕方がないからだ。

そんな縁は面倒だろうし、そもそもこれが蒼であっても断りたい。

そんなことを、吉賀に押し付けるつもりはなかった。

「…困ったな。どうしたらいいんだろう。また駄々をこねて面倒なことになっても困るし、そもそも那海様は婚姻がなんたるか知ってるんだろうか。多分、閨の巻物だって読んでるはずないし。」

恒は、頷いた。

「だろ?諦めるように文を書いてみたら?納得するかわからないけどさ。」

蒼は、その文を手に立ち上がった。

「ちょっと碧黎様に聞いて来るよ。政務はオレ無しで進めててくれないか。高瑞とヴェネジクトが居るからなんとかしてくれるだろうし。」

恒は、同情したように蒼を見た。

「頼むよ。こっちは大丈夫だし。ほんと、あの命が来てから大変だね、蒼。」

蒼は頷きながら、仕方なく碧黎の部屋へと向かった。

天の命がこちらの命と婚姻など、可能なんだろうか。


「可能よ。」碧黎は、あっさり答えた。「命は皆同じ。まして那海は今、小さくなっていてほとんど力の差がないからの。とはいえ、海青には一度言うておかねばな。なに、ほんの数百年のことであるし、あれも何も言うまいがの。」

蒼は、そんなにあっさり、と脇で黙って聞いている、天黎を見た。

「天黎様はどう思われますか。」

天黎は、無表情で頷いた。

「特に何も。あれが学びのためにそれを選んだのなら、それで良いのではないか?海青も同じ考えであろうぞ。吉賀という王だとて、主から支援とやらが受けられるゆえ助かるのではないのか。」

言われて、蒼はハッとした。

確かにあの宮は他からの支援がないと臣下全てを養えない。

だからこそ、佐夜子がこちらへ侍女として来ているが、あれでは皇女なのに嫁ぐ事も出来ずに未来永劫務め続けるしかなくなるのだ。

だが、吉賀が那海を娶ったら、こちらから支援を送る事が出来る。

もしかして、宮にとってはその方が良いのかもしれない。

吉賀の気持ちはどうかわからないが。

「…そう言われてみたらそうですね。こちらから、那海を娶ってくれたら支援すると伝えれば、吉賀は受けてくれる気がします。でも、本当にそれで面倒は起こらないんでしょうか?こんな我が儘を言ってくるのに。」

碧黎は、言った。

「気になるなら、次の会合が近いのだから、その時に吉賀に直接聞いて参ったらどうか?それから決めても良いだろう。」

言われて、確かにそうだ、と思った蒼は、素直に頷いた。

「そうですね。じゃあ、何かあったらお二人がなんとかしてくださいね?関係ないとか言わずに。」

碧黎は、すぐに頷いた。

「任せておくが良い。」

碧黎は、出来ない約束はしない。

なので蒼はホッと肩の力を抜いて、そこを出て行った。

それを見送って、天黎が言った。

「…蒼が素直な命で良かったことよ。それにしても意外であったわ。まさか、あのような小さな宮へ行って、あれが学ぶようになるとはの。」

するとそこへ、海青がパッと出現した。

「…蒼は行ったか。」

天黎は、頷く。

「聞いておったであろう?あれは、あちらの命の幸福を考えて、己に出来ることをしようと己で考えて決めた。まさかこんな僅かな間に、己より他を考える事が出来るようになるとはの。」

海青は、それには苦笑した。

「それはどうであろうか。あれは、己も居場所を見つけたとあの場に居たいと考えたのだ。とはいえ、あれがあの宮の命達を愛おしいと考えて、それらを守りたいと思っているのは事実。ゆえ、我も良いのではないかと思う。」

碧黎は、確かめるように言った。

「誠に?特に、わだかまりのようなものを感じることはないか。」

後でやはり妬ましいとか言われたらならないからだ。

海青は、首を振った。

「いいや。あれと離れてみて、我はこの方が良いのだと思うた。いつまでも我が傍に居ったら、確かにあれの学びにならぬ。全てを我に頼って生きておったからの。それが、ああして己で生きようとし始めたのを見ると、喜びこそすれ、否とは思わぬわ。我も、これで安心して己の学びに邁進出来るというものぞ。」

感無量と言った感じだ。

恐らくは、子が巣立つのはこのような心地ではないかという、感情の波を感じた。

天黎は、頷いた。

「主も己の世界が冷えるまでの間、次こそ世界を失わぬように学ぶが良い。これで、しばらくは吉賀という神があれを世話して育ててくれようし。主も気兼ねなく学べるではないか。何なら主も、気に入った女神が居ったら婚姻したら良いし。」

驚く碧黎に、構わず海青は、苦笑した。

「まあ、機会があればの。我は良いわ。やっと手が離れて一人になったのに、また抱え込みとうないからの。」

碧黎はそれを聞いてホッとしたが、それにしても天黎は、不死であるからか婚姻を安易に考えている節がある。

相手の一生を左右するのだから、やはりそこはきっちり見ておかねばと、碧黎は思っていたのだった。

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